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神と人が相席するカフェは、神と人が戦う世界にある。  作者: 蒼い諒


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Ep13 女神フレイヤと三杯のコーヒー ①

女神フレイヤは自身の目を疑った

「カフェ・ウィルド」が ある五十階

そこは、色鮮やかなバラが咲き乱れる 広大な庭園だったからだ

コーヒーの香ばしい匂いはしない

バラの芳香が確かにしていた


——ここに来る道中、眷属の人間を何人もなぎ倒してきた

殺しはせず、だが、二度と立ち上がれない程度に戦闘不能にする

そんな絶妙な「手加減」は、思いのほか精神を摩耗させる


「…少し、疲れが出たのかしら」

ゆっくりと目を閉じ、深く深呼吸、再び目を開けると

やはりバラの庭園…

「お茶がしたかったのに、残念ね」

そう言う フレイヤの目の前は、瞬間、音もなく反転した


花々は瞬時に枯れ、湿った土の匂いがすると

不気味な巨木の枝が覆う、薄暗い森の中に彼女は立ち尽くしていた


さらに、その状況を確認する暇もなく

世界は三度目の変貌を遂げる


「カフェのなか…?」

フレイヤは見慣れた 「カフェ・ウィルド」 の店内にいた

クラシックだが清潔なカウンター、淡い光の漏れる照明…

いつも通りの、非戦闘区域


しかし、フレイヤの鋭敏な感覚は、肌を刺すような違和感を捉えていた

空気が妙に張り詰めている…

神々の気配とは違う、もっと泥臭く

それでいて、圧倒的な気高い質量を持った気配がする


視線をカウンターの端へと走らせたフレイヤは

その美しい目を見開いた

「……ウートガルザ」


そこに腰掛けていたのは

長い手足をゆったりと投げ出した、一人の男だった


巨人族の王の一人、幻術の達人・ウートガルザ


このラグナロクで

神族と存亡を懸けた戦争を繰り広げている絶対的な敵対者

その最高幹部が、なぜかコーヒーの湯気の向こうで

退屈そうに指を組んでいた

「やあ、久しぶりだね、フレイヤ…相変わらず、あなたは美しい」


ウートガルザは至極落ち着いた様子で

親しい友人にでも会ったかのような、穏やかな笑みを浮かべる


フレイヤは、自身の動揺を自覚しながらも

自身のプライドで、それを押し殺した

「あら…巨人族の王が…

こんなところで油を売っているなんて、ずいぶんと余裕があるのね」


そう言いながら、彼女はカウンターの奥を見る

そこには、いつも通りの素振りで

コーヒーを淹れているマスターの姿があった


フレイヤの中で、バラバラだったパズルが噛み合う

バラの庭園、寂しい森、そしてこのカフェ

間違いないわ…これは、この男のお得意の『幻術』


ウートガルザはかつて

その圧倒的な幻術の力で、オーディンやトールすらも手玉に取った

今、自分が立っているこのカフェもそうであれば

おそらくここは、精巧な精神の「牢獄」


そうと分かれば、取り乱すだけ時間の無駄

フレイヤはウートガルザから二つ離れた席に座ると

のマスターへ声をかけた

「ミルクティーをちょうだい、ミルクはたっぷりね」


マスターは何も言わず、機械的な動作で作り始めるが

いつもの底知れない静けさではなく

魂が抜けたような覇気のなさを感じる

(このマスターも本物じゃない…彼の幻術ね)


「私に何か御用かしら、ウートガルザ…

わざわざ、こんな大掛かりな舞台を用意して私を待ち伏せるなんて

神族の戦力を削るための暗殺? なら、この場所を選んだのは悪手よ

ここは戦えない場所でしょう?」


「まさか…君のような美しい女性を手にかけるなんて

そんな野蛮な真似はしないさ」


ウートガルザは、カップを弄びながら目を細めた

「まあ、少し、昔話をしようと思ってね」


フレイヤは小さく鼻で笑った

「昔話? 嫌よ、あなたたち持ちかける昔話なんて

どうせろくな内容じゃないわ 『嫁に差し出せ』 だの

『天界のお宝との褒美の品にしろ』 だの…いつもそんな要求ばかり」


呆れ顔で切り捨てたフレイヤ

すると、ウートガルザは驚くほど素直に頭を下げた

「……そうだね、確かに、これまでの我が同胞たちの要求は無作法すぎた

あなたにとっては不快な記憶、悪かったよ」


「え…?」


フレイヤは言葉を詰まらせた

あの巨人族の王が、これほど簡単に

しかも真摯に謝罪する姿など、想像しなかったからだ


「オーディンを呼ばないのかい?」

ウートガルザは、探るような視線をよこす


「ここは、あなたの幻術の中よ…

呼んだところで声が届くか…それに…」


フレイヤは、ふっと視線を落とした

「それに、なぜかしら、私は このラグナロクにそこまで力を入れていないの」


「…なぜ?」

ウートガルザの問いに

フレイヤは自分でも明確な答えを持ち合わせていなかった


「さあね、ただ、何かが喉の奥に引っかかっているような

自分でも分からないの…だから、最高神を呼ぶ気になれないのよ」


ウートガルザはその返答を聞くと

深く考え込むように顎に手を当てる


「もういいかしら…?

話すこともないなら、この退屈な幻術を解いてちょうだい

本物のマスターが淹れた、お茶が飲みたいわ」


ウートガルザは顔を上げ

不敵な笑みを浮かべる

「では、ある 『ゲーム』 をしよう」


フレイヤの眉が不快げに上がる

ウートガルザの真意が何かは分からない

だが、ここは彼の領域

拒否権という名の選択肢は、彼女にはなかった

「…渋々乗ってあげるわ、で、ルールは?」

「では…」

ウートガルザが説明を始めようとした

まさにその時だった


カランコロン…

静まり返った店内に

間の抜けた鐘の音が響き渡った


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