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アンデスへの旅路ーギターとケーナの出会いー  作者: 村松希美


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4 コンドル・ラチ 1



 ワイラたちの旅はアルゼンチンのパンパを起点とし、ボリビア、ペルーを縦断することになるのであるが、南米大陸における現代国家の成立は19世紀中葉である。よって、この当時――18世紀後半――はまだスペイン本国の支配下にあり、ラ・プラタ副王領、ペルー副王領と呼称されていた。


 だが筆者は、ワイラたちの所在を明確にさせる意図から、あえて現代の国名を用いることを了承していただきたい。


 ワイラたち一行はフフイの町を過ぎ、西部劇に出てくるアメリカのグランドキャニオンを思わせる多彩な断崖と、鮮やかな対照をなす緑のオアシス、ウマウァカ峡谷を抜け、ボリビアの高原地帯に差しかかっていた。


 ボリビアにまつわる面白いエピソードがある。かつて、世界にその名を轟かせた英国の無敵艦隊もこの国には通じず、怒った英国女王は自国の地図からボリビアを消してしまったという。この国がどれほど辺境の地であるかを示す逸話だ。


 道が悪く空気が希薄なため、高山病に注意を払わねばならないところだが、アトゥックの足取りの軽快さは依然として変わらなかった。それは、集団から少し離れて先頭を行くことに満悦している幼子のようであった。


「おいらの夢は黄金だ。幸をもたらす黄金よ、太陽の国で待ってておくれ♪」

 無防備にもその歌声は周辺の山々にこだましていた。人気がないから良いようなものの、ワイラは気が気でなかった。


 もし宝が実在するとしたら、自ら吹聴して困難を増やそうとしているようなものだ。このようにアトゥックは少々軽率なところもあるが、根っから陽気で溌剌としていたので、旅は軽妙なメロディを奏でていた。


 アトゥックのユーモアセンスあふれる話は、口数の少ないサミをいつも笑わせた。ワイラもアトゥックの話には笑い通しだったが、楽しそうなサミを見ていると時々、複雑な気分になり、そうなるとすぐにその感情を振り払おうとした。その感情が何であるのかは考えたくはなかった。


 アトゥックは身軽で器用だった。ところで、ワイラたちはこの長旅で、どのように食料やねぐらを得ていたのだろうか。


 アトゥックに出会う前までは、親方や隊商の仲間にもらった餞別で過ごしてきたが、それも底を突き、彼らも旅物語ではほぼ相場が決まっている「芸事」で生計を立てるほかなかった。


 ワイラのギター、サミのケーナ。アトゥックはというと、彼もケーナを奏し、サミには及ばずとも素晴らしいものだったが、ワイラたちの曲に合わせて軽業師の真似事をして客を喜ばせた。


 山々の民は音楽を愛好して曲にしみじみと思いを馳せたが、アトゥックの軽業は人々の心を躍らせた。宿や店といっても、まとまった村に行かなければあるものではない。ワイラたちの芸の報酬は、殆どが乾燥したジャガイモと干し肉の料理、そして農家の納屋の片隅であった。

 

 タリハの町を出て数日が過ぎた。天はターコイズを思わせる快晴で、昼食の後ともあって三人は広い岩陰で休息していた。アトゥックの体調はとても良く、じっとしているのが退屈でたまらなかった。


「おい、久しぶりに剣でも交わさないか?」

 仰向けになっていたワイラに言った。アトゥックの剣の腕はなかなかのものだった。ワイラは気が進まなかったが、腕を磨かねばならなかった。ガウチョたちとの一件以来、剣を争いに強いられたことなどなかったが、一寸先はどうなるか分からない。


「お手柔らかに頼むよ」

 ワイラは短剣を抜いた。

「そんなこと言ってたら、サミを守ってやることなんかできないぜ」


 アトゥックは容赦なく突きに出た。ワイラの手から短剣を弾き飛ばそうと、彼の右手に神経を集中させている。


 初めのうち、ワイラは何とかかわしていたがアトゥックのスピードには及ばなかった。拳に激痛が走るとともに、ワイラの短剣が宙を泳いだ。


 その瞬間、ワイラは地面に赤黒い肉片が落ちた幻影を見たような気がした。自身の指が斬り飛ばされたのかと錯乱し、アトゥックに怒りを向けようとしたその時、バキッと小枝が折れ、何かが落ちるような鈍い音がして、目の前のアトゥックの姿が消えた。


 ワイラが慌てて自分の右手を見ると、傷口から血がしたたってはいたが、肉がえぐられた跡などなかった。アトゥックはどこへ行ったのか? ワイラが辺りを見渡すと、サミが飛んできてワイラの後方を指さした。


 落とし穴だ。その中で、服に絡まった木々にアトゥックがもだえていた。

「アトゥック!!」

 ワイラが駆け寄ると、その下からまた別の声が聞こえてきた。言葉の意味は分からなかったが、「助けて!!」と言っているように思えた。


 少年のかん高い声だ。ワイラはすぐさまアトゥックを穴から引き上げると、土混じりの木の枝をかき分けた。中から、赤銅色の肌をした13歳くらいの少年が顔を覗かせていた。顔には、先ほどの木枝による傷が数箇所刻まれている。


「危ないじゃないか、こんなところで!!! 何していやがるんだ!!」

 アトゥックは喜怒哀楽の「哀」を除いては、感情を率直にぶつけないではいられない性格だった。その声の勢いに、少年は少しひるんだ。


「コンドルを待ち伏せしていたんだ。これは、コンドルを捕まえる罠なんだ」

「ねえ、何て言っているんだい?」

 ワイラはアトゥックに尋ねた。ワイラには少年の言葉が理解できなかった。アトゥックと少年はケチュア語でやりとりしていたので、スペイン語しか話せないワイラには分からなかったのだ。


 スペインの支配下にあった当時では、公式な言語はスペイン語を使用しなければならなかったが、土着のインディオたちはインカ時代のケチュア語やアイマラ語を使用していた。


 アトゥックはここでも器用だった。以下、ワイラも土着語の会話を交わすこともあるが、ワイラがその言語に慣れるまでは、すべてアトゥックが通訳しているものとし、その描写は省略させていただく。


「お前一人であの鳥をか?」

 アトゥックは笑い飛ばした。

 コンドルはハゲタカの仲間で、ある種の神秘性を持ち、人々から崇められているアンデスを代表する鳥である。


 その神格性については後述するが、ワシ・タカ類の中では最大の鳥で、両翼を広げると4〜6メートルに達するものもある。アトゥックが笑うのも無理はなかった。どう見ても、この少年一人でコンドルを捕まえるなんて考えられない。だが、少年は本気だった。


「どうやって捕まえるんだい?」

 ワイラが言うと、アトゥックは笑うのをやめ、真顔で少年を見つめた。少年が答えた。

「コンドルは着地すると、こんな平らな場所ではすぐに飛び立つことはできないんだ。だから、この穴の上に地面を装って肉を置き、降り立った時に脚を掴んで穴の中に引きずり込み、ロープで縛るんだ」


 だが、この少年の言っていることは、捕まえるところまでは一人でできたとしても、コンドルの捕獲について述べている文献によれば、取り押さえた後にどうしても2、3人は必要になってくる。コンドルを持ち帰るのも、子供一人では到底無理なことだ。そこで、ワイラやアトゥックが手伝わざるを得ない状況になった。


 コンドルは慎重な鳥だ。例えどんなに美味しそうな肉があったとしても、その地面の周辺に少しでも異変を見つけると決して寄り付かない。ワイラたちは穴の周辺をできるだけ自然に近い状態に戻し、少年を再び穴の中に入れて罠を整えると、遠くの物陰に隠れて息を潜めた。


 2、3時間が経過した。コンドルが大きな翼を広げ、罠めがけて飛んできた。コンドルはすぐには降りず、周囲を観察しているようであったが、それが済むと、穴の上の肉片に足を下ろした。


 その瞬間、少年が中から手を伸ばし、その両足をがっしりと握り締めた。コンドルは驚いて、少年から逃れようと翼を激しくばたつかせた。


 ワイラとアトゥックも二手に分かれ、両翼に飛びつこうとした。コンドルは声を上げながら猛烈な勢いで羽ばたきを始めたので、ワイラたちは振り落とされそうになったが、必死でしがみつき、両翼を後ろ手に結んだ。


 すると観念したのか、コンドルはそのままおとなしくなった。足を縛り終えた少年を穴から引き上げると、三人はしげしげとコンドルを眺めた。


 ワイラとアトゥックは、コンドルをこんなに間近で見たのは初めてだった。黒色の翼に、頸部には首輪を象ったような白い羽毛が生えている。目は鷲のように鋭くはなかった。


「こんな鳥、捕まえてどうするんだい?」

 アトゥックが尋ねた。

「戦わせるのさ。卑劣なスペイン野郎とね」

 少年は最後の言葉を、特に憎しみを込めて強調した。


「スペイン野郎?」

 ここでいう「スペイン野郎」とは、雄牛のことを指す。アトゥックは少年の言ったことを少しは呑み込めたようだが、ワイラとサミには分からなかった。


 コンドルと雄牛の戦い――それは、アンデスの山間地方で行われている「コンドル・ラチ」のことである。ラチはケチュア語で「引っ掻く」を意味する。雄牛の背中に針を使って革紐を通し、これにコンドルの両脚を結び付けて戦わせる、大祭などで催される見世物である。


 これを単なる娯楽として放っておけないのが、学問の探究心溢れる学者陣である。コンドル・ラチにもいくつかの解釈が挙げられているが、ここでは、ワイラたちの旅とも無関係とは言えない、最も一般化されている見解を挙げておく。


 コンドルは古来よりアンデスの地で崇められてきた猛禽(もうきん)であり、牛はインカ帝国の征服後に旧大陸から搬入された動物である。そこから、両者の戦いは「インディオとスペイン人の戦い」を表しているという解釈がある。


 これは、ペルーのコタバンバス地方の小学校教師なども説明していたらしい。インディオとスペイン人との戦いは、コンドル・ラチにおける象徴的な解釈だけに留まらず、現実の歴史の中でも続いていた。


 当時のアンデス社会は、先述したようにスペイン本国による植民地支配を受けていた。支配の原則として、植民地はそのあらゆる問題において本国に伺いを立て、本国の命令は忠実に守らなければならなかった。


 だが、ヨーロッパ大陸とラテンアメリカ大陸を結ぶ当時の海運事情を考えると、迅速に連絡が行き渡るはずがなく、統治は乱れるばかりであった。その余波をまともに受けるのは、他でもないインディオたちである。


 ラテンアメリカ植民地は極端な階級社会であり、18世紀後半は階級間の対立が浮き彫りにされた時代であった。これらを詳説しているときりがないので、かいつまんで説明する。


 植民地行政の中で重要な役割を担っていたのは、「コレヒドール」と「カシーケ」である。コレヒドールとはスペイン本国から導入した官職で、様々な地方において国王を代表していた。その役割は、公正な統治、植民地間で起きる民事および刑事問題の調停、国王の命の励行、不正行為の根絶、行政上の欠陥の補正であった。さらに、管轄下の村のインディオの生活に物質的にも精神的にも配慮し、多くのカシーケたちの横暴や強奪に対する抑制役になることを義務づけられていた。


 カシーケというのは、インカ時代すでに存在した職位で、当時は「クラーカ」と呼ばれていた。職務は、遠隔地での租税の徴収補佐、ミタ(鉱山での強制労働)やその他の過酷な労働に従事するインディオを徴発することであった。


 カシーケはインディオか、その血を引くメスチーソ(白人とインディオの混血)しかなれず、法の上では、コレヒドールもカシーケもインディオを保護する立場に回らなければならなかった。


 だが、実際は弱肉強食の世界にすぎなかった。同種族であるはずのカシーケはコレヒドールと手を組み、インディオたちを虐げた。この少年にも、その魔の手は例外なく及んでいた。


 少年の名はクシといった。クシとはケチュア語で「幸せ」「喜び」「幸せをもたらす者」という意味だ。


 ワイラたちは、コンドルとこの少年とともに山道を下っていた。

「コンドル・ラチだったよね?」

 ワイラが話を切り出した。

「何か、お祭りがあるのかい?」

 ワイラは興行(芸の稼ぎ)のことを考えていた。

「違うよ、僕たちの運命がかかっているんだ」

「運命?」

「このコンドルが村長の雄牛の息の根を止めなきゃ、僕たちはポトシに行かされるんだ」


 ポトシには1545年に開かれた銀山がある(他にも錫、タングステンなどが採掘されている)。当時のインディオの労役に「ミタ」があったが、クシの村民たちはポトシでのそれを強いられていた。


 ミタは苛酷な労役で、故郷を離れると殆どの者は二度と戻れなかった。村民たちは幾度も会合を持ったが話はまとまらず、村長は何を考えたのか、コンドル・ラチで決着をつけようなどという思案を企てた。


 村民の存亡がかけられた大事であるにもかかわらず、コンドルの捕獲を少年のクシ一人に委ねて片を付けようとするあたり、この村長も村民を私腹を肥やす道具としか考えていなかった。だが、村民たちはこのコンドル・ラチに賭けるほかなかったのである。





誤字脱字、言い回しが変なところはAIで修正しました。


この章も自力で書きました。

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