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第5章 闇の中の少女


路地から現れた人物は、あっという間に人混みの中へ消えていった。


ライキョウは、その場に立ったまま動かなかった。


さっきの人物がいた路地を、じっと見つめる。


もう誰もいない。


聞こえてくるのは、行き交う人々の話し声と、遠くから響く馬車の音だけだった。


……赤い目。


ほんの一瞬しか見えなかった。


それなのに、なぜか頭から離れない。


ライキョウは小さく眉をひそめた。


どうして、こんなに気になるんだ?


ただの見間違いかもしれない。


ただ通り過ぎただけの人かもしれない。


それなのに――


「ライキョウ?」


アイズラの声が聞こえた。


「……あ」


ライキョウは我に返った。


「ごめん」


「何を見ていたの?」


アイズラが尋ねる。


「いや……何でもない」


ライキョウはもう一度、路地へ目を向けた。


やっぱり誰もいない。


「たぶん、見間違いだと思う」


アイズラは少しだけライキョウを見つめた。


何か聞こうとしているようにも見えたが、結局、何も言わなかった。


「……そう」


カイエンも路地へ視線を向けた。


だが、やはり何も言わない。


三人はそのまま歩き始めた。


ライキョウは、もう赤い目のことを考えないようにした。


けれど、頭の片隅にはずっと残っていた。


---


それからしばらくの間、三人は街の中を探し続けた。


アイズラのことを覚えている人には何人か会えた。


広場で見たという人。


食べ物を売っている店の近くで見たという人。


しかし、どれもはっきりとした情報ではなかった。


「うーん……難しいな」


ライキョウがため息をつく。


アイズラも周囲を見回していた。


そのときだった。


「あ……」


アイズラが足を止めた。


「どうしました?」


カイエンが振り返る。


アイズラは少し考えるように目を伏せた。


「そういえば……今日、広場で小さな女の子を助けたの」


「女の子?」


ライキョウも振り返った。


「うん。何かを探していたみたいで、少し手伝ったんだけど……」


アイズラは眉を寄せる。


「その子のことなら、何か思い出せるかもしれない」


「じゃあ、その子を探そう!」


ライキョウの顔が一気に明るくなった。


カイエンは呆れたようにライキョウを見る。


「まだ、その子がどこにいるのか分かっていませんよ」


「だったら聞けばいいだろ?」


「そんな簡単に見つかるとは限りません」


「でも、探さないよりはいいだろ?」


カイエンは少し黙った。


「……まあ、それはそうですが」


アイズラは二人を見て、ふっと笑った。


「とりあえず、聞いてみましょう」


---


三人は周囲の人たちに、その少女について尋ねてみた。


だが、返ってくる答えはどれも曖昧だった。


黒い髪。


小さな体。


それくらいしか、はっきりしたことは分からない。


「この辺りによくいる、という話は聞きました」


アイズラが少し離れた道を見る。


「でも、人の少ない場所にいることが多いみたいです」


カイエンは考えるように腕を組んだ。


「それなら、そちらを探してみましょう」


「行こう!」


ライキョウはすぐに歩き出した。


「……あなたは本当にいつもそうですね」


「何が?」


「すぐに先へ行こうとするところです」


「だって、早く見つけたいだろ?」


「……はぁ」


カイエンは小さくため息をついた。


三人は街の中心から少しずつ離れていった。


建物は次第に少なくなり、人通りも減っていく。


その途中で、カイエンが口を開いた。


「この先には、闇市があります」


「闇市?」


ライキョウが聞き返す。


「違法な品物が取引される場所です。あまり近づかないほうがいい」


カイエンの声が少し低くなる。


「それに、暗殺の依頼が行われているという噂もあります」


ライキョウは思わず足を止めた。


「……え?」


思わずアイズラを見る。


しかし、アイズラは落ち着いた様子で頷いた。


「分かりました。気をつけます」


「はい。ライキョウ、あなたもです」


「俺も?」


「当然でしょう」


ライキョウは自分を指差した。


「俺、そんなに危なっかしい?」


カイエンは少しだけライキョウを見る。


「……そうですね」


「今の間は何!?」


「事実を言っただけです」


「それ、絶対に馬鹿にしてるだろ!」


「ええ」


「認めるなよ!」


アイズラは口元を手で隠して笑っている。


「ふふ……」


ライキョウは少し恥ずかしそうに顔を背けた。


「もういいよ……」


アイズラはそんなライキョウを見て、優しく笑った。


「ライキョウって、本当に可愛いね」


「……え?」


ライキョウの動きが止まる。


「可愛い……?」


頬が少し熱くなる。


「いや、今の……俺のこと?」


「うん?」


アイズラは不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」


「いや……何でもない」


その横で、カイエンが冷静に言った。


「余計なことを考えていますね」


「考えてない!」


「顔に出ています」


「出てない!」


「出ています」


「……もういい!」


ライキョウはそっぽを向いた。


アイズラはまた小さく笑った。


---


空が少しずつ暗くなっていった。


街の店も、一軒、また一軒と閉まっていく。


店主たちは商品を片付け、魔法を使って荷物を収納していく者もいた。


昼間はあれほど聞こえていた人々の声も、少しずつ遠くなっていく。


通りを走っていた子供たちも、家へ帰る時間になったのか、親に呼ばれて姿を消していった。


やがて、街は静かになった。


三人の足音だけが、静かな道に響く。


ライキョウは周囲を見回した。


……この場所。


どこかで見たことがある。


古い家。


細い道。


夕暮れの薄暗い空気。


ライキョウの歩みが、少しだけ遅くなった。


「……あれ?」


胸の奥に、妙な感覚が広がる。


ここに来たことなんてない。


それなのに――


知っている。


この景色を。


どこかで見た。


……夢?


ライキョウは無意識に手を握った。


嫌な感じがする。


まるで、自分が一度も経験していないことを思い出そうとしているようだった。


「ライキョウ?」


アイズラの声が聞こえる。


ライキョウは肩を揺らした。


「……うん?」


「どうしたの?」


「何でもない」


ライキョウは無理に笑った。


「ちょっと疲れただけ」


アイズラは少し心配そうにライキョウを見る。


「無理しないでね」


「うん」


ライキョウは再び歩き始めた。


けれど、さっきまでとは違った。


周囲の景色が気になって仕方がない。


一つ一つの建物。


道の形。


曲がり角。


まるで、何かを探しているように。


---


そのとき。


道の先を、小さな影が横切った。


ライキョウが振り返る。


「……誰だ?」


影が止まった。


黒い髪。


黄色がかった茶色の瞳。


少女がこちらを振り返る。


アイズラが目を見開いた。


「……コヒナ?」


少女は何も言わなかった。


ただ、アイズラを見つめている。


ほんの一瞬。


その瞳が、わずかに揺れた。


そして、すぐに視線を逸らす。


「……人違いじゃない?」


「ううん。間違いないと思う」


アイズラが一歩近づく。


「朝、広場で会ったよね?」


コヒナは答えなかった。


カイエンは少女をじっと観察してから、口を開いた。


「少し聞きたいことがあります」


コヒナがカイエンを見る。


「……何?」


「アイズラ様の徽章について、何か知りませんか?」


空気が止まったように感じられた。


コヒナは黙った。


ライキョウはそんな彼女を見ていた。


何を考えているのか、まったく分からない。


やがて、ライキョウはふと少女の背丈を見た。


「それにしても……小さいな」


「……何?」


「いや、子供みたいで可愛いなって」


コヒナの眉がぴくっと動く。


「子供じゃない!」


「え?」


「私はもう大人なの!」


コヒナは少し怒ったように胸を張った。


「ただ、ちょっと背が低いだけ!」


「……そうなの?」


「そうなの!」


コヒナは頬を膨らませ、ライキョウを睨んだ。


「分かったよ」


「本当に分かってる?」


「たぶん」


「たぶんじゃない!」


その様子を見て、アイズラは思わず口元を隠した。


「ふふ……」


カイエンは小さくため息をつく。


「今はそういう話をしている場合ではないでしょう」


「だって……」


ライキョウが言い返そうとした、そのとき。


アイズラは再びコヒナを見た。


コヒナもまた、アイズラを見ていた。


何も言わない。


ただ、じっと見つめている。


その瞳に浮かんでいるものを、アイズラには読み取れなかった。


そしてライキョウもまた、周囲を見回した。


この場所を知っている。


そんな気がする。


けれど――


いつ、どこで見たのか。


それだけが、どうしても思い出せなかった。

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