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神と人が相席するカフェは、神と人が戦う世界にある。  作者: 蒼い諒


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Ep08 源義経とバタークリームサブレ ①

「荒れてますね・・・」

マスターは窓の外、東京の滲んだ夜景を一人眺めた


深夜2時、空は夕方から怪しかった

次第にそれは本物になり

壊れそうな程の轟音が鳴り響くと

塔にこびり付く褐色の汚れを、激しい雨が洗い流していく


「今夜は…流石に誰も来ませんね」

カフェが位置するのは塔の中腹、地上50階

暴風は地上よりも酷い


カランコロンカランコロン…


そんな悪天候を押し分けるように、カフェのドアが開いた

吹き込んだ風が店内の温かな空気を一瞬だけ乱し

ケトルの湯気を吹き飛ばす


入ってきたのは、小柄な人間

その者は敷居をまたぐと、ぴたりと動きを止めた


髪から滴る雫

その影の奥から、鋭い眼光

それは、一瞬で店内の隅々、死角の有無を確認する

兵士の仕草だった


とはいえ、このような客はよくあること

ここへ来る者は、神であれ人であれ、皆が死線を越えてくる


しかし、マスターは わずかに目を見開く

その客は、「眷属」の人間ではない

神族の軍隊——ヴァルハラの英霊「エインヘリャル」の装備を手にし

その顔立ちは、マスターがこれまでに見た、どの英霊とも違っていた


「…いらっしゃいませ、どうぞ、お好きな席へ」

マスターの促しに、その客は無言で会釈し

一番端の席に腰を下ろした

その背筋は定規を当てたように真っ直ぐで

周囲への警戒は未だ解かれていない


「失礼ですが…貴方は、エインヘリャルの兵士、ですね?」

マスターが静かに問いかける


これまで店に訪れたエインヘリャルの兵士は皆、北方の勇猛な大男たち

しかし目の前にいるのは、アジア人の英霊

マスターにとって、初めて目にする存在だった


「…いかにも、私は日本人、名は、源義経」


その凛とした声が店内に響く

マスターは納得したように深く頷き、柔らかな微笑を浮かべた


「なるほど、九郎判官、義経公…納得です

このような荒天の中、ようこそお越しくださいました」


義経は意外そうに眉を上げた

「私の名を知っているのか…いや、ここは 『そういう場所』 、か」


——エインヘリャル

地上で絶望的な戦いの末に命を落とした後

戦乙女ヴァルキリーに導かれヴァルハラに行く者たち

彼らは神の軍隊の尖兵として、現代の日本に降り立っている


カランコロンカランコロン


再びドアが開き、重たい足音が響く

濡れたコートを乱暴にハンガーにかけ、一人の老人が入ってきた

もちろん、その影に義経は警戒する


「五十嵐さん…真夜中、そして荒天の中、ようこそ」

五十嵐はマスターを一瞥すると

義経から一席置いた席に座り、しゃがれた声で言った

「熱いコーヒーを…」


その注文に義経は、はっと思い

「そうでした、私もコーヒーを」と、続けざまに頼んだ


外では風が咆哮を上げ続けるが

店内は温かく、穏やかであり

コーヒーを淹れる音が、よりそれを際立たせていく


「どうぞ」

マスターが二人の前にコーヒーを置く


義経が一口飲み、かすかな息を吐く

五十嵐はカップに口をつけず

「…失礼、あんた、日本人か?」


義経が静かに名を名乗ると

五十嵐は「ほう」と、短く息を吐いた


「いや…なんだ、眷属の間で噂でな

神の軍隊に、一人、化け物じみた強さの日本人がいるらしい

そいつは、アースガルズの神々にも引けを取らねえと…」


五十嵐は細い目をさらに細めた

「実はな、戦場であんたを見かけて、興味が湧いたんで後ろをつけてた」

義経は顔を変えずに、目の前のコーヒーを見つめる


「歴史の本ってやつで、あんたのことは学んだよ」

五十嵐の言葉に、義経の指がわずかに動いた


「その英雄が、神の軍勢として、眷属の日本人を殺しに来ている

…もしかしたら、この国を恨んでいるのか?」


「…恨む?」

義経が、ようやく五十嵐を見た


「それは違う」

「では、なぜ?」


「エインヘリャルの兵士は、理不尽な運命に抗い

絶望の中で世を去った者が多い…そこをオーディンに拾われた

我々は戦いの果てに勝つ事を渇望している集団、相手が誰であろうと…」


義経は静かに、だが断固として告げた


「オーディンに利用されているかもしれない…

だが、同胞は皆、私と同じ…彼らと行動を共にすると落ち着く」


五十嵐は何も言わず、目を落とした

そして、何も言えなかった


「…お待たせいたしました」


沈黙を破ったのは、マスターだった


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