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第12章 屋敷の中の図書館


ライキョウは大広間の中央に立っていた。


目の前にはいくつもの道が伸びている。


どの方向へ進んでも、また別の廊下へと続いているようだった。


左を見る。


長い廊下。


右を見る。


また別の廊下。


正面にも道がある。


ライキョウは数秒間、黙っていた。


「……どっちへ行けばいいんだ?」


それぞれの道を見比べながら、少しでも覚えやすそうな方向を探す。


そして最後には、適当に一つの方向を指した。


「よし。ここにしよう。せめて迷子にならなければいいけど」


ライキョウは歩き始めた。


一歩。


そして、もう一歩。


最初のうちは、何も問題はなかった。


しかし、しばらく歩いているうちに、一つのことに気づいた。


この屋敷は……思っていたよりずっと広い。


廊下の両側には、次々と扉が現れる。


大きな扉もあれば、小さな扉もある。


近くのテーブルには、きれいに整えられた花瓶が置かれている。


壁には絵画がいくつも並んでいた。


ライキョウは何度か足を止め、そのたびに眺めてしまう。


「ここ、本当に部屋が多いな……」


歩きながらも、視線はあちこちへと動いていた。


曲がり角を通るたび、別の方向へ目を向ける。


ある扉が目に入った。


ライキョウは少しだけ身体を傾ける。


「中には何があるんだろう?」


扉へ近づこうとした、そのとき。


廊下の奥から足音が聞こえてきた。


何人かの使用人がこちらへ向かって歩いてくる。


ライキョウはすぐに道を譲った。


しかし、彼らが通り過ぎる直前、ふと会話が耳に入った。


「こちらがアイズラ様がお招きになったお客様ですか?」


「特別な感じはしませんけどね」


ライキョウは瞬きをした。


そして、通り過ぎていく使用人たちの背中を振り返って見る。


「……」


しばらくして、ライキョウの口元が少しだけ緩んだ。


「ここに来てまだそんなに経ってないのに、もう有名人になったのか?」


そんなことを考えていた、そのとき。


ふと、ライキョウは立ち止まった。


「……待てよ」


前を見る。


それから、後ろを見る。


さっき通ってきた道なのに、どこか見覚えが薄い。


いくつもの廊下が、似たような形で続いている。


ライキョウはもう一度、周囲を見渡した。


「あ……」


声が小さくなる。


「今になって、カイエンが迷子になるなって言った理由が分かった」


ライキョウは再び歩き出した。


今度こそ道をしっかり覚えようとする。


少なくとも、本人はそう思っていた。


だが――


また別のものに目を奪われた。


ライキョウは顔を上げる。


一枚の絵が目に入った。


「おお……」


数秒ほど、それを眺める。


ほんの数秒のつもりだった。


しかし、振り返ったときには――


目の前に壁があった。


「……え?」


止まる暇もなかった。


ゴンッ。


そして――


ライキョウの身体は、そのまま壁を通り抜けた。


「……」


一秒。


二秒。


ライキョウはゆっくりと振り返る。


後ろには、何事もなかったかのように壁がある。


自分の手を見る。


そして、もう一度壁を見る。


「……」


何が起きたのか理解できないまま、ライキョウは前を向いた。


そして、さっきまでの出来事を完全に忘れた。


目の前に広がっていたのは、広大な空間だった。


本棚が何列にも並び、ずっと奥まで続いている。


その下には、いくつもの読書用の机が整然と置かれていた。


窓から差し込む柔らかな光が机の上へ落ち、並べられた本を淡く照らしている。


廊下とは違い、ここはずっと静かだった。


ライキョウは中へ足を踏み入れる。


足音が、かすかに響いた。


「……図書館?」


周囲を見渡す。


本が多すぎて、どこから見ればいいのか分からない。


だが、もう一歩進もうとしたところで、声が聞こえた。


「お前は誰だ? どうしてここへ入ってきた? ちゃんと説明してもらおうか」


ライキョウは足を止めた。


左を見る。


誰もいない。


右を見る。


やはり誰もいない。


上を見る。


何もない。


「誰が言ってるんだ?」


「下にいるぞ」


ライキョウは視線を下げた。


そこで初めて、一人の少女が本棚の近くに立っていることに気づいた。


少しふわふわした赤茶色がかったオレンジ色の髪。


そして、こちらをまっすぐ見つめる琥珀色の瞳。


ライキョウは瞬きをした。


そして、少女をよく見るためにしゃがみ込む。


そのまま周囲を見回した。


「この屋敷の子供か?」


少しだけ笑う。


「なかなか可愛いな」


少女はすぐに眉をひそめた。


「私はユルネ。子供じゃない」


少女は手にしていた本を閉じる。


「それに、少なくともどうしてここにいるのか、ちゃんと説明してほしい。屋敷にこんな人がいるなんて聞いてない」


ライキョウは数秒ほど黙った。


「ああ……実は、ここの客なんだ」


「客?」


ユルネはライキョウを頭から足元まで見た。


「客なら、どうしてここにいるのか説明して」


ライキョウは少しだけ顔をそらす。


「それは……ちょっと説明しにくい」


ユルネはしばらく彼を見つめていた。


やがて、小さく息を吐く。


「まあいい。アイズラ様が見知らぬ人を屋敷に招くことなんて、ほとんどないから。今日は見逃してあげる」


ユルネは再び本を開いた。


「でも、次からはちゃんと説明して」


ライキョウはすぐに頷いた。


「ありがとうな」


ユルネが顔を上げる。


「だから、その呼び方はやめてって言ってるでしょ」


彼女の視線が、ライキョウの後ろにある本棚へ移る。


「それと、私の本を壊したりしないでよ」


ライキョウは本棚を振り返る。


「分かった、分かった。壊さないよ」


ユルネはそれ以上何も言わなかった。


元いた場所へ戻り、椅子に座る。


そして、再び本を読み始めた。


図書館は、また静かになった。


ライキョウはしばらくユルネを見る。


彼女はもう、こちらを気にしていない。


「……よし」


ライキョウも邪魔をしないことにした。


さらに図書館の奥へ進んでいく。


いくつもの本棚が、目の前を通り過ぎていく。


あまりにも多くの本がある。


ライキョウは何冊かの背表紙に指を滑らせた。


そして、一冊の本の前で足を止めた。


『歴史』


「おお……この本、面白そうだな」


ライキョウは本を一冊取り出した。


何ページかめくってみる。


そして、突然動きを止めた。


ページに書かれている文字が――


読める。


ライキョウはもう一度、本を見た。


「……俺、読めるのか?」


さらに何ページかめくる。


やはり読める。


その顔に、すぐに喜びが浮かんだ。


「ついに……俺も文字が読めるようになった!」


思わず声が大きくなる。


「静かにして」


背後からユルネの声が飛んできた。


ライキョウはすぐに振り返る。


ユルネは本から顔を上げていない。


だが、どうやらしっかり聞こえていたらしい。


「ごめん」


ライキョウは声を落とした。


本を抱えたまま、ユルネから少し離れた机を探す。


そして椅子に座り、本を目の前に置いた。


一度、息を吸う。


それから、読み始めた。


---


古代より、人間と魔物は絶えず争い続けてきた。


その戦いは、数え切れないほどの世代にわたって続いていた。


魔物は非常に頑丈な肉体を持ち、驚異的な速度を誇る。


闇の中を自由に移動し、予測できない場所から突然現れ、そして消えることもある。


ライキョウは読む速度を落とした。


「厄介な相手だな……」


視線を下へ移す。


しかし、魔物にも弱点があった。


彼らは太陽の光を恐れる。


ライキョウはそこで一度、手を止めた。


顎に手を当てる。


「でも……まだよく分からないな」


目の前の文章をもう一度見る。


一方には人間。


もう一方には魔物。


そして、その戦いは遥か昔から続いている。


ライキョウは次のページをめくった。


---


何千年もの時が流れても、戦いは終わらなかった。


古代から現在に至るまで、両者の力は常に拮抗していた。


どちらか一方が完全に相手を圧倒することはなかった。


しかし、長きにわたる戦争は大きな爪痕を残した。


大地は荒れ果てた。


そこに生きる者たちの暮らしも、次第に困難になっていった。


大きな変動の後、かつて生命に満ちていた土地は荒れ果てた大地へと変わった。


生き残った人々は、エルネシア教会によって厳しく管理された聖都で生き続けるしかなかった。


ライキョウは読む手を止める。


窓の外へ目を向けた。


柔らかな光が、静かに図書館の床へ差し込んでいる。


「つまり……人間は一つの都市に集まったってことか?」


答える者はいない。


ライキョウは再び本へ視線を戻した。


教会は魔物と戦うため、特別な戦闘部隊を創設した。


その戦士たちは、額に特別な印を刻んでいた。


十字架。


ライキョウは無意識に自分の額へ触れた。


「十字架……」


そして、続きを読む。


彼らは通常の人間を遥かに上回る速度と戦闘能力を持っていた。


一人で多数の敵を相手にすることさえできた。


その肉体は魔物を上回ることすらあり、一人で数百もの魔物と戦うことができたという。


ライキョウは黙った。


今度は何も言わず、そのまま読み進める。


その力によって、魔物の数は次第に減少していった。


世界の均衡は、少しずつ人間側へ傾いていく。


そして戦争が終わると、世界の秩序も急速に変化した。


戦時中に大きな影響力を持っていた教会は、新たな権力の中心となった。


ライキョウは少し眉をひそめた。


「つまり……教会の権力がどんどん大きくなったってことか」


次の文章へ進む。


しかし、その先を読んだところで、ライキョウの読む速度が明らかに遅くなった。


時が経つにつれ、教会は自らが作り出した戦士たちを恐れるようになった。


彼らの力は、あまりにも強かった。


その力が、いつか教会の権威そのものを脅かすかもしれない。


そう考えた教会は、その戦士たちを解散させただけではなかった。


数々の功績を残した者たちさえ、次第に人々から遠ざけられていった。


彼らには悪意の込められた呼び名が与えられた。


かつて英雄と呼ばれていた者たちは、少しずつ深い場所へと追いやられていった。


ライキョウは顔を上げた。


「……」


何を言えばいいのか分からなかった。


しばらくして、再び本へ目を戻す。


しかし、物語はそこで終わっていなかった。


彼らはやがて、この世界に存在しない一種の力を生み出し始めた。


その力を支配するために、彼らは最も身近な人々を次々と失っていった。


友。


師。


恋人。


そして、両親。


ライキョウの指が、ページの上で止まった。


それ以上、ページをめくることができない。


図書館は静かだった。


聞こえるのは、遠くでユルネが本をめくる音だけ。


ライキョウは目の前の文章を、しばらく見つめていた。


そして、ゆっくりと次のページをめくった。


……


何もない。


ライキョウは瞬きをした。


もう一度、めくる。


そして、さらにめくった。


次のページは――


破り取られていた。


「……え?」


指先で、破れた紙の端に触れる。


ライキョウは本を見つめた。


今まさに知ろうとしていた歴史が――


突然、そこで途切れている。


「このページ……どこにいったんだ?」


誰も答えない。


ライキョウはしばらく黙っていた。


やがて、本をゆっくりと閉じる。


椅子の背にもたれ、図書館の天井を見上げた。


「……まだ全部は分からないな」


小さく息を吐く。


「この世界の歴史……本当に複雑だ」


閉じられた本が、机の上に静かに置かれている。


そして、失われた歴史の一部は――


ライキョウが読むことのできるページの外に、まだ残されていた。

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