第34話 冬至祭のキャンドル、背伸びする炎
私の仕事は、聖女様のナナメ後ろに立つことである。
右でも左でもなく、正面でもなく、ナナメ後ろ。
この位置には意味がある。
聖女様の視界には入らないが、聖女様がほんの少し首を傾ければ目が合う。
例えば、一年で最も夜が長い「冬至」の祭りの夜。
礼拝堂に無数に飾られたキャンドルの炎に、聖女様が目を奪われて近づきすぎた時。
裾に火が燃え移る前に、さっと手を出して安全な距離に引き戻すことができる。
幻想的な光景の中でも、常に現実の危険を見張ること。
それが、ナナメ後ろに控えるメイドの防火管理である。
***
「ノエル、見て!今日のキャンドル、いつもより炎が背伸びしてる!」
礼拝堂の祭壇前で、聖女様が指をさした。
冬至祭のため、信徒たちが持ち寄った何十本もの太い蜜蝋キャンドルが、ゆらゆらと炎を揺らしている。
確かに聖女様の言う通り、炎の先が細く長く、天井に向かって引き伸ばされているように見えた。
「背伸びをしているわけではありません。上昇気流によるものです」
「じょうしょうきりゅう?」
「はい。炎の熱で周囲の空気が温められると、軽くなって上に昇ります。その空気の流れが、炎そのものを上へ上へと引っ張り上げているのです。キャンドルの密集度が高いため、通常よりも強い気流が生まれています」
私は聖女様の服の袖を軽く引き、炎から半歩だけ遠ざけた。
「熱い空気は上へ。冷たい空気は下へ。この小さなキャンドルの周りでも、世界を動かすのと同じ物理法則が働いています」
「ふーん。でも、火の妖精さんが天井の神様にご挨拶しようとして、一生懸命背伸びしてるみたいで可愛いよ?」
聖女様は両手を合わせて、細く伸びる炎を見つめた。
科学的な説明は一切響いていないが、その祈るような横顔が信徒たちには「完璧な聖女の姿」として映るのだから、私が口を挟むことではない。
私は彼女のナナメ後ろに立ちながら、静かに自分の足元へ視線を落とした。
***
本日は冬至。
一年で最も昼が短く、夜が長い日。
そして私にとっては、観測の折り返し地点だ。
今日の正午、私はいつものように私室の窓枠が床に落とす影の長さを測った。
夏至の日に最も短かった影は、秋分を越え、冬に向かって毎日少しずつ長くなってきた。
そして今日の正午、影の先端は床板の六枚目の端に達した。これが限界だ。
明日からは、ほんのわずかだが、影は再び短くなり始めるはずだ。
なぜ、太陽の軌道は上がり続けず、下がり続けず、必ず「折り返す」のか。
もし太陽が自由に空を飛んでいるなら、規則正しく反転する理由がない。
だが、私たちが乗っているこの大地が、コマのように傾いたまま、太陽の周りを大きな「円」を描いて回っているとしたら。
円軌道であれば、最も遠ざかる冬至を過ぎれば、必ず再び近づき夏至へ向かう。
太陽が折り返したのではない。私たちが太陽の周りの軌道を半分回り切ったのだ。
「ノエル」
不意に、聖女様が振り向いた。
キャンドルのオレンジ色の光が、彼女の顔を柔らかく照らしている。
「今日は一年で一番夜が長い日なんでしょ?」
「はい。明日からは、少しずつ昼が長くなります」
「じゃあ、今日が一番暗くて寒い日のどん底なんだね」
「表現はともかく、事実としてはその通りです」
聖女様はふわりと微笑んだ。
「よかった。どん底なら、あとは上るだけだね。明日からはもっと暖かくなるし、明るくなるんだ」
「……」
私は小さく息を飲んだ。
この人の直感は、時として私の複雑な計算式を、たった一言で飛び越えていく。
「ええ……そうです。ここが折り返し地点です。あとは、もう一度元の場所へ戻っていくだけです」
「うん!なんかワクワクするね!」
聖女様は再びキャンドルの炎に向き直った。
私は、彼女の背中を見つめながら、自分の内側で何かがカチリと音を立ててはまるのを感じた。
間違いない。
世界は、回っている。
***
夜。『観察ノート』を開く。
冬至祭の後片付けを終え、冷え切った部屋の暖炉の前。
聖女様が、元気な文字で書き始める。
【冬至のお祭りでキャンドルをいっぱい灯した。火の妖精さんが背伸びをしてて可愛かった。ノエルが、今日が一番夜が長い日だって教えてくれた。明日からは明るくなるばっかりだ!一番暗い日にお祭りをするのって、なんだかすごく素敵なことだと思う!】
私はその横のページに、細いペン先で書き込んだ。
キャンドルの炎と上昇気流の図解。
そしてその下、ページの半分を使って、一つの大きな図を描いた。
中心に太陽。
その周りを、傾いた地軸を持った大地が、円を描いて回っている図。
夏至、秋分、冬至、春分の位置を正確に記した、地動説の完全なモデル図だ。
書き終えて、右下の隅に一行添える。
『冬至における南中高度の最低値を確認。明日以降の高度上昇が確認できれば、公転軌道モデルは証明される。一番暗い日に、真理への最も明るい確信を得た』
ペンを置く。
私室の暖炉の炎が、キャンドルと同じように上に伸びている。
私の心の中にある疑いの雲は、完全に晴れていた。
残るは、この真理の美しさを最後まで記録し切るだけだ。




