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ep.06 青空

 テレビをつけていたら、今日の最高気温は三十度を超えるという予報が聞こえた。

 七月の下旬。もう、夏も本番だ。

 クーラーをガンガンに稼働させたこの部屋では、その片鱗すら感じないが。


 絵梨花の事故があってから一ヶ月あまりが経つが、あれから俺は一度も大学に行っていなかった。

 それどころか、必要最低限の日用品を買う以外、ほとんど外出もしていなかった。出かけるのも夜中だ。


 敦と兼保は、絵梨花の葬儀に顔を出したらしい。

 家庭の事情で、葬儀は山梨ではなく大宮のセレモニーホールで行われたと言っていた。

 絵梨花の実家は山梨にはもうないらしい。

 事故の損傷が相当にひどいらしく、顔は見れなかったという。


 俺は行かなかった。


 何か深い意味があるというわけではなく、ただ絵梨花が死んだという事実を受け止められずにいたのだ。

 死んだその日まで顔を合わせていたというのに、わずか一週間足らずで葬式に行くなんて、考えられなかった。

 現実を見ない子どもじみたことを言えば——まだどこかに絵梨花がいるような気さえするのだ。

 いつも通りあのアトリエに顔を出せば、絵梨花が笑顔で迎え入れてくれるような——

 外に出ず、大学に行かなければ、これは全て嘘で、俺は長い夢を見ているんだ、という空想に縋れる。


 大学に行くということは、絵梨花がいなくなった日常生活を認めざるをえないもので、俺にはそれが耐えられなかった。

 この一ヶ月のあいだ、あの日、絵梨花に向けて吐いた言葉が何度も何度も、頭の中でリピートされていた。


「俺のことなんて、どうでもいいんだろ」


 どうして俺は、よりによって最期に、あんなことを言ってしまったんだろう。

 それに、絵梨花を殺してしまったのはきっと俺だ。

 俺があの日、感情的になって帰らずに、キャンバスを運ぶのを手伝っていれば、あるいは——


 何もかもが悔やまれて、その後悔の念が俺の心を容赦なく蝕んでいった。体の中の成分をすべて絞り尽くしてしまうほどに吐いたし、高熱にもうなされた。


 ただいくらそんな状態になろうと、絵梨花はもういない。

 絵梨花は死んだ。

 それがすべてで、もう現実は何も変えることはできない。絵梨花という女の子はこの世から消え去り、もう二度と会うこともできない。


 そして俺は、一ヶ月まともに生活することもできず、ずっと部屋で一人うめき声をあげていたのだった。

 来る日も来る日もうなされ、決して癒えることのない苦しみと闘っていた。


 だが、そんな日々もいつまでも続けているわけにはいかない。

 俺はここ数日、嘘みたいに冷静なのだ。気付いてしまったからである。


 絵梨花なんて女の子は最初からいなくて、俺の大学生活はこんなものだった、と思い込んでしまえばいいと。

 絵梨花のことを思い出すのは辛い。

 だから、全てなかったことにすればいい。


 絵梨花に吐いてしまった取り返しのつかない言葉も、絵梨花を殺さずに済んだであろう選択も、絵梨花の笑顔のためにできたであろう努力も、全ては考える必要がなくなる。

 絵梨花なんて、最初からいなかった。だから失うという概念も痛みもない。俺は、そんな馬鹿げた境地にたどり着いてしまったのだ。


 絵梨花のことは思い出さなければいい。絵梨花のことは話さなければいい。

 一生、こうしていけばいいのだ。

 

 随分と久しぶりに、通学用のくたくたになったリュックサックを取り出した。

 タグに付けてあった、絵梨花からもらった缶バッジは外して捨てた。

 正確には、「憶えがないが付いていた缶バッジ」だが。


 来週に迫った前期試験のためには、そろそろ大学に行かなくてはならない。ぼやぼやしていると、卒業すら危うくなってきてしまう。

 頬を両手でパンと叩くと、俺はアパートの扉を開けた。


 皮肉にも、見事なまでに晴れ渡った夏空が俺を迎えた。


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