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神と人が相席するカフェは、神と人が戦う世界にある。  作者: 蒼い諒


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Ep08 源義経とバタークリームサブレ ②

「…お待たせいたしました」


沈黙を破ったのは、マスターだった


カウンターの上に、小さな白い皿が二つ置かれる

そこには、焼きたてのサブレが並んでいた


「天候も悪く、お客様が来ないだろうと

置き菓子のサブレを焼いていたのですが、ちょうど今、出来上がりまして」


オーブンから出されたばかりの、熱を帯びたサブレ

その小麦粉とバターが焦げる、抗いがたいほどに芳醇な香りが

コーヒーの香りと混ざり合った


「置き菓子なので、いつもは冷ましてから出すのですが…

こんな夜です、焼きたてを いかがですか?」


二人の戦士は、不意の提案に目を丸くした

だが、漂ってくる幸せな香りに抗えるはずはなく

自然に皿を手にした


「もちろんサービスです…それと、どうぞ、これも一緒に」

マスターはさらに、小さな器に入った白いクリームを置く


「アメリカ式のバタークリームです、こうやって、たっぷり乗せて…」

マスターは手本を見せるように

自分の分のサブレにクリームを贅沢に乗せ、口に運ぶ


「…ふふ、実はこれ、私の密かな贅沢なんです…秘密ですよ」

マスターが悪戯っぽく笑う

その柔らかな空気に、張り詰めていた義経の肩の力が

わずかに抜けた


義経は、不器用にクリームをサブレに乗せ、口に運んだ

熱い生地が口の中でほどけ

冷たく甘いクリームがそれを包む


「…少し、嘘をついた」

甘味が心を解かしたのか、義経がぽつり


「戦いしか眼中にないような事を言ったが

…今の日本に少しだけ触れてみたかった、だから、この店に来た」


義経は窓の外、雨に煙る東京の街を見つめた


「…だが、思い出してしまった、過去を

やはり、私の去り方は、良くなかったのだろうか

あのように惨めに果てたから、今もこうして戦っているのだろうか」

その言葉は、今なお癒えない深い傷跡のように響く


「今の日本人はな、あんたに好意的な奴が多い」

五十嵐が、ぶっきらぼうに言う


「手柄は立てたのに報われなかった、悲劇の英雄だってな

…まあ、同情かもしれんが、みんなあんたのことが好きなんだ」


「…ありがとう」

義経は短く、呟くように答えたが

五十嵐の言葉は

彼の心に届いているようには見えなかった


ふいに、義経は五十嵐の目をまっすぐに見ると

「貴殿は、この戦いで世を去っても、納得できるのか?」


「俺か? 俺はな、この力を得る前はただの不器用な、孤独な老人だった

それが、力を得たとたん、周りがチヤホヤ…

最初は嬉しかったさ、だがな、奴らの目は笑ってねえ

俺を見てるんじゃなく、俺の中にある『力』を見てるだけだった」


五十嵐はコーヒーを一気に飲み干した

「だがな、この塔には俺よりずっと若い連中がいて

同じように偽の賞賛を浴びながら、それでも戦ってる

…そんな姿を見てると一緒に戦いたくなる

その上で、何か意味のある去り方ができるんなら……俺は、納得できる」


「義経さん、あんたこそ、納得できそうかい?」


義経は、フッと口元を緩ませる

「…ヴァルハラでは、妙なことが毎日起こる

似たもの同士が、毎日殺し合い、毎日生き返り、毎日同じ食卓を囲む

…奇妙な夢の中にいる気分だ、だが、ある意味それは亡者、納得以前だ」


義経は最後のサブレを手に取った

「そんな同士から、このような『焼き菓子』という食べ物も教わった

だが、このバタークリームというのは初めてだ…彼らに教えてやりたい」


義経は残りのコーヒーをクイッと飲み干すと、スッと席を立った

「貴殿と話せて良かった、感謝する……では、良い去り方を」


ドアに向かう義経だったが、急に振り返り

「私が、貴殿をそうさせるかもしれぬが、その時は…」


ドアが開き、再び暴風が店内に吹き込む

そしてそれが収まっても、静かな殺気と融和の余韻が残った


五十嵐は、窓に映るカフェの明かりを見つめていた

「良い去り方か…なあ、マスター、先日、一人の若者が、この塔で死んだ」

声は、先ほどよりも一段と低かった


「ワシはその場にいなかった…もし居たら

さっきの話、納得のいく去り方が出来たかもしれん」

窓の外を見つめる五十嵐の背中は

一人の老人そのものだった


「…うーん」

マスターが、静かにコーヒーを淹れ始めながら話す


「もし代わりになれたとしても

その若者は、あなたに感謝するでしょうか?

いや、案外、『代わりがいて良かった』なんて冷たく思うかも

…良い去り方なんてものは、戦場にはないのかもしれません」


「…それでもいいんだよ、ワシ自身が納得できるならな」

五十嵐は自嘲気味に笑った


「いや、この戦いが終わり、誰からも忘れられて

ただの孤独な老人に戻って…ひっそり去る

…案外、それが一番納得するかもな」


「五十嵐さん、あなたは無償の行動ができる方だ

共に戦う仲間たちは、決して独りにはさせませんよ」


マスターの言葉に、五十嵐はふん、と鼻を鳴らした

「…このバタークリームってのは、本当に美味いな

そうだ、あいつらに教えて…

いや、教えねえぞ!わしゃ絶対に教えん!」


五十嵐は憎まれ口を叩きながら

残ったサブレにたっぷりとクリームを乗せ、頬張った


「おかわり、どうぞ」

マスターが、新しく淹れたコーヒーを差し出す


外では、まだ激しい嵐が続いていた


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