7 突然の女子トーク
次の日、いつも通り早めに治療院へ行き黙々と準備をする。
薬草の香りと器具のカチャカチャという音に包まれたこの静かな時間がたまらなく好きだ。
そうこうしているうちにシェスカがやって来て、治療院を開く時間になる。
今日は朝イチから待っている人もなく「静かだねー」なんてお喋りをしていると、入り口の扉が開いた。
見ると子供達が数人顔を覗かせているが、入ってくる様子はない。
私とシェスカは顔を見合せ、子供達に近づいてみる。
「どうしたの?誰か怪我したの?」
話しかけてみたが、子供達はお互いの顔を見てもじもじしている。
どうやら怪我ではなさそうだと思い、中に入って貰おうとしたところで先頭にいた女の子が意を決したように顔を上げた。
「先生はライナス様と結婚したの?」
「!!?」
えええええ!?私とライナスさんが、結婚!?何がどう間違ってそうなってしまったんだ!?
驚きから戻って来れない私に代わって、シェスカが子供達を中に招き入れる。
見ると女の子ばかりで、そういうことに興味津々な年頃なのだろうと伺えた。みんなキラキラした顔をしてるもん。
「シエラ、こっちに来て座ろう?」
「…………はい」
私は大人しく椅子に座った。
めっちゃ見られている。
正直に答えるだけなはずなのに、なんだか期待を裏切るようで申し訳なくなってくる。
「あ、あのね、ライナスさんと結婚はしていないんだ」
「じゃあ、恋人なのね!」
「いいいいや、違うの!!……あ、えと、私とライナスさんはそういう関係じゃないんだよ?」
「え、違うの?じゃあ、じゃあ……」
わわわわ、そんなしょんぼりしないで欲しい。
何と答えたらいいだろう。
改めて考えてみるが、友達とは違うし、もちろん家族でもない。
「そうだなぁ………保護者とか?」
「ほごしゃ?」
「そう、私を助けてくれたり励ましてくれたりするから、うん、保護者」
「えぇー、でもねでもね、ライナス様が先生を見る時すっっごく優しい目をしてるんだよ!!」
「そうだよー!先生達が一緒にお買い物してる時、私達ずっと見てたもん!ライナス様ちょっと笑ってたよ!!」
「うんうん!あ!!じゃあ、ライナス様の片思いなのかな!?」
「そっか!!先生はましょうのおんなってやつなんだ!!」
「ちょ、ちょっと待って!」
とんでもない方向に話が向かっている。
私は何とかしなければと思うばかりで、どうやっても女の子達の恋バナが止まらない。
そんな私達を面白そうに見ていたシェスカに助けを求める。
「はいはーい、一旦落ち着いてジュース飲もうか!」
「飲むー!」
「いただきまーす!」
「美味しい!」
シェスカの一言で、子供達は一瞬にして大人しくなった。さすがだ。
「みんなはどうしてシエラ先生がライナス様と結婚してるって思ったの?」
「んー、だって一緒に住んでるし、一緒にお買い物するし……」
「ライナス様、いつもむひょーじょーなのに先生が来てから笑顔が増えたって町にもよく来るようになったってお母さんが言ってた!」
「あとねあとね、ライナス様が先生の頭を撫でてるのも見たことあるよ!お父さんとお母さんが、2人は仲が良いねって言ってた!」
「……!!!?」
あああああああ穴があったら入りたい!!
恥ずかしい!!恥ずかし過ぎる!!
今まで安心しきって意識してなかったけど、頭を撫でるとかそうだよね!親密な関係に見えるよね!?
しかも滅多にないとはいえ、見られていたなんて!!
私は顔を真っ赤にして、思わずテーブルに突っ伏してしまった。もう起き上がれる気がしない。
シェスカは隣で声を上げて笑っている。
「そうだなぁ……みんなが鋭いから、私が知ってる2人の秘密を教えちゃおうかなぁ」
「「「2人の秘密!?」」」
え、シェスカは何を言うつもりなんだろう?秘密なんてないのに。
私は思わず顔を上げ、シェスカをじとっと見てしまう。
それを見たシェスカは、可愛らしくウインクしてきた。
「でも秘密だからなぁ……絶対に誰にも話さないって約束出来る人にしか話せないんだよなぁ」
「約束する!」
「私達、ぜっったいに誰にも言わない!!」
「本当?じゃあ、教えてあげる……」
シェスカはみんなを近くに呼び、わざと声を潜めて話し始めた。
何を話してるんだろうとじっと見つめるが、何も聞こえない。
しばらくして、秘密とやらを聞き終わった女の子達がものすごくキラキラした目でこちらを見てきた。
「私達、今聞いた秘密は絶対に誰にも言わないからね!」
「私、先生のこと応援してるから!頑張ってね!」
「先生可愛い!!」
何の話だ?
良く分からないが、もう女の子達は自分の恋愛話で盛り上がっている。
これ以上の追求はなさそうなのでひと安心した。
ひと通りお喋りして満足したのか、お昼近くなってみんなが帰ることになった。
入口まで見送ろうと扉を開けると、栗毛の馬がいてライナスさんからのお昼ご飯が届いていた。
女の子達がキャーキャーはしゃぎながら帰って行く姿を見送って、私はその場にぐったりと座り込んでしまう。
「あはは、お疲れ様。ご飯食べよう!」
「うん。女の子って凄いね……」
その後、シェスカとご飯を食べてしばらく雑務をするが誰も来ない。
シェスカが医療の勉強をしている横で、私は置き薬を作りながらぼーっと考えていた。
私にとってライナスさんはなんだろう。
ライナスさんは優しくて、頼りっぱなしなのが申し訳なくて、口数は少ないし無表情だけどとても安心する。
そんな感じでライナスさんのことを考えていたら、いつの間にか手が止まっていた。
「ねぇシエラ、今日はもう閉めてソフィアさんの所に行きましょうよ!」
「え、でも……」
「書き置きしておけば大丈夫よ!ね、そうしよ!」
確かに、もう仕事が手につかなそうな自分に苦笑する。
私はシェスカに頷くと、治療院を閉める準備をした。
ソフィアさんは、突然訪れた私達を笑顔で迎えてくれた。
「ちょうど話し相手が欲しかった」なんて、なんて優しいんだろう。
テーブルには私達が買ってきたクッキーと、ソフィアさんが入れてくれたハーブティーが用意されている。
「それで?シエラ先生のお悩みはなぁに?」
「えっ!?」
「ふふふ、顔に書いてあるわよー恋の悩みですーって」
私はびっくりして思わずシェスカを見てしまった。
いや、シェスカが話したとは思ってないですけどね!そして、恋の悩みではないですけどね!
シェスカは苦笑いだ。
「無駄に歳をとってるわけじゃないのよー。さあ、話してスッキリしてしまいましょ」
ソフィアさんには敵わないなと思いながら、女の子達襲来の話をした。
時折シェスカが補足をしてくれる。
「若いって良いわねぇ」
「本当に……なんか生気を吸い取られた気がします」
「あら、あなたもよシエラ先生。ねぇ、この際だから聞いてみちゃおうかしらね、シエラ先生にとってライナス様はどんな人?」
「……保護者です」
私はさっき女の子達に言ったのと同じ言葉で答えた。
ソフィアさんとシェスカは顔を見合せて困ったように笑っている。
「そうねぇ、じゃぁシエラ先生にとってシェスカちゃんはどんな人?」
「シェスカは、いつも明るくて優しくて頼れる大好きなお友達です。同僚としても、勉強熱心でとても尊敬しています」
「わー照れる!ありがとう!!私も大好きよ!」
私とシェスカは顔を見合せて笑い合う。
「じゃぁ、リークくんは?」
「んー……気遣い屋さんで子供のように無邪気なんだけど、シェスカとリーシェちゃんとこの町をとても愛していて、頼りになるお友達です。あ、シェスカの尻に敷かれている人」
「ちょっと!私そんなことしてないわよ!」
「でもリークにとってはそれが幸せなんだから。私にとって2人は素敵な理想の夫婦だよ」
「わかるわぁ、私も昔を思い出すもの」
「ソフィアさん達も素敵なご夫婦ですよね」
そんな感じで、ソフィアさんからの質問に答えていく。
あの人は?この人は?と聞かれる度に、その人の顔を思い浮かべてにこにこしてしまう。
本当、この町は素敵な人達がたくさんいる。
「じゃぁ、ライナス様は?」
「……えと、無表情だけどとても優しくて、いつもさり気なく助けてくれて、私の命の恩人です」
「ふふふ、ねぇシエラ先生、今あなたがどんな顔をしてるかわかる?」
2人の顔を見ると、私を見てとてもにこにこしている。
なんだかちょっと恥ずかしい。
「ライナス様のことを考えている先生、他の人達とは違うとっても素敵な顔をしているわよ」
そんなに違っただろうか。
私は赤くなる顔を隠すように両手で頬を挟む。
「ライナス様のことを考えると、心がほっこりしない?つい顔が綻んでしまったり、なんでもないことなのについつい関連付けて考えてしまったり、近くにいると安心したり」
「……で、でも、それは他の皆さんのことも同じで」
「本当に同じかしら?シエラ先生は何が怖いのかしらねぇ」
怖い……そうか、怖いんだ。
追われているかもしれない身で、こんなにもこの町を町の人達を好きなってしまった。いつか、もしかしたら、迷惑をかけてしまうかもしれないのに。
それなのに……ライナスさんの優しさや穏やかさが心地良い。
なるほど、だから当たり前のように気付かないふりをしていたのか。いつお別れをしてもいいように。
私、ライナスさんが好きなんだ。
そして、ライナスさんと共にこの町で暮らしていきたいんだ。
そこまで考えたら、すとんと気持ちが落ち着いた。
「そっか……でも、この気持ちはたぶんご迷惑をかけてしまうし、私とライナスさんではつり合いませんから」
ソフィアさんとシェスカは困ったように私を見ていた。
「お似合いだと思うんだけど」というつぶやきは、私の耳には届かなかった。




