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神と人が相席するカフェは、神と人が戦う世界にある。  作者: 蒼い諒


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Ep10 フレイと逆クリームソーダ ①

バベルの塔、上層階――

激しい戦闘の余波は、冷徹な現実として床に刻まれていた

オーディンの軍勢、エインヘリャルの勇士たちが

ある者はうめき、ある者は物言わぬ肉塊のように大勢倒れている


それを、一人の少女がぼんやりと見つめていた

かほる、スルトの眷属の女子高生

この戦場においてトップクラスの戦闘力を有する存在である

彼女が身に纏う圧倒的な熱量は、周囲の空気を歪めていた


ピピピッ、ピピピッ


静寂を引き裂くように、ポケットでスマホが鳴ると

かほるは画面も見ずに耳に当てる

スピーカーから漏れる緊迫した声、それを一通り聞き終えると

かほるの冷徹な横顔に、ふっと柔らかい笑みが浮かぶ

「良かった…救出作戦は成功ですね」

短くそう告げ、彼女は通話を切った


傷ついた仲間たちが無事に生還

それだけで、彼女がこの凄惨な戦場に立つ理由はあった

かほるは軽く息を吐き

血の臭い漂う上層階を離れ、階段を降り始める


目指すは、乾いた喉を潤せるあの場所だ


――時を同じくして

「カフェ・ウィルド」のカウンターの端に、ある男が座っていた

豊穣の神、フレイ


彼がここに来るときは

精神的に疲れている時が多い


「マスター、いつもの…」

フレイは力なく、カウンター奥にいるマスターに声をかける


「いらっしゃいませ、おや、フレイさん

いつもの…と言いますとケーキセットですね

本日はレモンケーキをご用意しておりますが、よろしいですか?」


マスターは穏やかな手際で準備しながら問いかけるが

その言葉に、フレイは数秒

何かを考えるように小さく固まるが

だが、すぐに肩を落として答える


「うん…それでいいよ」


覇気がない

マスターはコーヒーを淹れる準備をしながらも気になり

丁寧に言葉を投げかけた


「フレイさんはいつも、ケーキセットですが、お好きなんですか?」


「いや…」

フレイは視線を斜めに落とすと、ぼそりと呟いた

「オーディンに連れられて、ここに来た時に

彼がそれを頼んだからさ、まあ、引き続き、これでと思って…」


「あ…そう……なんですか」

マスターは一瞬、困惑気味に表情を濁らせたが

すぐにプロの微笑みに戻した

(内気というか、自分で選ぶという意思が希薄…?)


その時、再びドアの鐘が鳴った

カランコロンカランコロン――


「いらっしゃいませ」というマスターの声と同時に

店内に張り詰めた気配が流れ込み

フレイの背筋が、凍りついた


それは、神族を脅かす、明確な「脅威」の波動

彼は驚愕し、思わず身構えてしまった


しかし、入ってきたのは少女

上層階で多くの兵士をなぎ倒した、かほる


彼女は、そこに神がいることなど、全く気にかける様子もなく

軽い足取りで床を鳴らすと

フレイから距離を置いたカウンターの端の席に着く


フレイは、視線だけで彼女の動きを追った

(あれが…問題視されている、神と同等の強さを持つ少女

噂には聞いていたが、本当にただの子供…)


危惧と、どこか異物を見るような気持ちが

フレイの心に混ざり合った


かほるは卓上のメニューに軽く目を落とすと

すぐに顔を上げ、眩しいほどの迷いのなさで口を開く


「マスター、今、私は 『青の気分』 なので、クリームソーダを!」


「かしこまりました」

マスターは何の疑問も持たずに頷く


だが、隣の神族はそうはいかなかった

フレイの端正な顔が驚きで歪む


(えっ…? 何、その注文方法? 気分で飲み物を決める?

しかも、青の気分と言いながら頼んだのは『クリームソーダ』?

それにクリームソーダは緑色だよ、何なんだ、この生き物は…)


フレイの中で、かほるという存在が完全に

「理解不能な異物」として定義された

異物…

そうだ、これは間違っている

戦場にこんな子供がいることも、その脈絡のない振る舞いも


内気なはずのフレイの胸に

妙な正義感と、先輩風を吹かせたいという衝動が湧き上がる


彼は かほるの方を向き、こんこんと諭すように口を開いた

「あの…君みたいな子供が、こんな命懸けの戦場に立つなんて

絶対にダメだよ、もっと自分の身を考えるべきだ」


かほるは、ストローをいじっていた手を止めると

フレイをじっと見つめた

その瞳には恐怖も怒りもなく、ただただドライな理性が光る


「これは自らの意思です、それに、私はもう17ですし」


淡々と、毅然とした反論が続く

「この塔では、人間も神も、誰もが自分の意思で戦っています

…フレイさん、貴方もそうでしょう?」


「それは…」

フレイの言葉が、喉の奥で詰まる

「私は…オーディンに言われて……」

そこまで言って、フレイはハッと息を呑んだ


自分の言葉が、自分自身の胸を深く突き刺した


(私は今、何と言った? オーディンに言われてるから?

違う、私は今まで、自分が無自覚に行動し

このラグナロクという大戦に、流されるまま参加している…

それに気づいてすらいない?)


先日、課長という男から教えてもらった

『中間管理職』という言葉が脳裏をよぎる

彼の助言通り、仕事は楽になった

(しかし、ストレスを溜めないように やり過ごすことに腐心して

一度だって主体的な発言や提案をしたことがあったか?)


(そういえば…さっきの注文もそうだ

『いつもの』と言って思考を放棄し

オーディンの模倣を無自覚にしていただけだ)


芋づる式に、過去の苦い記憶が蘇る


(ましてや、かつて、勝利を約束する至高の『剣』 を手放した事も…

『まあ、なんとかなるだろう』という

無自覚と無関心から来る、長期的なリスク管理を怠った結果だ!)


フレイは、失った剣の代わりとして携えている 『鹿の角』 に目をやる

なぜ、自分は鹿の角で戦っている?

自らの意思のなさが、この滑稽な状況を生んだのだ!


「あー……あーー……」

フレイは頭を抱え、カウンターに突っ伏した


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