13 プレゼント
私はゆっくりと目を開ける。
見慣れた天井、懐かしい匂い、暖かい小さな暖炉……帰って来た。
左手に温かさを感じて見ると、ライナスさんと目が合った。
瞬間、私はライナスさんにきつく抱きしめられる。
「シエラ……」
ライナスさんから安堵の息が漏れる。
びっくりして硬直していると、ライナスさんが身体を離し至近距離で目を合わせてくる。
これまた心臓に悪い。
「あの……ご心配をおかけしました」
「心配した。すごく」
えぇー!?何この人、急に可愛いのですが!?
ドギマギしている私をよそに、ライナスさんはじっと見つめてくる。
さらには「ふむ、大丈夫そうだな」と言っておでこにキスをしてきた。
キキキキキキス!?!?
真っ赤になって固まり続ける私に微笑むと、ライナスさんは「もう少し休め」と部屋を出ていった。
出ていったよ……
何てものを投下して行ってくれたんだ!!!!
私はライナスさんの行動の意味がわからず、頭から布団を被った。
けど、おでこが熱くて、落ち着こうとしてもさっきのライナスさんを思い出して、さらに困ってしまった。
それから数分、じっとしていられなくて私は部屋を出た。
リビングにはソファに座るダレルさんがいた。
私を見ると立ち上がり足早に近付いてくる。
「シエラちゃん!!無事意識が戻って良かったよぉー!うんうん、元気そうだね。安心したー」
「ご心配をおかけしました」と頭を下げると、ダレルさんはどさっとソファに戻る。
けれど、直ぐに姿勢を正して私に向き直った。
どうしたんだろう?
「いや、今回のことは私の責任だ。シエラちゃんを巻き込んでしまった上に、怖い思いもさせた。本当に申し訳なかった。あいつがシエラちゃんを狙っていた以上、もっと用心するべきだった」
そう言ってダレルさんは深々と頭を下げる。
私は慌ててしまった。
「そんな、ダレルさんの責任じゃないですから!」
「でももうちょっとちゃんと守れたと思うんだ、だからすまない。お詫びにして欲しいことがあったら言って。……シエラちゃんを心配するあまり無謀なことをしようとしたライナスの話する?」
え、なんだそれ?
そんなに心配してくれていたのか。聞きたい。
「やめろ」
ライナスさんが、ものすごく嫌そうな顔でキッチンから出てきた。
私はそんなやり取りを見て、帰って来れたことに心から安堵した。
「少し何か食べよう」
「はい!」
3人で食卓を囲む。
楽しいな、嬉しいなと私はずっと笑顔だった。
それからゲルさんのこと、私と神様のことをお互いに話した。
正直ゲルさんのことはこれでもうすっぱり忘れようと思った。
神様との会話は2人共驚いていた。
そうだよね、神様が実在していてその上独りが寂しくて友達が欲しいと駄々をこねるなんて……
それに、この世界のことも。
「それで、神様が何かをくださったらしいのですが私には何もわからず……ライナスさんに言えばわかると仰っていました」
意識が戻ってから確認したが、手元には何もない。
物体ではないのか、神様の虚言なのか私には判断出来なかった。
ライナスさんは私を見つめ、ひとつ頷く。
「こちらへ」
そう言って、ライナスさんは窓から庭へ出て樫の木の元へ行く。
私もそれに続いた。
ちなみにダレルさんは少し離れたところから私達を見守っている。
『シエラじゃない!元気そうで安心したわ!あの2頭なら、さっきライナスにお使いを頼まれてたわよ』
「ご心配をおかけしました。元気です!」
どうりで静かなわけだ。
改めて樫の木にペコリと頭を下げると、私は満面の笑みを浮かべる。
あぁ、本当に帰ってこれたんだなぁ。
「シエラ、樫の木に両手を」
ライナスさんに促され、両手で樫の木に触れる。
ん、触れた所が暖かい?
それになんだか淡く光っている気がする。
『あら?あらあらあら、これはこれは』
樫の木も様子がおかしい。
いつも通りの穏やかさの中に、若干の驚きが含まれる。
『シエラ、あなたとんでもない方と知り合ったのね。ふふふ、いいわ受け入れましょう』
すると樫の木は急速に成長を始めた。
もりもり幹が太くなり、高さも周りの木々達を抜いていく。
大きい……幹の太さは人間が2人中に入れそうなくらいになった。
これ、もはや樫ではないのでは。
『ふう、これくらいかしら。どうぞ、私の幹からお入りなさい。世界樹に繋がっているわ』
「うへっ!?世界樹に繋がってる!?」
「ほう……」
「なんだって!?!?」
私達が驚いていると、樫の木はふふと可愛らしく笑った。
世界樹って本で読んだことしかない、本当にあるんだ。
樫の木が言うには、世界樹は神々の世界と繋がっているらしい。
なるほど、何時でも会いに行けるようにってことか。
私はあの光る玉を思い出して少し呆れた。
だけど、ライナスさん達の様子は少し違っていて……私が不思議そうに見ると説明してくれた。
どうやら世界樹へは世界中に数ヶ所しかない門を通らないと辿り着けず、しかもそれぞれの門には守護者がいて認められた者しか通れないのだという。
ライナスさんも見たことはないらしい。
「行こう」
ライナスさんの一言で、私達は樫の木の中へ入っていく。
一瞬眩しいくらいに明るくなったと思ったら、空気が変わった。
凄くみずみずしい緑の匂いがする。
そして、目の前に見たこともない巨大な樹が現れた。これ、近づき過ぎると何も見えなくなるやつだ。
私達は、あまりの大きさと神々しさに暫し呆けてしまった。
『初めましてのお客様だね、良くいらっしゃいました。魔法使い2人と、お嬢さんは……あぁ、あの子の客人だね。お待ち、今呼ぶよ』
世界樹だって一応植物ですもんね、喋りますよね。
もう驚くのにも疲れてきたので、ライナスさん達に世界樹の言葉を伝える。
すんっと真顔になって伝える私を見て、ダレルさんはひたすら「シエラちゃんすげぇ」を繰り返している。
「シーエーラー!!!!」
突然、私を呼ぶ大声にギョッとしてそちらを向く。
そこには光の玉……ではなく端正な顔立ちの若者がいた。
「え、誰?」
「え!?酷い!もう忘れちゃったの!?たくさんお話して友達になってくれるって言ったのに!!!?」
「いや、だって、確かに声は神様だけど光る玉だったし……」
「あ、そっか、こっちが本当の姿なんだ!ここに来ればいつでも僕とお喋り出来るからね!来てね!!」
軽い……前にも増して軽い。
返事もせずじとっとした目で見ると、神様はハッとして慌てだした。
「あああいや!来てください!お願いします!寂しいんです!!」
「まぁ、いいですよ。定期的に遊びに来ますね」
「ありがとう!!!!」
そんなやり取りを見ていたダレルさんは、まだすげぇと繰り返している。もはや呪文みたいだ。
ライナスさんはというと、私達のやり取りを眉間に皺を寄せながら見ている。
どうしたのだろう。
「そこの魔法使い!君もいつでも来ていいよ」
ライナスさんは……複雑な表情をしている。
どういう感情だろう?
私が首を傾げて見ていると、ライナスさんが自分の後ろへ隠すようにすっと私の手を引いた。
今、私の目の前にはライナスさんの背中が広がっている。
「ありがたく来させてもらう。世界樹をこの目で見ることが出来るとは思わなかった」
神様はおや?という顔をして、直ぐに破顔する。
「いいね!君も友達になろう!それじゃ、世界樹と話せるようにしておこう。他の植物達とは無理だけどね。ね、いいだろ?」
そう言って神様は世界樹を振り仰ぐ。
風もないのに葉が揺れた。神秘的だ。
『仕方のない子だね。どうぞ、よろしくね。さぁ、そろそろ解放してあげなきゃ。良いわね?』
「そうだね、人の時間は有限だ。また絶対遊びに来てね!」
「絶対」を強調させ、神様は姿を消した。
その後、私達も家へ帰って来た。
色々ありすぎて疲れたが、私はさっきのライナスさんの様子が気になっていた。
なんか今日のライナスさんはいつもと違う気がする。
いつもより……距離が近い気が。
本人に聞くのは恥ずかしくて、後でダレルさんに聞いてみようと思った。
家の中に入ったライナスさんは、早速今あったことを記録したいと2階に上がろうとする。
私は慌ててお茶を用意して、「頑張ってください」と思いを込めて渡す。
するとライナスさんは柔らかい顔で私の頭を撫で、ついでとばかりに頬もするりと撫でてお茶を受け取り自室へ消えた。
私は顔を真っ赤にして立ち尽くしてしまった。
ゆっくり振り返ると、ソファにいるダレルさんが温かくこちらを見ている。
そんなダレルさんの顔を見ていたら、なんか無性に腹が立ってきて勢いよく間合いを詰める。
ダレルさんが怖がっているが知ったこっちゃない。
「みみみ見ましたね!?あれは何ですか!?私の知らない間にライナスさんに何があったんですか!?」
「お、落ち着いて!怖い怖い!」
「落ち着いてなんかいられません!……はぁ、もう、起きてからずっとわからない」
もう私は半泣きだ。心が落ち着かない。
ダレルさんはそんな私を憐れむように見つめる。
「シエラちゃんはライナスのことどう思ってるの?」
「え!?どうって……」
「嫌いではないよね。ただの恩人?」
確かに恩は感じている。
以前ソフィアさん達とお茶をした時を思い出す。
私はライナスさんが好きだ。
そして、この気持ちは胸に仕舞っておこうと決めていた。
ダレルさんにも言う必要はないなと、何でもない顔で頷いた。
「んーそっか。じゃ、ライナス次第かなー……ま、心配はいらないだろうけどライナスもにぶちんだからな」
ん?なんだか思ってた反応と違うぞ?
全てわかってますよという顔をするダレルさんを、私は見つめる。
これは絶対にわかってないぞ。
「あの、違いますからね。というか、もうこれ以上触れないでくださいね?」
「大丈夫大丈夫!」
ダレルさんは、満面の笑顔で頷いている。
そして、私の制止も聞かず意気揚々と2階へ上がっていってしまった。
ひとり残された私は、ダレルさんを止めることも出来ずに立ち尽くす。
コン……ガチャ
ノックもそこそこにダレルが部屋に入ってきた。
ライナスはあからさまに嫌な顔をする。
「ノックの意味を知らないのか、お前は」
「え?知ってるよ?」
ダレルはけろりと答える。
ライナスは突っ込むのも諦めて、ダレルに向き直った。
「で?何の用だ?」
「んーライナスはさ、シエラちゃんのことをどう思ってるのかなーって思って」
ライナスは思わず眉間にしわを寄せる。
「お前さ、シエラちゃんが目を覚ましてから自分が何をしたか自覚ある?シエラちゃん混乱しっぱなしだったよ?」
「……自覚はある」
「あるんだ。んで?なんでそんな行動になったの?」
「………」
ダレルの言葉を受けて、ライナスはますます不機嫌になる。
「ま、じっくり自分の気持ちと向き合ってみてよ。得意だろ?」
そう言ってダレルは部屋から出ていった。
ダレルにそんなことを指摘されるのはすごく不愉快だ。
一方で、自分の行動がシエラを困らせていたということに、今更ながら気付きため息をつく。




