Ep12 神々をも惑わすザクロソーダ ①
「…なぁ、鈴木さん、マスターは悪者なのかな?」
特殊能力管理局の大下課長は、黒いスーツの襟元を直しながら
声を潜め、ささやくように話しかけた
「何がですか、課長?」
フェンリルの眷属であり、音速の足を持つ鈴木は
いつになく冷静な横顔で応じる
「何がって、これから行くカフェのマスターの調査だよ
管理局も、いや政府の上層部も、彼の存在が気になっている
もちろん、戦っている神族の動向が最優先…でもね
突如として現れた、戦闘を完全に無効化する不可侵エリア
そこの主たるマスターが何者で、何の目的で店を…
第3勢力の可能性だって捨てきれない
だからこうして、私たちがわざわざ聞き取りに…」
「わかってますよ」
鈴木は苦笑して、カフェのドアを見つめた
「でも、僕らどこかで、あのマスターに限って
っていう妙な信頼感があるのも事実ですよね」
「…まぁ、それは否定しないがね」
課長はハンカチで額の汗を拭った
二人は視線を交わし、意を決してドアノブに手をかける
カランコロンカランコロン
穏やかな鐘の音が響き
心地よいコーヒーの香りと年代物の家具の匂いが漂ってきた
「いらっしゃいませ」
マスターが、いつも通りの静かな微笑みで二人を迎える
課長らはカウンターの椅子に腰を下ろすと
警戒を解くように、ごく軽い飲み物を注文する
「…マスター、最近はお店のほう、繁盛していますか?」
課長は世間話を装いながら、探るように切り出す
お役所仕事の聞き取り調査だと思われないよう
ごく自然に、2、3の質問を織り交ぜる
だが、今日のマスターは、いつもと少しだけ様子が違っていた
どこか上の空というか、こちらの質問をひらりとかわすような
底知れない違和感がある
(おや…? 調査だと見抜かれているのか?)
課長が内心で冷や冷やしている、その時
カランコロンカランコロン!
ドアが勢いよく開き、強烈なプレッシャーが店内に流れ込む
「おい!ロキの野郎はここにいるか!
マスター!50階あたりで見たやつが多くてな!」
現れたのは、神族いちの巨躯を誇る、雷神トール
そしてその隣、長い髪をなびかせ
鋭い片目で店内を射抜く、最高神オーディン
二人の目的は明確だった
オーディンの息子「バルドル」を殺害し
神々の真実を暴露する 『カフェ・ロキ』 というふざけた店をオープン
今なお、逃亡を続けるロキの身柄確保だ
「げっ…神族ツートップ…これは死んだ」
オーディンは先日の件もあり、凄まじく機嫌が悪く
その圧倒的な神気を受け、課長と鈴木は完全にビビり倒していた
しかし、緊迫した空気が流れる中、冷や汗を流しながらも
中間管理職としての課長の脳細胞がフル回転する
(待てよ、状況を整理しろ…)
神族側は、一刻も早くロキを捕らえたいようだ
こちらは、各地で暴れ回るロキの眷属たちに手を焼いている
利害は、完全に一致している?
「あの…オーディンさん、トールさん」
課長は震える声を振り絞って話しかける
「実は、我々もロキの行動に困っていまして…
ここは一つ、情報交換を行いませんか?」
オーディンは課長をじろりと睨みつけたが
「…よかろう、お前たちが握っている、ロキの情報をすべて言え」
「は、はい!」
鈴木と課長は、管理局が把握しているロキの動向
ロキの眷属の状況など、包み隠さず話した(話せる範囲で)
ひと通り話し終え、今度は、鈴木が恐る恐る尋ねる
「あの…神々の方々は、なぜそこまでロキを?彼は一体、何を?」
その質問を受けたトールが、動きを止めた
「ロキの奴は…かつて、我が弟バルドルを殺したのだ」
表情には、いつもの荒々しさはなく、深い悲しみが混ざっていた
――ロキの策略によって命を落とした、光の神バルドル
その喪失の傷は、今なお癒えていない
その後、ロキの眷属への対処や、ロキ本人の詳しい話を聞き
課長側も一定の収穫があった
そして、話が少し落ち着いたところで
課長は、先日、ロキが配っていた小冊子の内容を思い出す
「あの、そういえば…ロキが 『カフェ・ロキ』 で配っていた冊子に
神々が、巨人族に対して行った仕打ちが書かれていましtが
…あれは、本当なのですか?」
その瞬間、店内の空気が凍りつき
オーディンは、機嫌の悪さを隠そうともせずに一蹴する
「そうだ、それがどうした?
人間が我々を責め立てたいのか?
あれは我々の世界、アースガルズの歴史だ
お前たちに口出しされる筋合いはない」
トールも神妙な顔から一転、不快そうにオーディンに続く
「そうだ!貴様らの歴史とやらを見ても
我々とそれほど変わらんだろう
互いに奪い合い、殺し合ってきたはずだ!」
これには鈴木も、頷かざるを得なかった
「確かに…変わらないかもしれません
実際、その話はロキの眷属を中心に人間の間で拡散されています」
鈴木はスマホを見ながら続ける
「ネットやSNSでの大半の意見は
『結局、神も人間と同じようなエグいことやってるな』
という、冷めた声が多かったです
ロキは神々へのヘイトを高めて人間を煽動したかったのかも」
人間の現実的な反応を聞いた、その時
「フ…フフフ……ハハハハ!」
突然、カウンターの奥から、甲高い笑い声が響く
声の主は、マスターだった




