Ep05 フレイと鹿の角、そしてBLTサンド ②
「…あの、フレイさん、はじめまして、私、こういう者でして」
課長は名刺を差し出す
「特殊能力、管理局…?」
「はい、私は能力のない、ただの人間ですが
管理局という組織で、眷属の方々のマネージメントや
政府上層部との調整、いわゆる中間管理職って奴です」
「中間、管理、職?」
神様は意外に話せるものだ…と驚いた課長
続けて説明をし始めた
「なんと言うか…上からは無理難題
下からは不満をぶつけられて
どっちの顔色も見ながら
どうにか全体を丸く収めるために
自分の感情を押し殺して働く役割のことです」
課長が自嘲気味に
そしてジョークを交えて説明すると
フレイの顔がほんのり紅潮した
「…同じです」
「え?」
「私も…黄金の猪でトールの連絡係をしたり
魔法の船でエインヘリャルの兵士を運んだり…」
フレイは課長の手を握ると、更に続ける
「それに、あの兵はオーディンの兵士ですよ!
テュールは決まりだから、とか言うし
みんな大変だからと、私は我慢してるんです…」
フレイは端正な顔が崩れる程、更に話し
そして、大きなため息をついた
「実は今日…色々あって、サボりに来たんです」
「サボり…いいですね!
それは、中間管理職にとって最も重要なスキルです!」
課長は深く同情すると
目の前の神が、急に同じ人間のように思えてきた
「ごめんなさい…お待たせしました、BLTサンドです」
マスターが すまなさそうにテーブルに置く
「あ、どうぞ、せっかくですから…」
フレイは課長の手を放すと
目の前のアップルパイをつつき始めた
「あ、そうですか、すいません…」
課長は席に戻るが、どこの世界も同じだな、と
せつない気分になってしまう
一方、鈴木は、目の前のBLTサンドに胸躍らせていた
トーストされたパン
鮮やかなグリーンのレタス
深紅のトマト
そして黄金とピンクの脂を湛えたベーコン
さあ!、と、ウキウキしながら 一口頬張る
カリッというパンの音
トマトの酸味とベーコンの旨味が溢れ
レタスの歯ごたえが全体をアシストしている
「美味いなぁ…」
鈴木は 一口食べてはサンドイッチを何度も見つめた
課長も食べ始めるが、どこか美味しさが半減した気分だった
「BLTサンド…」
その時、フレイが課長のサンドイッチを見つめ、ぽつりと呟いた
「中間管理職というのは、まさに、そのBLTサンドの具ですね」
「えっ?」
その声に課長はフレイを見る
「レタスもトマトも、ベーコンも
本来はギザギザだったり、丸かったり
個性的な形をしているはずなのに
上下のパンという『組織』に形を合わせ
挟まれ、圧縮されている…」
フレイは更に顔を紅潮させると続ける
「だけど、その具がなければ、ただのパン
中間管理職という具があるから成立する…
僕らは、誇り高き 『具』 です!」
フレイの演説に、課長は熱いものが胸に込み上げた
「フレイさん…まさに、仰る通りです
上も下も、この『具』 の苦労を分かっていない
鈴木さん、君もそう思うだろう?」
話を聞かず、サンドイッチを頬張っていた鈴木
急に話を振られた吐き出しそうになるが
苦笑いしながら、とりあえず頷いた
「課長さん、中間管理職が上手く立ち回るコツは、ありますか?」
フレイの問いに、課長は背筋を伸ばした
「そうですね…
まず、時には馬鹿を装い、道化になること
周りに花を持たせるのです
次に、上司が 『選んだ』 とさせるため
ブラフを含んだ選択肢を用意すること
そして…適度にサボること」
課長はコーヒーを一口飲むと窓の外を眺めた
「だけど、最も大切なのは…
…上司でも部下でもなく、家族ためと思う事です」
フレイのコバルトの瞳が、柔らかな色彩に変わる
「家族…確かに、私には愛する妻、ゲルズがいて
実は…私、彼女と結婚するために
自動で敵を皆殺しにできる 『勝利の剣』 を手放したんです
今は、鹿の角が武器なんですけど…」
フレイは照れくさそうに笑った
(皆殺しの剣…?)
(結婚するために武器を手放す…?)
課長と鈴木は、引きつった笑いを浮かべた
なんだかわけわからん
「ありがとう課長さん、元気が湧いてきました
私は そろそろ戻ります、家族の為にも」
フレイは席を立ち、深々と一礼して店を出た
去り際、課長はフレイが背負った鹿の角の先端に
黒く凝固した血がこびりついているのを見た
「あれは…」
課長は黙りながらBLTサンドを口にし
その切り口をじっと見つめた
「鈴木さん、さっき、中間管理職はサンドイッチの『具』と言っていたが
あれは間違いだ、実際に命を懸けて戦う…君たちこそがそれだ」
すると、マスターが静かに口を開く
「私は、中間管理職は、BLTサンドの『バター』だと思います」
「バター?」
「はい、バターは具材の水分が、パンへの染み込みを防ぐ壁となり
同時に、具材とパンを滑らかに繋ぐ潤滑油
そして、何より全体に奥行きのあるコクを与える…」
課長は驚いたようにマスターを見る
「実はBLTサンドに必須の材料なんですよ、バターって」
マスターはニコニコと瓶入りバターを課長に見せた
「課長、知りませんでした?」
鈴木はモグモグと食べ終えながら話す
課長はマスターと鈴木を交互に見ると
照れ隠しに、冷めたコーヒーを飲み干した




