Ep14 マスターの労いは甘味より来たりて ①
カフェ・ウィルドの店内
夕日が長く差し込み
照らされる二人の神は、あらゆるディテイールが際立ち
その疲労感をよりハッキリさせていた
ここ数日、神族側と眷属たちとの戦闘は
凄惨という言葉すら生ぬるい、泥沼の有様を呈していた
両者ともに致命的なまでに疲弊し
お互いに何度も撤退を余儀なくされ
東京を舞台にした最終戦争は、結果的に奇妙な小康状態
そんな緊迫した静寂が支配する店内に
軍神テュールは豊穣の神フレイを連れてきた
テュールは この戦いにおいて
常に合理性と規律を重んじ、計画を冷徹に立てる立場
だが、ここ最近の戦闘において、隣のフレイが
事前の作戦を無視したスタンドプレイを連発
全体の戦況を乱すことが多くなっていた
テュールがわざわざ彼を連れ出したのは
オーディンに問い詰められるより先に訳を聞き
大きな波にさせないためだった
テュールはさっそく、静かな声で理由を聞く
すると、普段は非常に内気で、聞き役に回るようなフレイが
どこか固い決意を秘めた目で言う
「…僕は、自らの意思、主体的な行動で、このラグナロクに参加したい」
フレイはテイールを見つめ、話し続ける
「そりゃ、オーディンやトールに頼まれたことは もちろんやる
でも、ただ言われた通りじゃなくて、自ら率先した行動がしたい」
テュールがふとフレイの手元を見ると
そこには小さな漆黒のエスプレッソコーヒーが置かれていた
テュールの知るフレイは
「いつもの」とだけ言って思考を放棄し
オーディンが頼んだケーキセットを
無自覚に模倣して頼むような男だったはず
自分で選ぶという意思が希薄だったフレイが
自らこの最も苦いコーヒーを注文した
これこそが、彼の内なる主体性の表れなのか?
テュールは小さく息を吐き
自身の置かれている厳しい状況をフレイに話し始めた
完璧であるはずの自らの作戦が
ことごとく頓挫していることへの苛立ち
しかし、その理路整然とした話を聞いても
フレイはただ黙ったまま、エスプレッソを見つめていた
テュールからすれば
フレイが主体性を持つこと自体は、ある意味で歓迎すべきだし
一人の神として認めたいとも思っていた
ただ、合理主義者の彼としては
何よりもまず、この泥沼の戦況を好転させたいのが本音
マスターは、カウンターの中で静かにグラスを磨きながらも
二人の様子を黙って見守っている
そこへ、カランコロンとドアの鈴が鳴り
新たな客が足を踏み入れてきた
現れたのは、スルトの眷属である太田だった
だが、何があったのだろう?
彼は すでに、全身から不機嫌なオーラを漂わせている
「いらっしゃいませ」
マスターはいつも通り、物静かな調子で迎える
太田は店内の先客が神族だと分かると
あからさまに「チッ」と大きく舌打ちをし
一瞬だけ入店を躊躇した
しかし、すぐに開き直ったようにズカズカと進むと
離れた席にどかっと腰掛け、投げるようにブレンドコーヒーを注文した
そんな太田の様子に、マスターは少々困り顔を見せたが
それでもプロとして丁寧にブレンドを淹れると
温かい一杯を彼の前にそっと差し出した
神族のフレイ、テュール
そして人間側である太田、それらを見つめるマスター
それぞれの状況、異なる立場を持つ四人が
狭いカフェの空間に同居する
店内は、肌がひりつくような微妙で重苦しい沈黙が
しばらくの間、静かに流れていた
沈黙を破ったのは、テュールだった…
彼は太田の存在を無視するように再びフレイに向き直ると
静かな口調で語りかけた
「フレイ、このラグナロクという戦いにおける運命性
そして我々が背負う宿命について、もう一度よく考えてほしい
お前の主体性も大切だが、大局を見失っては――」
そこまで言いかけた時
隣で黙ってコーヒーをすすっていた太田が
急に獰猛な声を挙げて噛みついた
「おい、お前ら…ラグナロクがどうだの、宿命がどうだの
高尚な話をしてるつもりだろうがな」
太田はテュールを激しく睨みつける
「俺たち人間にしてみればなぁ
そんなものはただの『凶悪な災害』なんだよ!
神の正義?義務?知るかよそんなもん!
お前ら神様が勝手に始めたクソみたいな戦争のせいで
なんで俺たちの命や、当たり前の生活が
いいように消費されなきゃならないんだ!?
お前らのやってることは、正義でも何でもねえ、ただの虐殺だ!」
激昂する人間を前にしても
軍神テュールは眉一つ動かさず、至極冷静に反論する
「世界の運行には、絶対的な秩序が必要なのだ
大いなる結末、ラグナロクに向かう過程において
多少の歪み…すなわち、お前たちの言う『犠牲』が生じるのは
すべて計算の範疇であり、それこそが世界の規律なのだよ
それに、私とて私怨で動いているわけではない
ただ、法と規律に従っているのだ」
その言葉に、太田は冷たく笑った
「規律?計算…?人間の命も
お前たちの精密な秩序を動かすための
『綺麗に処理できるパーツ』とでも思ってんのかよ
…そうだ、ロキが配った本を読んだぜ
フェンリルっていう狼を騙して縛り付けた時も
そうやって『これが世界の規律だ』って自分に言い訳したのか?」
テュールの義手がピクリと動いた




