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第27話 松ぼっくりの天気予報士、子守

 私の仕事は、聖女様のナナメ後ろに立つことである。


 右でも左でもなく、正面でもなく、ナナメ後ろ。

 この位置には意味がある。

 聖女様の視界には入らないが、聖女様がほんの少し首を傾ければ目が合う。


 ただし、子供が七人いる場合、この位置の維持は著しく困難になる。

 なぜなら子供というものは、前後左右上下の概念なく突進してくる生き物だからだ。

 ナナメ後ろどころか、足元に潜り込んでくる。

 それが、ナナメ後ろに控えるメイドの想定外である。


 ***


 朝食の片付けを終えた瞬間、小さな嵐が教会に押し寄せた。

 孤児院の子供たちだ。

 先頭の少年が、両手いっぱいに何かを抱えている。茶色くて丸い、植物の実。松ぼっくりだ。十個はある。


「聖女さま!ノエルおねーちゃん!林で松ぼっくり拾ったの!これ見て!開いてるのと閉じてるのがある!前に見せてくれたのと同じ!」


 少年が松ぼっくりを並べて見せた。

 確かに、鱗片が大きく開いたものと、ぎゅっと閉じたものが混在している。


「でもどっちもあるけど、壊れてるの?」


 私が答えるより先に、聖女様が「えっへん」と得意げに胸を張って子供たちの前にしゃがみ込んだ。


「壊れてるわけじゃないんだよ!乾いた日には開いて、お水のある湿った日には閉じるんだよ!ね、ノエル!」

「はい。以前、雨の日の前にお話しした通りです」


 ナナメ後ろから頷くと、少年が目を輝かせた。


「あの時と同じですね。水分を吸うと膨張して閉じ、乾燥すると収縮して開く……自然が作った湿度計です」

「じゃあこれ持ってたら天気予報できるの!?」

「原理的には可能です」


 そう肯定した一言を、私は数秒後に後悔することになった。


 ***


「松ぼっくり天気予報士、任命式!」


 聖女様が、いつの間にか教会の中庭に子供たちを集めていた。


 一人一つずつ松ぼっくりを握らせ、「あなたは今日から松ぼっくり天気予報士です!」と一人ひとりに宣言している。子供たちは大興奮だ。

 レルートが「面白そうですねぇ」と欠伸をしながら眺め、オフィトが「教会の品位ってなんだっけ」と遠い目をしている。


「みんな、お天気が知りたい時は松ぼっくりに聞いてね!開いてたら晴れ、閉じてたら雨!」

『はーい!』


 七人の子供が一斉に松ぼっくりを掲げた。

 壮観だが、教会の中庭で行う催しとしては前代未聞だろう。


「ノエルおねーちゃん、ぼくの松ぼっくり開いてるから今日は晴れ?」

「はい。今日は晴れます」

「じゃあお外で遊べる!」

「やったー!」


 子供たちが中庭に散っていった。

 そこからが、本当の戦いだった。


 ***


 十時。

 花壇の柵を乗り越えようとした女の子を捕獲。膝に擦り傷。消毒と包帯。


 十時十五分。

 廊下を走り回っていた男の子二人が衝突。片方の鼻血。冷たいタオルと頭部の固定。


 十時半。

 礼拝堂の蝋燭台に手を伸ばした子供を、ギリギリのタイミングで肩を掴んで制止。


 十時四十五分。

 厨房からつまみ食いをしようとした少年のポケットからクッキーを三枚没収。代わりにリンゴを一個渡したら不満そうな顔をされた。


 十一時。

 聖女様が子供たちと鬼ごっこを始め、全力で走り回った結果、ポニーテールが解けた。

 結び直し。走っても解けない頑丈な結び方に変更。


 十一時十五分。

 汲み置きのミルクが倒れた。拭き掃除。二度目。


 十一時半。

 一番小さい女の子が泣き出した。理由は「松ぼっくりが閉じちゃった」。

 手のひらの汗で湿ったのだ。


「大丈夫ですよ。乾かせばまた開きます」


 私はハンカチで松ぼっくりを包み、窓辺に置いた。


「ほんと?」

「はい。少し待てば元通りです」


 女の子が鼻をすすりながら頷いた。

 松ぼっくりが開く理由を、もう一度分かりやすく説明する。

 この子にはまだ湿度計は難しいので、聖女様を真似て「お水を飲んだらぎゅーってなって、乾いたらぱーって開く」と言い換えた。

 女の子は「ぱー」と自分の両手を広げて笑った。


 ……悪くない反応だ。


 ***


 昼。

 嵐のような午前が過ぎ、子供たちは昼食後に一斉に眠りについた。

 中庭の日だまりに敷物を広げ、小さな体が折り重なるようにして寝息を立てている。

 聖女様はその真ん中に紛れ込み、一緒になって寝ている。ポニーテールが子供の布団代わりになっていた。


 私は端に座り、やっと訪れた静寂の中で、散らかった中庭を見回した。

 松ぼっくりが点在している。靴が片方脱げている。リンゴの芯が転がっている。


 壊滅的だ。

 だが、穏やかな秋の日差しの中で、子供たちと聖女様が安心して眠っている光景は、片付けの手を少しだけ止めるに値するものだった。


「ノエルさん、あんた子供の相手もできるんだな」

「子守は業務外です」

「そう言いながら、一番膝に包帯を巻いてたのは誰だったかなぁ?」


 レルートが廊下から顔を出し、その光景を見て小さく笑った。

 返す言葉がなかった。


 ***


 夕方。

 孤児院の子供たちが帰っていった。

 一人一つずつ松ぼっくりを大事そうに握りしめて。


「聖女さま、ノエルおねーちゃん、ありがとう!明日も天気予報する!」


 少年が振り返って叫んだ。

 私は小さく手を挙げた。手を振るのは苦手なので、それが精一杯だった。


「ノエル、今日楽しかったね!」


 聖女様がにこにこと笑いながら、私の顔を覗き込んだ。


「本日の業務外損耗は、花瓶一個、ミルク二杯分、包帯七枚、私の体力の大半です」

「でも、最後にあの子たちが笑ってたでしょ?」

「……はい」

「じゃあ、大成功だよ!」


 反論の余地がなかった。


 ***


 夜。『観察ノート』を開く。


【松ぼっくり天気予報士が七人誕生した!開いたら晴れ、閉じたら雨。みんな大事そうに持って帰ってた。一番小さい子が泣いちゃったけど、ノエルが優しく教えてあげたら笑った。ノエルは子供に怖がられてると思ってるけど、ぜんぜんそんなことない。みんなノエルおねーちゃん大好きだよ!】


 松ぼっくりの湿度応答のメカニズムは以前のページに図解済みなので、私は右半分に「天候知識の教育的効果と実証」について手短にまとめた。

 右下の隅に、一行。


『松ぼっくりの包帯消費量:七枚。投資対効果は、計測不能』


 ペンを置き、窓辺の松ぼっくりを見た。女の子が手にしていた松ぼっくりと交換して、部屋に置いていたのだ。

 女の子の手汗で閉じていた鱗片が、乾いた夜の空気の中で、少しだけ開き始めていた。


 明日は、晴れだ。


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