ep.08 改過自新
あれから二日後、俺たちは大学近くの和食ファミレスに来ていた。絵梨花の好きだった人を探すことに合意した俺たちは、今後どうやって動くのか作戦を練っていた。
絵梨花のために、今できる精一杯のこと——
そう考えて始めたことだったが、自分たちの悲しみを少しでも和らげたかっただけかもしれないし、絵梨花に対する後悔や罪悪感を、少しでも払拭したかっただけなのかもしれない。
たとえそうだとしても、絵梨花のためになるなら構わない。
絵梨花の幸せが何だったのかと改めて考えたとき——
認めたくはないが、やはり好きだった人に想いを伝えることに他ならなかっただろう。
ならば俺には、それを叶えてあげないといけない使命がある。絵梨花の幸せを応援できなかったのは俺だ。絵梨花の幸せを奪ったのは俺だ。
だれが否定しようときっとそれはそうで、俺がいなければ絵梨花は幸せになれたはずだ。自分の想いを大切な人に伝えることができたはずだ。
俺さえ、いなければ——
だから俺はそんな後悔の呪縛から逃れるため、絵梨花の幸せを探す道を選んだ。
本当に自分勝手な話だが——俺は絵梨花との思い出を悲しいままにしたくはない。絵梨花が天国でも笑っていられるような、そんな未来を願ったのだ。
「でもさぁ、絵梨花の好きだった人を探すっていっても、情報が少なすぎるんだよなぁ」
兼保は苦悶の表情で頭を掻いた。
「そもそも、どこの誰なんだよって話だよな」
敦は白玉ぜんざいを頬張りながら会話に加わる。
「なあノリ、お前の知ってる情報をもう一回教えてくれ」
兼保にそう言われて、俺はリュックから裏が白紙の授業プリントを取り出した。
「それなら、一回情報を書き出してまとめてみるよ」
絵梨花の好きだった人 情報まとめ
●高校の時に知り合った人。大学に来てからは一度も会っていない
●中学や高校の友達ではない
●八月に開催されるコンクール『紫玉絵画展』で入選したら、再会する約束
「これが絵梨花の好きだった人の構成要件だね」
書き出すと、「さすが法学部ぅ」と敦に茶々を入れられた。
「よし、見せろ見せろ。……うわ、これだけかよ」
敦は紙を手に取ると、スプーンをくわえたまま口を曲げた。
「絵が入選しないと会えない。しかも紫玉絵画展は絵梨花の地元の山梨で開催される。この辺に何かありそうだな」
兼保は紙に書かれた項目を指差しながら、話を続けた。
「絵が入選したら再会できるっていうなら、当然相手だってその絵を見るわけだよな。それならその人に見せたいものを描いてる気がするんだ」
兼保は俺の顔を見て、「なあノリ」と呼びかけてきた。
「お前はコンクールに提出する前に絵梨花の絵を見たんだろ? そこに何が描いてあった? それがヒントになるかもしれない」
そう訊かれて、俺は思い返してみた。描かれていたのは……
「ぶどうの丘だよ。正確にいうと、一面にぶどう畑が広がる風景……絵梨花の地元の山梨だね」
兼保は「なるほど……」とだけ言うと、またしばらく沈黙になった。
「それならやっぱり、山梨の人なんじゃないか」
敦がそう言うと、兼保は「そうとも言えないだろう」と反論した。
「だって同じ地元の人に、わざわざ地元の景色を見せるか? それなら東京の景色とか描いてもいいじゃないか」
「そうは言い切れないだろう。絵梨花とその人にとって大事な景色かもしれないし」
「それは確かに……」
そしてまた兼保は「うーん」と考えこんでしまった。俺も何も思い浮かばず、頭を抱えていた。
敦がぺろりと白玉を平らげると、「え、ってかさ」と話し始めた。
「高校の時に出会って、それから大学で会えてないんだよな? それなら普通に、山梨の人なんじゃないのか?」
それにまた兼保が反論しようとする。
「でも、確実にそうとは言い切れない。中学や高校の友達の線は消えてるんだぜ」
「絵梨花が高校生の時に出会ってて、約束の鍵を握るコンクールは山梨で開催するんだろ? ならどう考えても山梨の人じゃないか」
「でも、絶対にそうとは言えない」
「たとえそうだとしても、一番可能性の高いその線で考えるしか今はできないだろ」
敦はそう言うと、「二人は何か心当たりないのかよ」と持っていたスプーンを差し向けた。
俺も兼保も「そうだけどなぁ……」と言って考えこんでしまった。
すると兼保が突然、「あ!」と声を張り上げた。敦が驚き、「なんだよ急に」と怪訝そうに尋ねた。
「大事なこと忘れてたわ……なんで今まで思い出さなかったんだ」
兼保が深刻なトーンでそう言うので、俺も気になった。
「何か心当たりがあったの?」
そう尋ねると、兼保は「まあな」と含み笑いをした。
「随分前だけど、絵梨花にちょろっと聞いたんだ。あいつ、高校の時美術科受験の勉強のために、地元の画塾に通ってたって」
兼保が自信満々にそう言うと、敦は不思議そうに「画塾?」と呟いた。
「俺もよくは知らないけど、簡単に言うと美大受験のための予備校みたいなもんだ。俺らが受験勉強で塾に行くのと同じ」
「へえ、そんなものがあるんだな」
兼保はさらに熱を込めてしゃべり続けた。
「だからこれだよ。そこで出会ったって可能性はかなり高いじゃないか」
「確かに。中学や高校の友達じゃないって条件もクリアできる!」
敦が勢いよく手を叩いた。
そして兼保のヒントを引き金に、俺も一つの記憶を取り戻した。絵梨花と初めて出会ったあの日、絵梨花が語っていたこと——
「そういえば俺も、絵梨花が言ってたの思い出した」
「おお、なんだ?」
敦と兼保が食い入るように視線を向けてくる。
「その人かはわからないけど……高校時代、絵を描くことが嫌いになった時に、ある人のお陰で立ち直れたって」
俺の発言を聞いて、敦が「ビンゴだな」と笑った。
「同一人物かはわからないけど……可能性は高いな。多分その画塾の先生か、同期かってところだろう」
ばらばらになっていたパズルのピースが、みるみる組み上がっていくような気がした。
兼保と俺の記憶が確かなら……絵梨花が高校時代通っていた画塾に何か手がかりがある。
「今までの条件から考えても、その画塾に絶対何かあるな」
兼保も楽しそうに笑みを浮かべた。その目には活き活きと光が宿って見えた。
「画塾で出会った人なら相手も絵に関わってるだろうし。絵が入選したら再会するっていう妙な約束も納得できる」
俺も希望が見えてきて、不思議と体に力が湧いてくるような気がした。
「これは俄然やる気が出てきたわ。兼保、その画塾の名前ってわかるのか?」
敦に訊かれて、兼保はかぶりを振った。
「そこまでは、覚えてないな」
そう言うと、兼保は残念そうに俯いてしまった。敦はなぜか満足そうに、にやにやと笑った。
「頭使えよ。ヒントは十分だ。絵梨花の地元は山梨のぶどうの丘——勝沼だろ?」
「それが何か……あ」
俺も言いかけて、ピンときた。
「絵梨花の地元の勝沼周辺で、画塾を検索すればいい。なあに、もし間違ってたらまた探せばいいだけだ」
敦はスマホを取り出し、熱心に指を滑らせた。
「あったぜ。駅の近くに……甲州アートスクールだってさ」
「でもそれだとやっぱり確証が……」
兼保の苦言を、敦は「まだ言うか!」と笑い飛ばした。
「今はここに行くしかないだろう。可能性を信じて突き進むしかねえ」
そして楽しそうににやつきながら、俺と兼保の顔を交互に見た。
「じゃあ、一番の目星はそこの先生か生徒ってことでいいな。お前らこのあと授業はないよな? 行くぞ」
「行くってまさか」
俺がそう尋ねると、敦は歯を見せて目一杯の笑顔になった。
「決まってるだろ。山梨だ」
俺は呆れつつも、敦が乗り気なことが嬉しかった。顔をほころばせながら「授業があってもさぼってるよ」と敦に賛同した。
兼保は「このあとバイトが——」と言いかけスマホを取り出した。
そして、「勝沼に行くんだろ? とりあえず新宿まで出るんだな」と乗り換え案内のページを俺たちに差し出した。
俺と敦は、思わず「兼保ぅ!」と歓声をあげてしまった。
「バイトなんてさぼったところで、いくらでも替わりがいるさ」
兼保はそう言ってはにかむと、鞄を背負って立ち上がった。




