↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/24

第13章 答えのない変数


ライキョウは、まだ図書館にいた。


手には、先ほど読んでいた歴史の本がある。


彼は、もう一度ページをめくった。


ない。


一つ前のページへ戻る。


それでも、ない。


さらに何ページか戻ってみる。


やはり見つからない。


ライキョウは眉をひそめ、破り取られたページの跡をじっと見つめた。


ここには、確かに一枚のページがあったはずだ。


しかし、それはもうなくなっている。


何度ページをめくっても、そこに現れるのは無残に破られた紙の端だけだった。


「……変だな」


しばらくその跡を見つめたあと、ライキョウはユルネのほうへ目を向けた。


彼女は相変わらず、手にした本から目を離していない。


ライキョウは少し考えた。


そして立ち上がり、本を持ってユルネのところへ歩いていく。


「ユルネ」


ユルネは顔を上げなかった。


「なに?」


ライキョウは本を見せる。


「このページ、どうして破られてるのか知ってる?」


今度はユルネの手が止まった。


本を押さえていた指がわずかに動きを止める。


彼女はライキョウの持っている本を見て、それから彼の顔を見る。


「知らない」


「本当に?」


「うん」


ユルネはそう答えると、再び本へ視線を戻した。


「知らないって言ったでしょ」


ライキョウはまだその場に立っていた。


「でも――」


「知らない」


少しだけ、ユルネの声に苛立ちが混じった。


ライキョウは黙った。


そして、しばらく彼女を見下ろす。


「でも、見た目は子供みたいだけどな」


……


ユルネはゆっくりと顔を上げた。


その目つきが、少しだけ鋭くなる。


「……あんた、本当にしつこいわね」


「え?」


その瞬間――


ライキョウの足元に、突然、光の魔法陣が現れた。


「……は?」


ライキョウが足元を見る。


光が急速に広がっていく。


「ちょ、待っ――」


彼の身体が、ゆっくりと魔法陣の中へ沈んでいく。


「せめて先に言ってくれよ――!」


次の瞬間。


ライキョウの姿は消えていた。


---


「う……」


ライキョウは目を開けた。


身体の下から伝わってくる痛みに、数秒ほど動くことができなかった。


「……痛い」


ゆっくりと身体を起こす。


先ほどまでいた図書館は、もうどこにもない。


ライキョウはため息をつきながら、痛むところを軽くさすった。


「まったく……あの子、思ったより厳しいな」


立ち上がり、服についた埃を払う。


その時だった。


背後から声が聞こえた。


「もしかして、アイズラ様がお招きしたお客様でしょうか?」


ライキョウが振り返る。


そこには、一人の少女が立っていた。


長い暗い赤茶色の髪。


淡い青色の瞳。


そして、整ったメイド服。


彼女はライキョウに向かって、丁寧に頭を下げた。


「私はミユラと申します。こちらで仕えております」


顔を上げる。


「クロザネ・ライガ様から、屋敷をご案内するように言われております。よろしければ、私と一緒に来ていただけますか?」


ライキョウは目を瞬かせた。


それから、少し気まずそうに笑う。


「大丈夫、大丈夫。気にしてないよ」


前方へ目を向ける。


「それに……俺もちょっと困ってることがあってさ」


ミユラは黙って待っている。


「迷子になってるんだ」


一瞬、沈黙が落ちた。


ライキョウは苦笑する。


「だから、案内してくれる人がいるなら助かるよ」


心の中では、別のことを考えていた。


(まさか、ここの人たちって、こんなに親切なのか……)


ミユラは小さく微笑んだ。


「では、こちらへどうぞ」


彼女が歩き出す。


ライキョウも、その後を追った。


---


最初は、ただ長い廊下が続いていた。


左右にはいくつもの扉が並んでいる。


歩いているうちに、少しずつ景色が変わっていった。


時々、ライキョウは足を止める。


窓の向こうを覗いたり、壁に飾られた絵に目を奪われたりする。


大きな扉もあれば、廊下の奥にひっそりと置かれた小さな扉もあった。


そのたびに、ミユラは少し先で立ち止まり、ライキョウを待ってくれる。


「ここ……本当にいろんな場所があるんだな」


「かなり広い屋敷ですから」


ミユラは穏やかに答えた。


「かなり広い……?」


ライキョウは前を見る。


「それだけ?」


ミユラは小さく笑った。


「ライキョウ様にとっては、また違うかもしれませんね」


ライキョウは返事をしなかった。


ただ、そのまま歩き続ける。


しばらくすると、廊下が開けた。


大きな窓から外の光が差し込んでくる。


ライキョウは、思わず足を緩めた。


その先にあったのは、広大な庭だった。


色とりどりの花が広がり、その間にはいくつもの小さな道が続いている。


ライキョウは数秒、その場に立ち尽くした。


「……」


左を見る。


右を見る。


そして、ようやく口を開いた。


「……こんな場所まであるのか」


数歩先にいたミユラが振り返る。


「先へ進まれますか?」


「ああ、もちろん」


ライキョウは急いで追いついた。


しかし、それから少しずつ気づき始めた。


一つの場所を通り過ぎるたびに、さっきまで見えていた景色が消えていく。


廊下と廊下がつながっている。


扉の先には中庭があり、その先にはまた別の通路がある。


ライキョウは一度、後ろを振り返った。


「……」


自分がどこを通ってきたのか、もうよく分からない。


(……今になって分かった)


(カイエンが迷子になるなって言ったのは、冗談じゃなかったんだ)


ライキョウは小さく息を吐いた。


「……ここ、広すぎないか?」


---


やがて、ミユラは長い廊下を抜けた。


その先で、空間が一気に開ける。


大きなホールだった。


高い天井。


広い空間。


二人の足音が、かすかに響く。


そして、その奥に一人の男が座っていた。


ライキョウが近づく。


すると、男が先に口を開いた。


「言っただろ」


ライキョウの足が止まる。


「迷子になるなって」


「……」


この声。


ライキョウは数歩近づいた。


そして、その人物の顔を見て目を見開く。


「……カイエン?」


カイエンは、まるでずっとそこで待っていたかのように、落ち着いた様子で座っていた。


ライキョウは彼を見る。


少ししてから、呆れたように言った。


「お前、ここで俺のことからかってるだろ?」


カイエンは表情を変えない。


「俺は事実を言っただけだ」


「……」


「まさか、一日中かかっても迷子になっている奴がいるとはな」


少し間を置いて、


「ある意味、奇跡だ」


「何だと? 誰のこと言ってるんだよ!」


ライキョウがすぐに反応する。


その横で、ミユラが静かに頭を下げた。


「アイズラ様のお客様でしたら、どうぞご自由にお過ごしください」


そしてライキョウを見る。


「何かございましたら、いつでも私をお呼びください」


「大丈夫、大丈夫。自分が何をすればいいかくらい分かってるよ」


ライキョウは軽く手を振った。


ミユラは微笑む。


「それでは、私はこれで失礼いたします」


彼女は一礼すると、そのまま廊下の向こうへ歩いていった。


ライキョウは、その姿が見えなくなるまで見送った。


やがて、足音も聞こえなくなる。


ホールが静かになった。


カイエンが口を開く。


「もうからかうのはやめておく」


ライキョウが振り向く。


カイエンは彼を見る。


「それで……どうだった?」


「何が?」


「ここだ」


ライキョウはホールを見渡した。


しばらく黙ってから、正直に答える。


「思ってたより、ちょっと広いかな」


彼は自分が歩いてきた廊下を見る。


「でも、少なくとも住む場所があるなら、それでいいよ」


カイエンは小さく頷いた。


「そうか」


少しの沈黙。


そして、カイエンが何気なく尋ねる。


「お前、ここにいるのはアイズラ様のためなんだろ?」


ライキョウの動きが止まった。


……


一秒。


二秒。


ライキョウはゆっくりとカイエンを見る。


カイエンは相変わらず平然としていた。


ライキョウは顔を逸らす。


「誰がお前に心配してほしいなんて言ったよ!」


「俺は事実を言っただけだ」


「またそれかよ……」


---


屋敷の別の場所。


クロザネ・ライガは椅子に座っていた。


片手を椅子の背に置き、もう片方の手には一つの球体を持っている。


球体の中には、先ほどのホールの様子が映し出されていた。


ライキョウとカイエンが話している。


その隣には、執事が立っていた。


しばらく映像を見つめたあと、執事が尋ねる。


「あの少年に、何か特別なものでもあるのでしょうか?」


ライガはすぐには答えなかった。


ただ、球体の中のライキョウを見つめている。


やがて、彼は小さく笑った。


「あの少年は、なかなか面白い」


執事は黙って待つ。


ライガは、もう一度ライキョウを見る。


その笑みは消えない。


「まるで……」


少しだけ間を置く。


「まだ答えの出ていない変数のようだ」


部屋には、それ以上の言葉はなかった。


球体の中で、ライキョウたちだけが静かに動いている。


そしてライガは、その様子をじっと見続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。