10 不穏
腕の中ですやすやと眠るシエラを眺め、ライナスはベッドへ運ぶ。
そっと部屋のドアを閉めると、ダレルがまだ険しい顔をしていた。
「奴さん、以前よりも魔力が強くなっている。ちょっと俺でも厳しいぞ……」
「………」
「何か心当たりがあるのか?」
「魔力は基本生まれ持ってのものだ。修練によって洗練されより効率的に使用することは出来ても増やすことは出来ない。もしそれが可能だとするならば、恐らく禁忌に触れたか。お前の言う通り以前よりも魔力が強くなっているなら、他者の魔力もしくは生命エネルギーを使用している可能性が高い」
「他者の魔力か生命エネルギー……」
「魔力の場合はもちろん魔法使いを指す。だが生命エネルギーは人間でも構わない。それも欲望の強い人間ほどその力が強い。あの者は生命エネルギーを奪われている様子はなかった」
「あいつは、目として利用されただけだろうな。だが、魔力を移せるくらいには身近にいたようだ」
「彼女を見られたな」
「あぁ、恐らく近いうちに来るぞ。俺とお前でどこまでやれるか……」
「必ず守る」
翌日から、ライナスさんとダレルさんとが代わる代わる一緒に町まで着いてきてくれた。
何事もなく数日が経ち、私は次第に申し訳ない気持ちになってくる。
もう大丈夫なんじゃないかと一度言ったことがあったが、即却下された。
今日はダレルさんと一緒だ。
冬祭りが近い為、町のいたる所にキャンドルが灯されている。人々もちょっと楽しそうだ。
冬祭りは新年のお祝いで「一年お疲れ様、また一年よろしくね」と家族や恋人、友達と挨拶し合う。
町によっては出店も出るので、食べて飲んでみんなで踊り騒ぐのだ。
冬祭りの日だけは、貴族も平民も人間も魔法使いも関係ない。
その町その町に住む人達みんなで手を取り合う。
まぁ、中には気位の高い貴族もいるし、一度も参加したことがない人もいるのだが。
かく言う私も、一度も参加したことがない。
人生初の冬祭りだ。
ワクワクしないはずがなかった。
「ダレルさんは冬祭りって参加されたことはあるんですか?」
「毎年参加してるよー。その年にお世話になった街とか、たまたま滞在してた街とか」
「私、初めての冬祭りなんです。ずっとどんな感じなんだろうって思っていて……」
「そっか……そうだよね。冬祭りはねー楽しいよー!街によっては出店も出るし、魔法使いが花火を打ち上げるところもあるし、やっぱ王都が一番賑やかだったけどこの町もみんな仲が良いから楽しいと思うよ!そうだ!今年は俺もいるし、盛大に花火を打ち上げようか!シエラちゃんは花火って見たことある?」
「ないです」
「おし、じゃあ、おじさん頑張っちゃおうかなー!」
なんだか、ダレルさんに気を使わせてしまった気がする。
でも嬉しくて、楽しみで、私が笑顔で頷いたら、ダレルさんも満面の笑みを返してくれた。
そんなことを話していたら、治療院の前に着いた。
さ、本日もお仕事開始だ!
みんなお祭り前で浮き足立っているのか、いつもよりちょっと多い患者さんをシェスカと治療していく。
なんだかんだダレルさんも手伝ってくれた。
さすが、薬草の知識が豊富だ……悔しい。
やっと患者さんが一段落してきたなと息をついた時、バタバタとゲイルさんが駆け込んで来た。
何事かと入り口に向かうと、どうやらキャンドルを設置していた人が高い所から落ちてしまって動けないらしい。
大変だ!
シェスカに後を任せて、私は大急ぎで支度をしゲイルさんに続いて治療院を飛び出した。
後ろにはダレルさんも着いて来てくれている。
場所は街の外れらしく少し遠い。
大怪我じゃないと良いのだけど……
その頃治療院では、シェスカが声にならない悲鳴を上げていた。
ついさっきシエラと出て行ったゲイルが目の前に現れたのだ。
「ん?どうしたのーシェスカさん?」
「な、なんで!?今シエラと出て行ったじゃない!!大怪我した人がいるって!!シエラは!?」
「大怪我?何言ってるの?私は今来た所だけ……ど……?」
ゲイルの言葉を聞くやいなや、シェスカは弾かれたように治療院を飛び出した。
全力でライナスの元へ走る。
(ライナス様が言ってた、シエラはもしかしたら何者かに狙われているかもしれないって。どうしよう……ライナス様、シエラを助けて!!)
「あそこの柱の下です。足元が悪いので、気を付けてください」
「わかりました。ダレルさん、町長さんと待っていてください。見てきます」
私はそう言って、柱へ歩いていく。
柱の根本は草に覆われていて遠くからだと良く見えない。
もっと近付かないとと思い一歩踏み出そうとした瞬間、突然何か目に見えない壁に阻まれると同時に背後で爆音がした。
驚いて振り返ると、ダレルさんが膝をついている。
「え、ダレルさん!!」
慌ててダレルさんの元に駆け寄ろうとしたのに、またしても壁に阻まれた。
「何これ?」と思って確認すると、私の周り全てに目に見えない壁がある。
どういうことかと焦って壁を叩くも、ビクともしなかった。
「ダレルさん!!ダレルさん!!!!」
ダレルさんの右手から血が滴っている。
そして町長さんがゆっくりこちらを向いた。
私は息を飲む。
その顔は、既に町長さんではない……知らない人の顔だった。
「やっと手に入れた。忌々しい同族に邪魔はされるし、君の家族は使えない奴らばかりだったがね」
この人は誰……?
底知れぬ恐怖に、自然と身体が震え始める。
近付いてくる男から少しでも離れようと後退るが、壁に阻まれて動けない。
「ゲオ!!……っ……貴様を捕まえる」
「フフ……ハハハハハハハッ!!今のお前に何が出来る?僕よりも遥かに魔力の少ないお前に!それにな、僕はただ珍しい物を集めているだけだ。まだ命は奪っていない。何も悪いことはなかろう?」
「………っ」
「もう何も言えんか。では行くとしよう」
ゲオと呼ばれた男は、そう言うとすいっと右手を動かし私に向ける。そのまま開いた手を握りしめると、私は強制的に意識を塗り潰された。
「くそっ!!」
ダレルは息を吐いた。
身体に力が入らない。それでも一刻も早くライナスに知らせねばと無理矢理立ち上がろうとする。
その時、僅かな風と共にライナスが現れた。
ライナスはダレルを見、辺りに視線を向ける。
そこには微かな魔力の痕跡と負傷したダレル以外、何もなかった。
「ダレル、何があった?」
「すまん……シエラちゃんが連れて行かれた」
ライナスは魔力の痕跡を見つめると、地面に両手をついた。
そのまま目を瞑り、意識を集中する。
ダレルは隣で静かにしていた。
そうしているうちに、シェスカや町長、町のみんなが追いついてきた。
「ライナス様!シエラは!?」
「しっ!今追っているから……っ」
「!?ダレルさん、怪我を……」
シェスカは慌ててダレルに駆け寄り、応急手当をする。
数分後、ライナスが目を開いた。
その額には汗が滲んでいた。
「見つけた。ダレル!」
ライナスがダレルに向かって右手を翳すと、ダレルの傷が塞がっていく。
「すまん、助かった。治癒系は苦手で……」
「修練しろ」
ライナスはぐるりと集まったみんなを見渡す。
みんな心配そうな顔で成り行きを伺っていた。
「平穏を脅かしてすまない。私は彼女を迎えに行く。皆はいつも通りに」
「いつも通りなんて無理ですよ、ライナス様。シエラさんはもう町の一員なんです。だから、どうかシエラさんを助けてください。お願いします」
町長が頭を下げると、町のみんなも口々に「お願いします」と頭を下げた。
ライナスはそれを見てしっかりと頷いた。




