↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/17

第8章 今度は、もう見ているだけじゃない


ライキョウは立ち尽くしていた。


周囲を見回す。


すべてが、何事もなかったかのように残っている。


目の前の道。建物。少しずつ夕暮れへと変わっていく空。


どれも、以前に見たものとまったく同じだった。


しかし今のライキョウにとって、それらを見て平静でいられるはずがなかった。


頭の中に、あの時の光景が次々と浮かんでくる。


暗闇に包まれた倉庫。


黒い服を着た人影。


閃く曲刀。


カイエン。


キュレイ。


コヒナ。


アイズラ。


次々と浮かんでくる光景に、ライキョウの頭は混乱していく。


無意識のうちに、手に力が入った。


「ライキョウ?」


隣からアイズラの声が聞こえた。


ライキョウはハッとして振り向く。


アイズラがこちらを見ていた。


金色の瞳が少し細められている。


まるで、ライキョウの顔色を確かめようとしているようだった。


「大丈夫?」


ライキョウは口を開く。


「あ……」


答えようとした。


だが、言葉が喉につかえる。


アイズラは数秒、ライキョウを見つめた。


「顔色がよくないよ」


それを聞いたカイエンが、少し眉を上げる。


「珍しいですね。アイズラ様が、そこまで見ず知らずの人を気にするなんて」


アイズラはカイエンを見る。


「ライキョウ、元気がなさそうだから」


「ただ疲れているだけでしょう」


カイエンはライキョウを頭から足元まで見た。


「休めと言ったでしょう。無理に平気なふりをする必要はありませんよ」


ライキョウは二人を見た。


言いたかった。


自分は、この先に起こることを知っている。


もうすぐ、黒い服を着た二人組が現れる。


そして――。


しかし、ライキョウはそこで口を閉じた。


もし話したら、どうなる?


信じてもらえるのか?


それとも、自分が頭のおかしい人間だと思われるだけなのか。


ライキョウは視線を落とした。


「……何でもないよ」


そう答えた。


だが、自分自身でさえ、その言葉が説得力を持っていないことは分かっていた。


---


時間は過ぎていく。


空の明るさが少しずつ失われていく。


太陽が遠くへ傾いていく。


ライキョウは皆と一緒に歩いていた。


しかし、意識は常に周囲へ向いていた。


あの木。


あの家。


この道。


全部……同じだ。


あまりにも同じすぎる。


それが、かえって怖かった。


ライキョウは考える。


もしかして、あの時のことは全部夢だったのではないか?


だが、夢だったのなら――。


どうして、こんなにもはっきり覚えている?


どうして、場所も、人の顔も、音さえも、これほどまでに見覚えがある?


ライキョウは黙って前を見つめた。


話すべきなのだろうか。


もし話せば、何かが変わるかもしれない。


だが――。


誰も自分を信じてくれないかもしれない。


そして、もし自分の記憶が本当なら、残された時間は少ない。


空が少しずつ暗くなっていく。


風が通りを吹き抜ける。


そして――。


風が止まった。


ライキョウの足が止まる。


あの感覚だった。


静かになった空気。


完全に夜へと変わった空。


皆は古びた倉庫へ向かっていく。


ライキョウは目の前の扉を見つめた。


手が冷たくなる。


扉が開き始めた。


ギィィ……。


その音が響く。


ライキョウは動けなくなった。


これだ。


あの時も聞いた音。


すべてが悪夢へと変わる、その直前に聞いた音。


扉がゆっくりと開いていく。


その奥の暗闇から、二つの人影が現れた。


「俺たちの品は?」


その声。


ライキョウはすぐに分かった。


キュレイは倉庫の中に立っている。


「高い金を出してくれた人がいたんでな」


キュレイは落ち着いた声で答えた。


「もう、その人に売ると決めた」


黒服の男の一人が、数秒黙った。


「他に方法はないのか?」


キュレイは首を横に振る。


「ない」


ライキョウは二人を見つめる。


そして、その視線が男の額に止まった。


奇妙な十字のような印。


同じだ。


あの時と同じ。


背筋に冷たいものが走る。


ライキョウは思わず一歩後ろへ下がった。


その動きを、男は見逃さなかった。


「ん?」


男が首を傾げる。


「俺たち、どこかで会ったことがあるか?」


ライキョウは答えない。


もう一人の男がライキョウを見る。


「面白いな」


男は薄く笑った。


「どうやら、こいつは何かに気づいたらしい」


最初の男が扉の方へ目を向ける。


「時間がない」


手を握りしめる。


「聖主を待たせるわけにはいかない」


二人は同時に曲刀を抜いた。


刀身が光を反射する。


「他に方法がないなら……」


「……力ずくでいくしかないな」


カイエンがすぐに前へ出た。


そしてアイズラを自分の後ろへ引く。


「気をつけてください」


アイズラが二人を見る。


「あなたたちは何者?」


カイエンは視線を敵から離さない。


「分かりません」


手に少し力が入る。


「ですが、話し合うつもりがないことだけは明らかです」


黒服の男が笑った。


「見抜かれたか」


男が少し身を低くする。


「なら、急ぐとしよう」


二人の姿が消えた。


「――!」


カイエンはすぐにアイズラをライキョウの方へ押し出した。


ヒュッ!


二本の刃が、ついさっきまで二人がいた場所を通り過ぎる。


カイエンが振り向く。


「風!」


光と風が、彼の手の中へ集まる。


一本の剣が形作られた。


キュレイも棍棒を構える。


そしてコヒナの前に立った。


「孫の友達に手を出すんじゃねえ」


コヒナはアイズラの手を握った。


小さな指に力が入る。


「……怖い」


アイズラはコヒナを見る。


そして、優しくその手を握り返した。


「大丈夫」


「みんなここにいるから」


コヒナは頷いた。


それでも、その視線は祖父から離れなかった。


次の瞬間――。


ドンッ!


倉庫の中央で、二つの影がぶつかった。


金属音が連続して響く。


キンッ! キンッ!


カイエンが一撃を受け止め、後ろへ下がる。


黒服の男が消える。


次の瞬間、反対側に現れた。


カイエンが振り向く。


曲刀が振り下ろされる。


ガキンッ!


受け止めた。


しかし、その勢いでカイエンの足が木の床を滑った。


一方では、キュレイも戦っていた。


重い棍棒を横へ振る。


黒服の男は横へ避けた。


ドンッ!


棍棒が木箱に叩きつけられる。


木箱が粉々になる。


中に入っていた古い品々が床へ散らばった。


ライキョウは、その光景の中で立ち尽くしていた。


ほとんど何も追えない。


人影が現れては消える。


刃が閃く。


風が渦巻く。


棚が揺れる。


何かがライキョウの足元へ落ちてきた。


「うわっ!」


ライキョウは慌てて後ろへ下がる。


その直後――。


目の前に黒い影が現れた。


「ライキョウ!」


カイエンの声が響く。


刃が振り下ろされる。


しかし今度は――。


ライキョウは知っていた。


身体をすぐに横へずらす。


ヒュッ!


刃が、すぐそばを通り過ぎた。


黒服の男が動きを止める。


ライキョウを見る。


「……初めて俺の攻撃を避けたな」


ライキョウは荒い息を吐いた。


この攻撃だ。


前に見た。


だが、考える暇もない。


ドンッ!


カイエンが黒服の男の前へ現れた。


風の剣と曲刀がぶつかる。


二人はすぐに離れた。


反対側では、もう一人の黒服の男がライキョウを見て笑っていた。


「面白いな」


男はライキョウをじっと見る。


「見た目ほど単純じゃないらしい」


ライキョウは後ろへ下がる。


答えない。


男が首を傾げる。


「俺たちが何をするのか、先に分かっていたのか?」


「それとも……」


その目が鋭くなる。


「何かを用意していたのか?」


それを聞いたカイエンの視線が、一瞬だけライキョウへ向いた。


こいつは……。


何か知っているのか?


キュレイも一撃を避ける。


そして棍棒を床についた。


「知りたいことがあるなら、まずこの爺さんに聞け」


黒服の男が笑う。


「自分があとどれだけ戦えると思っている?」


キュレイはすぐには答えなかった。


コヒナを見る。


そしてアイズラを見る。


「どれだけでも構わん」


棍棒を強く握る。


「俺は、孫の友達を守ればいい」


カイエンが少し後ろへ下がる。


そしてライキョウを見る。


「二人を守れ」


ライキョウがカイエンを見る。


「……え?」


「頼んだぞ」


カイエンは短く言った。


黒服の男が笑う。


「頼むなんて言ってる場合か。まずは生き残れ」


二本の剣が再びぶつかった。


ガキンッ!


戦いが続く。


今度はライキョウも、ただ立っているだけではなかった。


必死に周囲を見回す。


しかし――。


状況は変わっていた。


本来なら倒れていないはずの棚が倒れている。


左側にあったはずの木箱が、通路の中央に転がっている。


皆の位置も、記憶とは違っていた。


ライキョウは何が起こるのかを知っている。


だが、それが正確にどう起こるのかまでは分からない。


「くそっ……」


ライキョウは歯を食いしばる。


その前方では、カイエンの呼吸が次第に荒くなっていた。


攻撃を受け止めるたびに、動きがほんの少しずつ遅くなる。


一撃。


二撃。


そして、さらに一撃。


ガキンッ!


カイエンが押し戻される。


剣を床につき、なんとか身体を支える。


「……まだ立てます」


黒服の男が彼を見る。


「もう疲れているだろう」


「まだだ」


カイエンはすぐに踏み込む。


同時にキュレイも棍棒を振るう。


しかし、彼の動きもまた少しずつ遅くなっていた。


荒い呼吸。


弱くなっていく動き。


それでも、彼は立っていた。


退かない。


逃げない。


「運命を受け入れろ」


黒服の男が言う。


カイエンは剣を強く握った。


「俺は、彼女たちを守る」


刃が迫る。


受け止める。


また一撃。


受け止める。


しかし、身体はもう最初のようには動かなかった。


ライキョウはそれを見ていた。


胸の奥に、あの時と同じ感覚が蘇る。


何もできない。


ただ見ているしかない。


そして最後には――。


全部、同じように終わる。


「……嫌だ」


ライキョウは手を強く握った。


「また、こんなの……」


前にもここにいた。


すべてが起こるのを見ていた。


何もできなかった。


そして最後には――。


全部を失った。


「違う……」


ライキョウは拳を握る。


「今度は違う」


目の前で、キュレイが突然動きを止めた。


荒い息。


手にしていた棍棒が、少し下がる。


黒服の男は、その隙を逃さなかった。


ドンッ!


キュレイの身体が大きくよろめく。


棍棒が手から落ちた。


「おじいちゃん!」


コヒナが飛び出す。


祖父のところへ駆け寄ろうとする。


しかし、アイズラがすぐにコヒナを引き止めた。


「コヒナ、ダメ!」


「でも、おじいちゃんが……!」


コヒナは前へ進もうとする。


アイズラは彼女を抱き止めた。


「危ない!」


コヒナは前を見る。


キュレイは倉庫の床に倒れていた。


手を床につき、起き上がろうとする。


だが、すぐには立ち上がれない。


「でも……」


コヒナの声が震える。


「おじいちゃん……」


その後ろで、ライキョウは立っていた。


キュレイを見る。


そして、コヒナを見る。


手がわずかに震えた。


まただ。


また自分は、ただ見ている。


前と同じ。


あの時と同じ結末。


ライキョウは俯いた。


あの時の感覚を思い出す。


何もできなかった。


誰も守れなかった。


何も変えられなかった。


だが――。


今度は戻ってきた。


同じ結末を見るためじゃない。


ライキョウは一歩、前へ出た。


コヒナはまだキュレイを見ていた。


ライキョウが近づいたことには気づいていない。


ライキョウは手を伸ばす。


そして、そっとコヒナの頭に手を置いた。


「大丈夫」


コヒナが顔を上げる。


ライキョウは彼女を見る。


「俺がいるから」


そして振り返った。


キュレイの棍棒が床に落ちている。


ライキョウはそこへ歩いていく。


しゃがみ込む。


両手で棍棒の柄を握った。


思っていたより重い。


ライキョウは両手に力を込め、なんとか持ち上げる。


棍棒を見る。


そして、黒服の二人を見る。


前は――。


何もしなかった。


だが、今度は違う。


ライキョウは強く柄を握った。


「……今度は……」


棍棒を持ち上げる。


「……もう、見ているだけじゃない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。