3 アトゥック 2
アトゥックの家は、町から少し離れた小高い丘にあった。すっかり日も暮れ、アドベ作りの藁葺き屋根の扉の隙間から、中の灯が漏れていた。アトゥックは荷を降ろし、馬をつなぎに行く間、二人を戸口で待たせた。何を言っているのか分からないが、騒々しい子供たちの声とカンカンとナベを叩いているような音が聞こえてくる。
「お待ちどう。」アトゥックは戻ってくるなり、勢いよく扉を開いた。
「お帰り、兄ちゃん。」ザワザワした声が一斉にまとまった。アトゥックの周りを五人の弟や妹たちが取り囲み、珍しい来客を好奇の目で見ている。皆、アトゥックの胸ほども背丈がなく、愛らしい表情をしている。円状のいろりの中でトトラの薪を燃やす炎が、八人の影を伸ばしたり縮ませたりしながら家中に揺らす。一番末の、父親によく似たきかん坊の女の子がアトゥックの腕にぶら下がり、来客大歓迎というように体を前後に揺らしていた。
「おい、チャスカ、よしてくれよ。今日はへとへとなんだ。」 アトゥックはチャスカを振りほどくと軽く背中をたたいた。
「兄ちゃん、おちゃくさま?」 舌足らずのチャスカがはにかんで、兄の後ろにピッタリと体を隠し、顔だけを覗かせて言った。
「そうさ、こちらにおはしまする方々は太陽の帝国への使者、ワイラ卿とサミ嬢なるぞ。丁重におもてなしされよ」
アトゥックは頭を軽く下げ体を傾けて、まるで王子と姫を紹介しているようにまじめな調子で言った。弟や妹たちは吹き出し、アトゥックの言葉どおりに素早くいろりの周りに二人の席を用意した。この家には窓がなく、いろり、壁に沿って二段ベッドが三組あり、戸口の壁に乾燥したとうもろこしが二十本ほど掛けられていた。ベッドが置かれた反対側は布で仕切られ、そこから豪快な鼾が聞こえてきた。父親が眠っていた。
アトゥックはとうもろこしと干し肉のスープを持ち、父親を揺り起こすと、改めてワイラたちの旅の話を手短にした。アトゥックたちの父親は痩身だが体ががっしりとしていた。アトゥックの荒々しい気質に比べると、穏やかで人を和やかにさせるものがあった。
「また随分遠い所から来なすったんですな。子供たちが喜びますから、好きなだけいてやってください。私がこのとおりなんで。倅はよくやってくれるんですよ」
アトゥックは照れ臭そうに頭を掻き、ワイラたちを見ていた。ワイラとサミはこの家族の温かさに触れて、ほほ笑まずにはいられない。食事の後、ワイラとサミはギターとケーナで礼をつくした。アトゥックの弟や妹たちは幼かったが、 黙々と曲に聴き入っていた。
夜も更け、幼子たちが眠ってしまうと、アトゥックはレンガを一つ取り外し、中から紙切れを取り出して言った。
「お前たち、クスコへ行くんだろ。俺も連れて行ってくれないか?」
ワイラとサミは顔を見合わせた。ワイラは紙切れを開いて見せた。紙切れには、“インカの財宝”と大きな見出しが出て、金や銀の細工の挿絵が載っていた。
「こいつを探し当てるのが俺の夢なんだ。どこにあるのか分からないけど、確かにあるんだ。俺、学校に行ったことがないからよく分からないけど、クスコは昔、インカの国の都だった所なのさ。最後の皇帝が殺される前に、家来に命令して集めさせたお宝がどこかに眠っているんだ。俺はそれを探し当ててみんなに楽な暮らしをさせてやりたい。分かるだろ?」 アトゥックは懇願した。
「アトゥック、まだそんなことを言っているのか。そんな夢のようなことばかり言ってないで、早く寝てしまえ。明日も早いんだろう」
始終聞いていた父親が口を挟んだ。
「父ちゃん、俺は決めたんだ。今がチャンスなんだ。頼むよ」 アトゥックの意志は堅いようだ。父親はそれ以上何も言わなかった。ワイラは困った。アトゥックのような相棒がいれば旅は賑やかで心強いものになる。しかし、目的が違った。ワイラは一刻も早く、サミの兄さんを見つけだしてやりたかった。
「僕たちは、サミの兄さんを探しに行くんだ」
「途中まででいいんだ。一人じゃとてもあそこまでは行けない。宝を探すのはいつでもいいんだ。君の兄貴を見つけた後だって」
アトゥックはサミにもすがるように頼んだ。アトゥックはすぐに人に食いかかるようなところがあるがいい相棒になりそうだったので、ワイラは承諾した。サミも同じ気持ちだった。アトゥックの父親は何も言わずに、若い三人を見守っていた。
サルタを発つまでには時間を要した。アトゥックが父親の代わりに働かなければならなかったし、ワイラたちの方もラバに替えるにはお金を稼がねばならなかった。サルタはフォルクローレの宝庫として有名な町だ。
フォルクローレとは、現在ポピュラーなところでは、ここ中南米のフォークソングまたはフォークミュージックのことを指す。語源は英語の「フォークロア」をスペイン語読みした借用語である。本来の意味である「民族」「民間伝承」「民族学」のとおり、この素朴ではあるが魂を揺さぶるような音楽は、中南米民衆の生活情感とは切っても切れないものがある。ワイラたちの奏でる音楽もこれに属する。
ワイラとサミはアトゥックと一緒に朝出掛け、毎日のように街頭に立った。お金は思うようにすぐには貯まらなかったが、ワイラたちの奏でる曲は町で評判になった。アトゥックは相いれない主人の下で、夢を抱きながら懸命に頑張った。そして、父親の足がすっかり良くなるころには、ワイラたちにも必要なお金が貯まり、ラバ市を待つだけとなった。ラバ市は毎月十日に行われており、この町の名物でもあった。
市の当日、それはアトゥックの旅立ちの日である。ワイラたちはアトゥックの家族とともに広場に行った。たくさんのラバが集められた。ラバは馬とロバの雑種で、軽快に規則正しく歩くので、婦人の乗用や荷物の牽引にも人気があり、最良のものは皇室でも使用された。市には、上等なものから劣るものまでいろいろと出されていた。
アトゥックの父親が念入りに品定めをして連れて来た。ワイラは手綱を受け取ると礼を言った。アトゥックにチャスカが寄って来て膝に顔をうずめて言った。
「兄ちゃん、元気でね」
幼いながら泣きたいのを堪えようとしているので、アトゥックはたまらなくなり、チャスカの頭をポンと軽くなでると、ワイラの手綱をもぎ取り、一人すたすたと歩きだした。他の弟妹たちが叫んだ。
「兄ちゃん、頑張れ!!」
ワイラとサミはアトゥックの父親に礼をすると、アトゥックの後を追った。アトゥックは力強く歩を進めていたが、鼻の先が赤くなっていた。ワイラたちは何も言わずに並んで歩いた。
誤字脱字、言い回しの修正はAIがしましたが、
この章も自力で書きました。
この物語は元々未完成だったので、物語の後半はAIが書いています。




