2 逃亡、そして拾われる②
どうぞよろしくお願いします。
それから数日、私はひたすら寝た。
体力を取り戻すべく、寝た。
毎日欠かさずご飯を持って様子を見にきてくれるおじ様とは、未だたいした会話はしていない。
そして今日、やっと元気になり「身体ってこんなに軽かったんだ!」と実感している。
とてもスッキリした目覚めだ。ベッドから出てぐいーっと伸びをする。
さて、どうしようか。
着ている服は拾われた時のまま、だけど不思議なくらい綺麗だった。匂いもしない。
ちなみに家を出てから一度もお風呂に入っていないのに、私自身も臭くない。不思議。
あれ?よく考えたらトイレにも行ってないぞ……
え、どゆこと?ま、まぁいいや。
鞄はテーブルの上にあり、中身も無事だ。
おじ様はたぶん良い人だと思うが、まだ決めつけてはいけない。
とにかく、お礼を伝えてここが何処なのかを聞いてそれから……身の振り方を考えなきゃね。
そっと部屋の扉を開けると、そこはリビングになっていた。
ソファにローテーブル、ダイニングテーブルとその横にはキッチンが見える。
大きな窓にはカーテンが引かれていた。
誰もいない。
まだやっと朝日が出たばかりの時間だしね。
自然と窓の方へ足が向き、カーテンを開ける。
そして、2頭の馬と目が合った。
とたんに2頭は弾かれたようにこちらに走って来た。
やば、窓を突き破られる!?
私は慌てて窓を開け外に出る。
『シエラ!!!!シエラ!!!!』
『元気になったの?良かったよおおおお!!!!』
2頭のテンションにちょっと引いたが、とても心配してくれていたみたいだ。
「ありがとう」と擦り寄る2頭を撫でてあげる。
そんなことをしていると、少し離れたところから『ふふふ』と可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
辺りを見渡すと、少し離れた所に大きな樫の木がある。
笑い声の主はその木のようだ。
まとわりつく2頭を連れて、とてとてとその木に近付いてみる。
「おはようございます」
『あら、あなた私の声が聞こえるの?』
「はい」
『そう、珍しい子ね。その子達ずっとあなたのことを案じていたのよ。それはもう煩いくらいに』
そう言って樫の木はまた可愛らしく笑った。
私も釣られて笑顔になる。
2頭を撫でる手は止めず、こんなに気を使わずに動植物達と会話が出来るのは久しぶりだと思った。家では絶対に秘密だったから。
『ライナスがあなたを連れて帰ってきた時はびっくりしたわ。あなたぐったりしていたんだもの。でも元気になって良かったわね』
「ライナス?」
『この家の主よ。魔法使いなの』
「魔法使い!?」
『ふふふ、そうよ。あなた大変だったわね。他の植物達が噂していたわ。』
「他の植物達……噂?」
『ええ、私達ってそこらじゅうにいるでしょ?だからどんなに遠くのことでもみんなで噂して共有してるの。王都でのあなたのことも聞いたわ』
えぇー……
ここが魔法使いのお家なのも驚きだが、それ以上に植物達の情報網も衝撃的だった。
確かに植物であれば何処にでもある。
……え、どこまで知られているのだろう。怖い。
唖然として立ち尽くしている私の背後で、サクッと草を踏む音がした。
『ライナスだわ』と言う樫の木の声を聞きながら、私は振り返った。
そこには、あのおじ様がいた。
「身体はもう良いのか?」
「あ、えと、はい。ご迷惑をおかけしました。助けてくださり、ありがとうございます」
「君は……この木の声が聞こえるのか?」
「………」
何と答えたらいいのだろう。
家では絶対に秘密にしていた。
父や兄達にバレたら、お金のために利用されると分かりきっていたからだ。それに、気味悪がられさらに酷い扱いになるだろうことも。
でも、今目の前にいる人は魔法使いだという。
魔法使いならば、動物と話が出来る人もいると本で読んだことがある。ならば、私と同じく植物と話せる人もいるのでは?
「君は人間だな。動物や植物と話が出来る人間はいない。私も……植物とは話せない」
おっと……この流れは、秘密がバレてはいけないのではないだろうか。
思わず身体が固まる。
『大丈夫よ。ライナスはあなたに危害は加えないわ』
びっくりして樫の木を振り返ってしまった。
おじ様を見ると何も変わった様子がない、只々無表情に私を見ている。観察している?
どうせさっきの会話も聞かれていたのだろう。いっそ全て話してしまおうと覚悟を決めた。
「私は………動物の声も植物の声も聞こえています」
「そうか」
「………」
「………」
え、終わり!?
思わず顔に出てしまった。もっと根掘り葉掘り聞かれるのだと思ったのに。
ひとつ息をつくと、おじ様はくるりと背を向け家に入っていく。
『ライナスと話してらっしゃい。無愛想だけど、きっと力になってくれるわ』
『『じゃ、僕達も行こっか!ね、シエラ!』』
『あなた達はここ!!』
ピシャッと2頭を叱り、樫の木は優しく葉を揺らした。
私は樫の木にお礼を伝え、おじ様の後を追って家の中に向かう。
『なんだかとても良い予感がするのよね。ふふふ』
『『?』』
家の中に入ると、おじ様はダイニングテーブルに座っていた。目の前にはカップが2つ。
「どうぞ」という声に、私はおじ様の向かいに座った。
「………」
「あの……改めて助けてくださり、ありがとうございました」
「君は人間だな?」
「はい」
「不思議な魂をしている……2つの魂が絡み合って……それに、通常人間は我々と違い動物達の声は聞こえないはずだ」
どきりとした。
2つの魂が絡み合って……何故それをと恐怖した。
今まで誰にも言えなかったが、私は10歳の時に前世の記憶が蘇った。
どこか別の世界で看護師として生き、30歳で亡くなった記憶。
そしてその時からだ、動物や植物の声が聞こえるようになったのは。
ただその時にはもう、母は別の男と家を出、父と兄2人は女性である私を軽蔑していた。そんな家族には絶対にバレてはいけない。そう思って家族に見つからないよう、いつか1人でも生きていけるよう、知識と技術を学んできた。
おそらく、ライナスさんが言っているのはこのことだろう。
こんな簡単に魔法使いは見抜いてしまうのか。
「すまない、怯えさせた。私はライナスという。魔法使いだ」
「シエラといいます。シエラ・ウィンダム……」
「ふむ……面倒事は嫌いだが、君の魂に興味がある。悪いようにはしない、話してみなさい」
ただ静かに私を見る無表情のライナスさん。
なんでだろう。
この人はずっと無表情なのに、何故かとても安心する。
私は思っていたよりもするっと、身に起こったことを話し始めた。
10歳で前世の記憶が戻ったこと、動植物と話せるようになったこと、家族のこと、理不尽な結婚のこと……
ライナスさんはずっと静かに聞いてくれた。
これから何処かで新しい生活を始めたいのだと締めくくり、気付いたらお昼はとっくに過ぎていた。
「ふむ、昼にしよう」
そう言って、ライナスさんはキッチンへ向かった。
うん、もうちょっと何かあっても良いのではないだろうか。
私の話を聞きたいと言ったライナスさんは、聞き終わっても何も変わらなかった。
まぁ、確かにお腹は空きましたけどね。
「何かお手伝いしますか?」と問えば要らないと言われ、大人しく座って待つことにした。
しばらくして、ライナスさんはパンとスープ、チキンと野菜のグリルを持ってきた。美味しそうだ。
いただきますと2人で食べ始める。会話は特になかった。
食べ終わると、洗い物だけはと願い出た。ライナスさんは収納場所を教えつつ、飲み物の準備をする。
再びテーブルに着くと、ライナスさんは唐突に口を開いた。
「この近くに小さいが良い町がある。そこで生活するといい」
町があるんだ、それはいい。いいのだけど、話の行方がわからない。
思わず私は渋い顔をしてしまった。
「私はこの世界についての研究をしている」
「世界……」
「この世界の成り立ち、種族の違い、そういったことを研究している。故に、君の存在も気になっている」
「私の魂がということですか?」
「そう。君の様な存在は見たことがない。人間でその他の種族と会話が出来るのも珍しい。そういうことで、私の研究に協力してくれると嬉しい……が、無理にとは言わない」
「つまり研究に協力するために、近くの町に住んで欲しいということですか?」
「そうなる。その代わり、何かあれば私が守ろう」
私が守ろう……
会ったばかりの、それも今日話したばかりの人なのに、言葉がすとんと心に入ってきた。
ライナスさんは相変わらず無表情だけど、余計な———やましいことは考えていなさそうだ。
そんなところに安心感を感じるのだろうか。
「ご協力に関してはわかりました。ただ、一度町の様子を見てみないことにはお返事出来ません」
「かまわない。今日はもう暗くなる故、明日町へ行こう。私も共に行く」
ということで、もう少しライナスさんの家でお世話になることとなった。
家の中を一通り案内され、自由にしていて良いと言い残しライナスさんは2階の自室に戻っていった。
ふむ、自由にと言われましても……ここ、他人の家ですよ?
流石に物色するわけにもいかず、薄暗くなってきた庭へ出てみた。
『話は終わったの?』
「はい、ライナスさんに私の話を聞いていただきました」
『ふふ、良かったわね。』
「ライナスさんの研究に協力するために、町に住むようにと言われました。明日町へ行ってみます」
『そう、近くの町はユースフォードというの。人間達は何もないと言うけど、自然を大切にしてくれるとても良い町よ』
ほっこりとした気持ちになり、目を細めて樫の木を見上げる。
近くでは2頭がすやすやと寝ていた。
辺りがすっかり暗くなった頃、ライナスさんが降りてきて夕飯となった。
お風呂も使って良いと言われ、ありがたく使わせてもらう。
ちなみに、私が熱で苦しんでいる間はライナスさんが魔法で綺麗にしてくれていたらしい。魔法ってとても便利だ。
お風呂から出るとライナスさんは既に自室に戻っていたので、私も借りている部屋へ戻る。
ほっとひと息つき、ベッドに潜る。
ただ静かに、穏やかに暮らしたい。
私の望みはそれだけだ。
私は明日のことを思いながらそっと目を閉じた。




