4 共同生活開始
ということで、ライナスさんとの共同生活が始まった。
ルンルンで早速畑に来た私は、元気に育つさつまいもとかぼちゃとにんじんを見渡した。
「みんな、今日からこの家に住むことになりましたシエラです。よろしくお願いします」
『『『『よろしくー!』』』』
まずは挨拶からと思い作物達に声をかけたら、とても元気な返事が返ってきた。思わずにやけてしまう。
「たくさんお世話するからね、元気に育ってね!」
『ありがとー!シエラのために一生懸命美味しくなるから、沢山食べてねー!』
「ふふ、ありがとう」
『えへへー。シエラとお話出来るの嬉しいなぁ。ライナスは話しかけてくれるけど、僕達の声は聞こえないから』
「そっか。ねぇ、ライナスさんはみんなのことをどうやってお世話してたの?魔法とか?」
『んーん、たぶん他の人間達と同じだよ。でも沢山話しかけてくれるかも』
なんと、ライナスさんはこの畑を魔法を使わずに手入れしていたらしい。
ライナスさんがクワを持ったり水をあげてるところが想像出来ない。
そんな他愛ない話をしながら、畑に水を撒いて雑草を抜いていく。
夢中になって畑仕事をしていると、誰かお客さんが来た気配がした。
『ゲイルね。多分シエラに用があって来たんだと思うわ。着替えてきた方が良いかもしれないわね』
樫の木にそう言われ自分の姿を見てみると、見事に泥だらけだ。
お礼を言いつつ、慌てて家に戻る。
どうやら、町長さんは治療院の修繕について相談に来てくれたようだ。仕事が早い。
間取りを自由に決めていいとのことで、見てきた小屋を思い出しながらありがたくいくつか要望させてもらった。
そして治療院が完成するまで、町長さんのお宅で出張治療院をやって欲しいとのことで、早速明後日からお仕事開始となった。
町長さんとしても開設前に私の技量を確認出来て安心だろう。
ライナスさんは私達の話を静かにソファで聞いている。
町長さんが帰ると私は宣言通り夕飯の支度を始めた。
ライナスさんは自室に戻るかと思ったが、そのままソファに座っていた。
そしてこちらを見ている。めっちゃ見ている。
あれか!今私を研究していますね!
納得はしたものの、ちょっと居心地は悪い。まぁ、仕方ないのだが。
私は夕飯の支度を一旦止め、お茶を入れライナスさんに差し入れる。
丁度良い、聞きたいことがある。
「召し上がれないものはございますか?」
「特にない」
「では、お好きなものはありますか?」
「……スープは味の種類も豊富で好んでいる」
ライナスさんはすごく悩みながら答えてくれた。
私は微笑みながら、もうひとつ気になることを聞いてみた。
「研究に協力するということでしたが、私は何をしたらいいのでしょうか?」
「特に何も。たまに植物達とどんな会話をしたか教えてくれるだけでいい」
え、それだけでいいの?
これじゃ本当に何もしてないじゃないか。私は家事を願い出て良かったと思った。
本当に居候になるところだった。
私は再び夕飯の支度に戻り、気合を入れてスープを作った。
野菜たっぷりのチキンスープとパン、それからこれも野菜たっぷりのオムレツだ。
家族以外に自分の料理を振る舞うのは初めてだったのでドキドキしたが、ライナスさんは「美味しい」と食べてくれた。良かった。
でも、もう少しレパートリーを増やそうと決意した。
ライナスさんが自室に戻ったので、私も一通り片付けて部屋に戻る。
明日のことを考えながらお風呂の準備をしていたら、無意識に鼻歌が出ていた。
—————
ライナスは自室からテラスに出た。
月が明るく森を照らしている。
不思議な人間だと思った。
魂のこともあるが、彼女自身も……
まさかあそこまで手際の良い調薬をするとは思わなかった。貴族令嬢だろうに家事や畑仕事も難なくこなしていたことを思うと、聞いていた家族からの扱いが容易に想像出来た。
それでも、彼女は明るく生きようとしている。
今も楽しそうな鼻歌が微かに聞こえている。
心地良い。
ライナスは自然と、彼女の為に情報は集めておこうと思った。
そっと空中に手を伸ばし、魔力を込める。少しでも王都に近い動物と繋がる為に。
—————
翌朝、私が目覚めて真っ先に向かったのは庭だ。
「みんな、おはよう!」
『あらシエラ、おはよう』
『『おっはよー!!』』
『『『『おはよーう!』』』』
なんとも賑やかだ。
樫の木を撫で、馬達に餌を与え、畑に水を撒く。
朝の空気がなんとも気持ちいい。
『ねえシエラ、僕たちそろそろ食べ頃なんだ!今日採って貰えると嬉しいな』
私が朝日に目を細めていると、人参とさつまいも達が収穫宣言をしてきた。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
『なぁーに?』
「収穫ってみんなにとっては辛くない?痛かったり、悲しかったりしない?みんなもやっぱり命があるから……」
『ぜーんぜん!シエラが心配することはないよ!』
『僕達はその為に生まれてきたから、食べて貰えない方が悲しい……かな。だから、そんな顔しないで!』
『シエラとライナスに食べて貰えたらすっごく嬉しい!!あ、ついでにあの2頭にも!』
『じゃあさ、シエラに良いもの見せてあげる!たぶんシエラなら見れると思うんだー』
そう言ってみんなが急に静かになる。
不思議に思っていると、人参とさつまいも達からぽわっとした小さな光の玉が浮かび上がった。
たくさんの光の玉が私の周りをくるくる飛び回り、やがて空気中に消えた。
多分これはあの子達の命だ。
「ありがとう」と言っていたように感じ、鼻の奥がツンとした。
後ろから草を踏む音がして振り返ると、ライナスさんが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう。……君はあの光が見えたのか」
「はい。私が悲しんでいたら、悲しまないでって……美味しく食べて貰えるのが嬉しいって……私達は命をいただいて生きているんだと改めて感じました」
「そうだな」
そう言って、ライナスさんが優しく微笑んだ。
微笑んだ!?
思わず固まった私を不思議そうに眺め、無表情に戻ったライナスさんはくるりと家へ入っていく。
朝食の時間だ!と慌てて私も後を追う。
ちょっとだけ顔が熱いのはきっと気のせいだろう。
食後、再び畑に戻った私は人参とさつまいも達を収穫した。
ライナスさんは、そんな私を樫の木の近くにあるテーブルから眺めている。
『ライナスったら、シエラのこと見つめすぎよ。それにしても、あなたのそんな柔らかい表情なんて久しぶりね。そんなにシエラが気に入ったのかしら』
「………」
『あなたがここに住み始めて140年くらいかしら。あなたの微笑みなんて数えられるくらいしか見たことないわ』
そんな会話が聞こえてきた。いや、ライナスさんは植物の声が聞こえないって言っていたから話しているのは樫の木だけなんだけど。
それにしても、素通り出来ない言葉が聞こえてきた気がする。
ライナスさんがここに住み始めて140年?
魔法使いは長寿だと聞いたことがあったけど、ではライナスさんは一体何歳なんだろう。
気になる。
気になるけど、聞いてもいいのかな?
私は思わずライナスさんを見つめてしまっていて、何故かお互いに見つめ合うという状況が生まれた。
はっとして目をそらそうとするが、ライナスさんが手招きしている。
私は首を傾げながらライナスさんに近付いた。
「少し休みなさい」
テーブルの上を見るとティーセットが置いてある。カップは2つだ。
いつの間に用意したんだろう。
「ありがとうございます。収穫は終わりましたので、今日はここまでにします」
『ライナスは優しいでしょ。ただもうちょっと表情が出ると良いんだけどね』
「………」
「どうした?」
「あの、えと……」
「樫の木が何か言ってるか?何と言っている?」
「ライナスさんがここに住み始めて140年くらいだと」
「そうだな。その時既にこの木はあったからな、覚えているのか」
『もちろんよ』
「あの、ライナスさんはおいくつなのでしょうか?魔法使いが長寿だということは知っていたのですが……あ、お嫌でしたら答えなくて大丈夫です」
「いや、構わない。あまり自分の年齢を考えたことがなかったが……ふむ、たしか247歳だと思う」
247歳……なるほど。
ここ2日間で驚くことがあり過ぎて逆にすんなり受け入れてしまった。
この落ち着きは年齢のなせる技でしたか。
「さて、昼は私の担当だったな。君はのんびりしているといい」
「!?た、担当というわけでは!」
どことなく楽しそうなライナスさんが、立ち上がって家に向かう。
慌てて立ち上がった私を樫の木が笑った。
『任せておきなさい。ライナス、楽しそうだもの。たぶん自覚はないでしょうけど』
そう言われ、私はすごすごと座り直す。
その後樫の木とのお喋りが盛り上がってしまい、ライナスさんから呼び出されるという失態を犯した。
昼食を作ってもらった上に待たせるとは……子供じゃないんだから。
ものすごく慌てたのは言うまでもない。
食後、ライナスさんは自室に戻り、私も明日からの治療院の準備をしていたらあっという間に時間が過ぎていった。




