第9章 思いがけない来訪者
ラィキョウは、キュウレイの大きな棍棒を両手で握っていた。
重い。
思っていた以上に重かった。
手が震える。
それでも、手放すつもりはなかった。
目の前では、二人の黒衣の男がこちらを見ている。
「……希望なんて、哀れなものだな」
一人が、笑いながら言った。
「自分たちが今、どれだけ追い詰められているのか分からないのか? もがいたところで無駄だ。大人しく死を待ったほうが、少しは楽だと思うがな」
「黙れ」
カイエンが睨みつける。
「俺たちは必ず生き残る」
「生き残るなら、まず自分が死なないようにすることだな」
次の瞬間だった。
男の姿が消えた。
「――っ!」
ラィキョウが反応するより早く、目の前に刃が迫る。
咄嗟に身体を動かした。
だが、完全には避けきれない。
「ラィキョウ、気をつけて!」
アイヅラの声が響いた。
その瞬間、淡い光の壁がラィキョウの前に現れた。
剣が光の壁に触れ、弾かれる。
「……助かった」
「立ち止まらないで!」
アイヅラはそう言うと、周囲を見渡した。
カイエンもすぐに動く。
「風よ!」
風と光が集まり、一振りの剣を形作る。
その剣を握り、カイエンは黒衣の男へと斬りかかった。
男はそれを受け流し、すぐに距離を取る。
その一方で、もう一人の男がキュウレイへ向かっていった。
「させるか!」
キュウレイは大きな棍棒を構えた。
「この家で、孫の友達を傷つけさせるわけにはいかん!」
二人の男が、それぞれ別の方向から攻撃を仕掛ける。
棚と棚の間。
積み上げられた木箱の隙間。
狭い通路。
ラィキョウには、どこから攻撃が来るのか分からなかった。
「こっち!」
アイヅラの声に、ラィキョウは身体を動かす。
その直後、さっきまでラィキョウがいた場所を剣が通り過ぎた。
「……危なかった」
ラィキョウは息を呑む。
だが、次の瞬間には別の方向から殺気を感じた。
慌てて木箱の陰へ身を隠す。
剣が木箱を切り裂いた。
「くっ……!」
木片が床へ落ちる。
逃げ道だったはずの通路が、少しずつ塞がれていく。
アイヅラはコヒナの手を握っていた。
「大丈夫。私がいるから」
「……怖い……」
コヒナの声が震える。
「うん。でも、まだ大丈夫よ」
アイヅラはそう言いながらも、握った手に力を込めた。
自分だって怖い。
それでも、コヒナを離すわけにはいかなかった。
「おじいちゃん……!」
コヒナがキュウレイを見る。
キュウレイは攻撃を受け止めながら、苦しそうに笑った。
「安心しろ……わしは、まだ大丈夫だ」
だが、その直後。
キュウレイの膝がわずかに揺れた。
「……っ」
それを見たコヒナが、思わず走り出そうとする。
「コヒナ!」
アイヅラが慌てて腕を掴んだ。
「危ない!」
「でも……おじいちゃんが……!」
「今行ったら、あなたまで危ない!」
コヒナの目に涙が浮かぶ。
その光景を見て、ラィキョウは一瞬、前の世界を思い出した。
同じ場所。
同じ戦い。
そして、同じように誰も助けられなかった。
「……大丈夫だ」
ラィキョウはコヒナの頭に手を置いた。
「俺がいるから」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出ていた。
そして、床に落ちていたキュウレイの棍棒を拾い上げる。
重い。
腕が震える。
それでも、今度は手放さない。
「ラィキョウ!」
カイエンが叫ぶ。
「二人を頼む!」
「……分かった!」
ラィキョウはアイヅラとコヒナの前に立った。
その瞬間、黒衣の男がこちらを見る。
「……やはり妙だな」
「何がだ?」
「こいつだ。こいつは、俺たちの動きを読んでいる」
男はラィキョウを見つめる。
「さっきから、避け方がおかしい」
「そんなことが分かるのか?」
「分かるさ。あまりにも不自然だからな」
二人は一度、視線を交わした。
そして――同時に姿を消した。
「……っ!」
ラィキョウの額から汗が流れる。
速い。
さっきより、明らかに速い。
記憶にある動きと違う。
「来る……!」
ラィキョウは必死に身体を動かした。
だが、次々と攻撃が迫ってくる。
避ける。
また避ける。
それでも、少しずつ追い詰められていく。
「ラィキョウ!」
アイヅラが光の壁を作る。
しかし、その壁にも亀裂が走った。
「もう一度!」
アイヅラが魔法を使う。
その隙にカイエンがラィキョウの前へ出た。
剣と剣がぶつかる。
「ぐっ……!」
カイエンの剣に、小さな亀裂が入った。
「……まずいな」
握っている手にも力が入らなくなっていく。
それでも、カイエンは退かなかった。
キュウレイもまた、棍棒を支えにして立っている。
だが、もう限界が近い。
黒衣の男たちは、そんな二人を見ながら攻撃の速度をさらに上げていく。
「遊びはもう十分だ」
一人が言った。
「俺たちが本気で連携すれば、誰も生き残れない」
次の瞬間。
ラィキョウの身体が大きく揺れた。
「ぐっ……!」
攻撃を避けきれない。
棍棒が手から落ちる。
「ラィキョウ!」
アイヅラの声が聞こえる。
ラィキョウは必死に手を伸ばした。
だが、もう間に合わない。
身体が思うように動かない。
息が苦しい。
何度も攻撃を受け、立っていることさえ難しくなっていく。
「……また、失敗したのか……」
ラィキョウは小さく笑った。
この感覚が嫌いだった。
何もできない。
また同じ結末になる。
そう思った、その時だった。
「おや……どうやら、少し遅れてしまったようですね」
聞き覚えのある声がした。
ラィキョウは顔を上げる。
「……え?」
そこに立っていたのは――
「……あなた、なのか?」
ラィキョウの目が見開かれる。
「クヨウレン……?」
クヨウレンは少しだけ目を細めた。
「また君ですか。いやはや、本当に偶然ですね」
そして、周囲を見渡す。
「ちょうどここを通りかかったら、戦っている音が聞こえたので寄ってみたんです」
二人の黒衣の男が、一歩後ろへ下がった。
空気が変わった。
「……何だ、この圧力は」
「まさか……」
一人がクヨウレンを見つめる。
「聖騎士クヨウレン……? なぜ、お前がここにいる!」
カイエンも驚いていた。
「聖騎士が来たのか……」
そして、わずかに息を吐く。
「これなら……まだ希望はある」
クヨウレンは皆の様子を見て、苦笑した。
「皆さん、少し休んでいてください」
そう言って、ゆっくりと前へ歩き出す。
「ここからは、私がやります」
その一歩だけで、空気がさらに重くなった。
「さて……お二人には、そろそろお帰りいただきましょうか」
クヨウレンはカイエンの前でしゃがみ込んだ。
「ところで、君。その剣、少し貸してくれませんか?」
「……は?」
カイエンが目を丸くする。
「何だって? 貸すって、簡単に言うけど……これは俺の属性と繋がっているんだぞ!」
「少しだけ借ります」
クヨウレンは剣を受け取った。
「ちゃんと返しますよ。別に取るわけじゃありませんから」
「いや、そういう問題じゃ……!」
クヨウレンは気にした様子もなく、剣を手にした。
二人の黒衣の男は、クヨウレンを睨みつける。
「……俺たちを馬鹿にしているのか?」
「いえ?」
クヨウレンは首を傾げた。
「誰かを助けるつもりはありませんよ」
そして、剣を構える。
「ただ、たまたま手を貸しているだけです」
「……っ」
二人の男が同時に姿を消した。
倉庫の角。
棚の裏。
木箱の陰。
あらゆる方向から、残像が現れる。
その速さに、ラィキョウは思わず息を呑んだ。
「速い……!」
だが、クヨウレンは動かなかった。
二人の男が同時に斬りかかる。
「……」
クヨウレンは、ただ一歩だけ踏み込んだ。
「お二人を相手にするなら――」
静かな声が響く。
「一つで十分でしょう」
その瞬間。
「無影五法・黒影刀光」
空気が震えた。
ラィキョウには、何が起こったのか分からなかった。
ただ、一瞬だけ。
巨大な斬撃が、倉庫を横切ったように見えた。
「な、なんだ……この風圧は……!」
黒衣の男の声が響く。
「まるで……刀そのものだ……。人間が、こんなことを……?」
閃光が走る。
次の瞬間――
巨大な倉庫そのものが、音を立てて崩れ始めた。
「……!」
ラィキョウは呆然とその光景を見つめた。
棚も。
木箱も。
壁も。
すべてが斬撃によって崩れていく。
やがて、瓦礫の中から二人の黒衣の男が姿を現した。
無傷ではない。
しかし、まだ動ける。
「……撤退する」
一人が言った。
「今は、戦うべき時ではない」
もう一人も頷く。
「だが、覚えておけ」
二人はラィキョウたちを見た。
「また会うことになる」
そして、その姿は闇の中へ消えていった。
静寂が訪れる。
ラィキョウは、しばらく何も言えなかった。
目の前には、もう倉庫の姿すら残っていない。
「……終わったのか?」
ようやく、ラィキョウが呟いた。
クヨウレンはカイエンへ剣を返した。
「はい。ところで、剣を返しますね」
「……ああ」
カイエンは剣を受け取る。
そして、少しだけ困った顔をした。
「……本当に、返したな」
「借りたものは返すのが普通でしょう?」
「いや……普通は、あんなふうに勝手に持っていかないんだが……」
クヨウレンは小さく笑った。
ラィキョウは、その二人のやり取りをぼんやりと見ていた。
そして、胸の中で考える。
――今回は、何が変わったんだ?
前とは違う。
確かに、違う。
それでも、自分が未来を変えたと言えるのかは、まだ分からなかった。




