Ep01 オーディンと暗殺者のパスタ ③
「あの…食後のコーヒーがございますので
それでも飲んで落ち着きませんか?」
マスターは困ったような笑顔でオーディンと二人に話しかけた
「相反する方々が同じテーブル
なかなかこういう機会はありませんし
飲み物でも飲んで、少し語らっては?」
続けて諭そうとするマスターだったが
「嫌だね!」
「フン!そこだけはワシも同じだ」
オーディンと太田は反対方向を見て腕を組む
「マスター、とりあえず…コーヒーください」
鈴木がすまなそうに頼むと
「…わかりました、では、お待ちください」
マスターはそう言いながら、木製のハンドミルを取り出すと
焙煎されたコーヒー豆を入れる
「ガシュ、ガシュガシュ…」
1分程ハンドルを回し、蓋を開け、やや荒く挽かれた粉を
三人それぞれのカップにセットしたドリッパーに注いだ
「うわっ、いい匂い…」
鈴木がつぶやくと、オーディンと太田はチラリと見る
マスターはハンドケトルで少しずつお湯を注ぐと
それを吸収しながら粉がふんわりと膨らむ
「これは…」
オーディンは目を丸くして覗き込んだ
「まさか…オーディンさん、これも最初?」
「…フン!! 悪いか!」
この言葉に太田はニヤニヤ
「これが最初なんて、あんた贅沢もんだよ!」
先程までのトマトの香りはどこかへ
3人を浮足立たせるコーヒーの香りが店内を満たす
「どうぞ」
白いカップに入った黒い液体の表面では
カフェの照明がゆらゆらと反射している
「では…」
オーディンが一口飲むと
再び、鈴木と太田、そしてマスターも見守る
「…よく分からぬ」
「なんだよ!」
「いや、コーヒーの人生初一杯目ってそんなもんですよ」
鈴木がなだめると
「えぇ、受け付けないのでなければ、脈ありです」
マスターは顔を緩める
「いや、これは美味いよ、マスター!」
太田の声に慌てて鈴木も続く
「ふう…」
瞬間、鈴木は自分が日曜のカフェにいるような
そんな日常を思い出した
「そういえば…」
マスターは後片付けをしながら、ハッとした
「お二人の…お名前、教えて頂けますか?」
「あ、そうですね…私は鈴木、フェンリルの眷属で、彼が…」
「太田です、俺はスルトの眷属」
「その、眷属というのは所属とかですか?」
鈴木は少し恥ずかしそうにすると
「えぇ…我々は突然、いわゆる超能力、を得たのですが
その力の源泉である巨人族の方が、何の力か絶対に名乗れと…」
「いかにも、あいつ等らしい…自己顕示的なやり方だ」
オーディンが会話に乱入する
「それに、あいつ等は お前らに力を与えたら消えやがった
何を考えているんだ?」
「それは、私たちも同じなんですよね…お前らに任せた、な感じで」
「フン!益々、気に入らん!」
オーディンはコーヒーを一気に飲み干す
「あ、そうだ、任務!」
鈴木はスマホを取り出すと
「マスター、この店は撮影OKですか?」
「えぇ、どうぞ、お友達にご紹介ください」
鈴木は立ち上がると
店内の全景から始まり、インテリアの細部と次々と撮影する
そんな様子をオーディンはモジモジと見ていた
元来、好奇心旺盛で「知識」の為に片目を捧げる程の彼は我慢できず
「おい! それを…ちょっと貸してくれ」
「いや、それは…」
オーディンの不意な頼みに驚く鈴木
「頼む! お前らから奪っても、なんだ、暗証番号とかで…」
「そうはいっても…」
「そうだ! 貸してくれたら、ここの食事を奢ろう!」
「それくらいは自分で…」
「なら、今度、お前を殺す時があったら1回、見逃す!」
物騒な提案に相反し、オーディンは子供のように懇願する
そのあまりのギャップに鈴木は内心驚いた
「じゃあ、ちょっとだけですよ…」
「そうこなくては!」
オーディンは鈴木からスマホを取り上げると
店内を撮影しだした
「楽しそうですね」
マスターは嬉しそうにオーディンを見つめる
鈴木はオーディンが持つスマホを心配そうにしながらも
「マスター、ここの様子は上層部、管理局に報告させてください」
「はい、構いません」
太田は鈴木の「管理局」という言葉に嫌な顔をした
「それにしても、上の奴ら、うるさいよな!」
「確かに…偵察という事で、やっとここに来るOKが出ましたね」
「人間はややこしいな」
オーディンは写真を撮りながら話を聞いていた
「我々は一枚岩だ、他の者が行こうとしてたのを
まずは長である私が確かめるから、と言って即止めた」
「上が勝手なのは同じだろうが!」
太田はコーヒースプーンを振り回す
「マスター、あの人間、武器持ってるよ」
オーディンは太田をパシャリ
「そうだ…どうですか、記念に全員で写りませんか?」
マスターの提案に驚く鈴木
「さすがにそれは…」
「いや、鈴木! やろうぜ!ここがどういう場所か分かる一枚になる」
「しかし、管理局が…」
「役人連中を逆なでしようぜ!他の眷属の連中も来るぜ!」
オーディンは一瞬、マスターを見ると
「お前、何を企んでいる? いや、いいだろう…分かった」
その言葉に4人は
パシャ!
微笑むマスター
険しい顔のオーディン
緊張の鈴木
大笑いの太田
殺し合いの場所、その中心地で並ぶ4人
なんとも不思議な画になった
カランコロンカランコロン…
「ごちそうまでした、また来ます!生きてれば!」
鈴木と太田は店を出た
「マスター、もう一杯コーヒーを貰えるかな?」
「えぇ、もちろん」
オーディンは二杯目を待ちながら外の景色を眺める
そこから見える塔の壁面には誰かの血
そして、いつの間にか降る雨に少しずつ流されている
「マスター、神と人が戦う、このラグナロク
どちらかが倒れる結末だけだと思っていたが…
違う選択があったりするかね?」
「どうでしょう…ひとつ言えるとすれば
お客様が何を注文するかで、お出しするメニューは変わります」
「ならば、もう少し、味わってみるか…」




