1 逃亡、そして拾われる①
初めての執筆。
ふんわりと読んでいただけたら嬉しいです。
ぅあー緊張する!!
どうぞよろしくお願いします!
(あぁ、困った……)
私は何度目かわからない溜息をついた。
ガタガタと馬車に揺られ、流れゆく景色を眺める。
木々は綺麗に色付き、時折見かける動物達が秋の実りをつついている。
いつもであればただ微笑ましく思う風景……でも、今の私にとっては動物達の自由が羨ましくて仕方がない。
それは数日前、父から突然「お前の結婚が決まった」と告げられたことから始まる。
私、シエラ・ウィンダムが長女として育ったウィンダム男爵家。
代々商家として莫大な富を築いてきたこの家は、10年前に爵位を金で買った———所謂成金である。
金を得るためなら何をしても構わないという父、それを見て育った父そっくりの兄2人、そして私……社交界に出たところで受け入れられるはずはなかった。
ちなみに母は、私を産んですぐ別の男と出ていったらしい。
なんともな家族である。
気付けば29歳、行き遅れどころの歳ではなくなっていた。
とはいえ、私はそんなことを気にするでもなく、いつこの家を出ていこうかと思案していた。
そんな折に降ってきたのが、先の父の発言である。
どうやら、私を嫁がせることで大金を得られる当てが出来たらしい。
「お嬢様の嫁ぎ先、聞いた?」
「聞いた聞いた!あの変態ジジイでしょ?かわいそー」
「なんでも処女が大好きなんですって……お嬢様あの歳で処女でしょ?珍しいから気に入ったみたいよ……うへぇ……鳥肌立ってきた」
メイド達の大き過ぎる声に、私は愕然とした。
そんな噂があるのは1人しか思い浮かばない。
記憶が正しければ、そのジジイは78歳のはずだ。
お元気ですね……と遠い目をしつつ、まずいことになったと思った。
あの父が、金の為なら何でもする父が、大金に変身する私を逃がすはずがない。
案の定、その日のうちに見張りが付いた。
それはもう、風呂もトイレも付いてくる徹底っぷりで。
そんなこんなで逃げ出す機会のないまま、ジジイの元へ嫁ぐ日になってしまった。
(あぁ、本当に困った……)
共は御者1人だが、馬車はガッチリと施錠され中から開けることが出来ない。
到着して馬車が開けられた瞬間にダッシュで逃げるか?逃げられるのか?
そんなことを真剣に考えていると、突然馬車を引っ張っていた馬が暴れだした。
『こんな仕事いやだあああああ!!』
『俺も嫌だああああああ!!』
私はびっくりして窓に張り付き状況を確認しようとするが、おでこをしたたかにぶつけただけだった。
暴れる馬達に引っ張られ馬車はガコガコと大きく揺れる。
そしてあっと思った瞬間、馬車は一際大きく揺れ思いっきり横転した。
横倒しになった馬車の中で、私はのろのろと起き上がる。
咄嗟に周りにあった荷物でクッションを作ったが、頭と肩が痛い。
自分の身体の無事を確認してふと見上げると、空が見えた。
ガッチリと施錠されていたはずの扉が開いている。
慌てて以前から用意していた逃亡用鞄を探し出し、うんしょっと馬車から顔を出す。
軽装とはいえそれなりに着飾っているワンピースでよじ登るのはなかなか骨が折れるが、チャンスは今しかないかもしれない。
鞄を外へ放り投げ、裾がめくれるのを気にせず外に出た。
森に囲まれた道の上、人通りはない。
辺りを見渡すと少し離れた所に御者が倒れている。どうやら気絶しているらしい。
目立った外傷がなさそうなのを遠目に確認していると、未だ馬車に繋がれたままの馬達がガッシャンガッシャン必死の形相でこちらに来ようとしている。
……え、ちょっと怖い。
『これ外して!ねぇ、これ外して!!』
『おまっ、落ち着け!怖がってるだろ!!』
私は慎重に馬達へ近付き、そろそろと手を伸ばす。
すると馬達は静かになり、馬具が外されるのを大人しく待ってくれた。
「もう自由だよ。どこへでもお行き」
『ありがとっ!!』
『シエラも自由だよね?これからどうするの?』
「私は……そうね、何処か遠くへ行こうと思う」
『『じゃあ、僕達に乗ってけばいいよ!』』
栗毛の馬は私の鞄を咥え、白靴下の馬が私自身を乗せて歩き出した。
(一緒に旅をするなら、この子達に名前でも付けてあげようかしら)
そんなことを考えながら、王都から出来るだけ遠くへ行こうと思った。
やっと手に入れた自由なんだから、すぐに見つからないように。
そんな私達を、森の木々が静かに見守っていた。
—————
ざわざわと木々達から木々達へ噂話が広がっていく。
この世界には人間と魔法使いがいる。
そして、実は植物や動物達も会話が出来ることはあまり知られていない。
ここリスティア王国の北の外れに、ユースフォードという小さな町がある。
そのさらに外れの森の中に、ポツンと一軒家があった。
まるで魔法使いでも住んでいそうなその家には、正しく魔法使いが住んでいた。
家主であるライナスは庭に佇み、ざわめく森の様子を眺めていた。
よく目をこらすと、木々に隠れているが少し離れた所に2頭の馬がいるようだ。
この辺りに野生馬はいないため不審に思った。
ゆっくりと近付くと、馬達がこちらを見る。そして、その足元に倒れる1人の女性。
あと数メートルの所で足を止め、ライナスは様子を伺った。
「誰だ?」
『シエラに近付くな!』
『シエラ……シエラ……起きてよぉ』
彼女を守るように立ちはだかったかと思うと、オロオロと話しかける2頭。
だが彼女はピクリとも動かない。
「落ち着け、危害は加えない。その人の様子を見てもいいだろうか?」
2頭はお互いに顔を見合わせ、そして素直に道を開ける。
ライナスはゆっくりと彼女の近くへしゃがみ込み、手をかざす。
(熱があるな。疲労と栄養失調か……)
「彼女は休ませねばならない。君達も着いて来なさい」
ぐったりしている彼女を抱き上げ、ライナスは家へと向かったのだった。
—————
暖かい……それに、良い匂いがする……
私は重たい瞼をなんとか開き、数回瞬きを繰り返す。
どうやらふかふかのベッドに寝かされているらしい。
辺りを見渡すと小さい薪ストーブがあった。心地よい暖かさはこれか。
気怠い身体を起こし、自身を確認する。熱がある以外は異常なし。
部屋は広くないが、すっきりと片付いていて気持ちがいい。窓にはカーテンが引かれていて、隙間から明るい日差しが入ってきている。
すると突然、ガチャっと扉が開いた。
びっくりして目を向けると、白髪混じりのおじ様が立っていた。
おじ様だ。
シンプルなワイシャツとスラックス姿、顔は無表情だが落ち着きが漂っている。
とぼんやり観察してしまったが、見知らぬ男性である事には変わりない。いや、確実に私を助けてくれた人だろうが……
私は慌ててベッドから降り距離を取ろうとした……のに、取れなかった。
身体に力が入らず、支えてくれるはずの膝はカクンと折れてしまった。
「危害は加えない。まだ寝ていなさい」
何の感情も読み取れない声だった。
床にぺたんと座ってしまった私を、おじ様はただ無表情で見ている。
悪い人ではないと思う……
私は警戒を解いてベッドに戻ろうとするが、またぺたりと床に戻ってしまった。
自分で思っているより弱っているらしい。
おじ様はひとつ息をついて「触れるぞ」と私の脇の下に腕を入れてきた。
そのままひょいっとベッドに座らされる。意外と力がある。
のそのそと布団に潜り込むと、おじ様が手をかざしてきた。何故か眉間にシワが寄せられている。
え、もしかして怒ってる?
「熱が上がっているな。寝なさい」
これは怒っていらっしゃいますね。
本当は寝ている場合じゃない。
おじ様が誰なのか、これからどうするのか、考えなければいけない事が山のようにあるのに……
おじ様の無愛想な声と表情にひどく安心してしまった。
すぅすぅと規則的な呼吸を繰り返すシエラを、ライナスはしばし見つめる。
気が付いたら知らない男の家にいたのだ、まぁ当然の反応だろう。
服装から推察するに、何処かの令嬢だろうか。厄介事を拾ってしまったと顔をしかめる。
だが、拾ってしまったものは仕方ない。
ライナスは考える事を一旦やめた。




