第4話 はっきりしない痕跡
しばらく言い合いを続けた末、ライキョウはようやく一緒に行くことを許された。
彼は腕を組み、どこか得意げに顔を上げる。
「ほら見ろ。俺もちゃんと行けるじゃないか。少なくとも、彼女のほうが君より話が分かるな」
カイエンは数秒、ライキョウを見つめた。
「アイズラ様が許可しなかったら、とっくに外へ蹴り出していましたよ」
「……そこまでハッキリ言う必要ある?」
アイズラは口元を手で隠し、思わず笑った。
「ふふ……二人って、本当に仲がいいんですね」
「そんなことない!」
二人の声が、ほとんど同時に重なる。
アイズラはさらに笑った。
さっきまで少し張りつめていた空気も、いつの間にか和らいでいた。
三人はそのまま通りを歩き始める。
街は相変わらず、人で賑わっていた。
店先では、商人が瓶を一つずつ並べ直している。
子供たちは笑い声を上げながら走り回り、その横を荷物を抱えた女性が慌てて通り過ぎていく。
一台の馬車がゆっくりと通りを進み、御者が手綱を引いて、荷物を抱えた少女を避けた。
ライキョウはそんな光景を眺めていた。
この世界に来てからまだそれほど時間は経っていない。
それでも、こういう光景を見るたびに、彼は不思議な気持ちになった。
そのとき、一人の男が小さな炎を浮かべて湯を沸かしているのが目に入った。
「おお……」
ライキョウの足が止まる。
カイエンは数歩進んでから、後ろから足音が聞こえないことに気づいた。
「……今度は何です?」
ライキョウは炎を指差した。
「あれ、本当に浮いてるのか?」
「魔法ですよ」
「それは分かってる! そうじゃなくて……薪とか使わないのか?」
それを聞いた店主は笑った。
「坊主、この街は初めてか?」
「はい」
「見れば分かるさ」
男はそう言うと、また仕事に戻った。
ライキョウはしばらく炎を眺めていたが、慌てて二人の後を追った。
「悪い、悪い」
カイエンはため息をつく。
「我々は徽章を探しているんですよ」
「分かってるって」
「なら、道中のもの全部に気を取られないでください」
「でも、初めて見るんだから仕方ないだろ」
アイズラが微笑む。
「少しくらい見せてあげてもいいじゃないですか」
カイエンは黙った。
「……アイズラ様は、彼に甘すぎます」
「そうですか?」
ライキョウはそれを聞いて笑った。
少なくとも、最初のような緊張した空気はもうなかった。
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「まず」
カイエンが口を開く。
「アイズラ様。最後に徽章を見たのは、いつですか?」
アイズラは少し考えた。
「朝です」
「場所は?」
「店です」
カイエンは頷いた。
「その後は?」
「広場を通って、そのあと食べ物を買いました」
「座りましたか?」
「……はい」
「どこに?」
「噴水の近くです」
カイエンはすぐに方向を変えた。
ライキョウも今度は少し真面目に周囲を見る。
三人は広場へ戻った。
そこも相変わらず人で賑わっている。
一人の老婆がベンチに座り、鳥に餌をやっている。
噴水の近くには兵士が立ち、人の流れを静かに見ていた。
花壇の周りでは、子供たちが走り回っている。
アイズラは一つのベンチの前で足を止めた。
「ここに座っていました」
カイエンはベンチを見た。
「そのとき、鞄から何か出しましたか?」
「……ハンカチを出したと思います」
カイエンは地面へ視線を落とした。
それから、隣にある小さなテーブルを見る。
「ここで徽章を落とした可能性もあります」
ライキョウもしゃがみ込んだ。
何もない。
落ち葉が数枚あるだけだ。
ライキョウは足先で葉を一枚どかしてみる。
それでも何もない。
「ないな」
カイエンは周囲を見回した。
「ここだけではありません」
彼はベンチの裏側へ回る。
アイズラもその後に続いた。
「……こちらではないと思います」
「では、反対側を」
カイエンはベンチの周囲を一つずつ確認していく。
だが、何も見つからない。
近くで本を読んでいた少女が、三人をちらりと見た。
しかし、すぐに視線を本へ戻した。
「待って」
ライキョウが突然口を開いた。
二人が振り向く。
「どうしました?」
ライキョウはアイズラを見る。
「さっき、食べ物を買ったところで……誰かにぶつからなかったか?」
アイズラは少し考えた。
「……いました」
カイエンがすぐに振り返る。
「誰です?」
「分かりません」
「男ですか? 女ですか?」
「男です」
「特徴は?」
アイズラは眉を寄せた。
「……よく覚えていません」
ライキョウも頭を掻く。
「俺もちゃんとは見てない」
「では、なぜ覚えているんです?」
「そのとき、彼女が鞄を落としそうになったから」
カイエンは数秒黙った。
「……分かりました」
三人は再び歩き始めた。
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食べ物を売っていた店へ戻る。
店主はまだそこで仕事をしていた。
カイエンがいくつか質問する。
店主は少し考えてから答えた。
「客が多かったからな。一人一人までは覚えてない」
「この女性を見ませんでしたか?」
アイズラが横に立つ。
店主は彼女を見る。
「見たと思う」
「何か落とした様子は?」
「いや」
「誰かが彼女にぶつかったのは?」
「……たぶん、あったな」
ライキョウがカイエンを見る。
カイエンも何も言わない。
店主は少し考えたあと、首を振った。
「ただ、確かじゃない」
「分かりました。ありがとうございます」
カイエンは礼を言って、その場を離れた。
ライキョウも後を追う。
「じゃあ、誰かが彼女にぶつかったんだな」
「可能性はあります」
「だったら、その人を探そう!」
カイエンが足を止める。
「その人が誰か分かるんですか?」
「分からない」
「どこへ行ったかは?」
「分からない」
「どんな姿だったかは?」
「……分からない」
カイエンはライキョウを見る。
ライキョウは黙り込んだ。
「……今、考えてるところ」
アイズラが小さく笑った。
「ライキョウも頑張ってくれているんですから」
「分かっています」
カイエンはそう言って歩き出した。
「ですが、こうやって人に聞いているだけでは、夜までかかっても見つからないでしょう」
ライキョウは反論しなかった。
自分でも、少しずつ分かってきた。
思っていたより、ずっと簡単な話ではないらしい。
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やがて太陽が少しずつ傾き始めた。
三人は細い道の脇にあるベンチで休んでいた。
ライキョウは背もたれに体を預ける。
「……なんでこんなに見つからないんだよ」
「徽章が小さいからです」
カイエンはそう答え、指を二本立てた。
「このくらいの大きさです」
ライキョウはその指先を見る。
「小さいな」
アイズラは黙って、通りを行き交う人々を眺めていた。
「見つからなくても、大丈夫ですよ」
ライキョウが振り向く。
「でも、大事なんだろ?」
「はい」
「なのに、そんなに落ち着いてるのか?」
アイズラは少しだけ考えた。
「心配しても、徽章が勝手に戻ってくるわけではありませんから」
「……それもそうだな」
ライキョウは笑った。
そのとき、風が吹いた。
地面に落ちていた葉が、いくつか転がっていく。
カイエンが隣の路地へ視線を向けた。
そして、ふと足を止める。
「……待ってください」
「何だ?」
「アイズラ様」
「はい?」
「食べ物を買ったあと、どちらへ向かいましたか?」
アイズラは路地を指差した。
「こちらです」
カイエンは道を見る。
それからアイズラを見る。
「ですが先ほど、広場へまっすぐ向かったと……」
アイズラは少しだけ目を見開いた。
「……私、そう言いましたか?」
「はい」
ライキョウが立ち上がる。
「ちょっと待て」
彼は路地を見る。
その瞬間だった。
なぜか――
そこが、ひどく見覚えのある場所に感じられた。
だが、こんな場所に来た覚えはない。
少なくとも……
そう思っていた。
頭の中に、一つの光景が浮かぶ。
古びた家。
誰かの姿。
そして――
カイエン。
傷だらけの姿。
片腕を失っている。
『早く……暗闇の中へ逃げろ』
「……っ!」
突然、頭に痛みが走った。
視界が揺れる。
「ライキョウ!」
アイズラの声が聞こえた。
ライキョウはふらつきながら、一歩下がる。
カイエンもすぐに立ち上がった。
「どうしました?」
答えられない。
もう一度、頭の中に何かが浮かぶ。
赤い目。
それだけだった。
次の瞬間には、すべてが消えていた。
「……」
ライキョウは額の汗を拭う。
「大丈夫……たぶん、疲れてるだけだ」
カイエンが彼を見る。
「だから無理をするなと言ったでしょう」
「今回は本当に無理してない」
「それなら、なおさら心配ですね」
「……そこまで言う?」
ライキョウは言い返そうとした。
だが、やめた。
もう一度、路地を見る。
どうしてなのか分からない。
ただ、胸の奥に妙な感覚が残っている。
まるで――
自分は以前、この場所を見たことがあるような。
「行きましょう」
アイズラが静かに言った。
「まだ徽章を探さないと」
ライキョウは彼女を見る。
そして、小さく頷いた。
「ああ」
三人は再び歩き始めた。
誰も気づかなかった。
ちょうどそのとき、一人の人影が路地の奥から出てきたことに。
その人物は何も言わず、三人の横を通り過ぎていく。
ライキョウが、なぜかふと振り返った。
一瞬だけ――
赤い目が見えた。
「……?」
ライキョウが瞬きをする。
人影は、すでに人混みの中へ消えていた。




