1 出会い 2
「ワイラ、牛を放ったらかしにして、どこへ行っていたんだ? 頭領が探していたぞ」
野営に戻って来たワイラに相棒のサンチョがたずねた。
「ミントウがいなくなったんだ」
「ちぇっ、またこいつか。ミントウが見当たらなかったから、そうだと思ったけどよ。世話をやかす奴だな、まったく。みんなには内緒にしていたけどよ、こいつ、昨日も俺をてこずらせたんだぜ。さんざん捜し回ってよ、どこにいたと思う?
頭領たちが囲んでいた火の後ろ側にいやがったんだ。その前は、えーい、 いちいち挙げるときりがない。子牛の時は、なりはいいし賢い奴だと思っていたのによ」
サンチョは、ミントウを散々ののしった。
しかし、ワイラはサミに出会えたのはミントウのお陰なんだと思うと、サンチョのようにはののしれなかった。
ミントウという名は、サンチョが気まぐれに付けたのであるが、この時代から、 更に百数十年後の今世紀の作家、アルゲダスの『血の祭り』というアンデス各地にある神秘性を帯びた牛の名である。
雷鳴のとどろく嵐の夜に突如として湖から姿を現し、人に馴れず、他の牛とも交わらず、ただ一頭で山をさまよっていた神秘的な牛。
ワイラは「血の祭り」のそれとは程遠い放浪癖のあるミントウのお陰で、どこか秘密めいた少女サミに出会えたのだ。
「頭領は?」
「おまえを探しに行ったぞ、長い間いなかったからな。でも、じきに戻るだろう、おい、どこへ行くんだ?」
満月は西に傾いていた。ワイラは、サンチョのランプからは見えなくなるくらい離れた所まで行き、そこで待っていたサミと馬を連れて戻って来た。馬は、 サミが村に用がある時に使っていたもので、いつも母と二人で出掛けていた。
サンチョは軽く口笛を吹いた。
「その娘は?」
「この沼地で出会ったんだ」
サンチョは、白人ではないが、自分たちと同じくらい肌の白い黒髪の少女をじっと見つめていた。
「おまえと同じインディオか?」
サミはじっと見られるのを快くは思っていないようだった。ワイラが言った。
「そうだよ。そんなに見ないでよ」
「いや、ごめん、混血でもなさそうだし、インディオにしては肌が白いと思ってさ」
サンチョはワイラの倍は年をとっていたが、彼は思ったことをすぐ口にする性分だった。
「で、その娘をどうするんだ?」
「サミの兄さんを探しに行くのさ」
「おまえもか? ここはどうするんだよ」
「だから、そのことで頭領に話があってさ」
ちょうど、そこに頭領が現れた。長身で雄牛のようにがっしりとした肩に、目は切れ長で細く、威厳のある顔をしていた。仕事には厳しく、誰に対しても公平で、筋が通っていた。頭領には、誰もが一目置いていた。
「ワイラ、こんなに長い時間、どこへ行っていたんだ。牛はすぐに見つかったはずだ」
「すみません、牛を見つけた後で、この娘に出会ったんです」
ワイラはサミを指した。そして、サンチョの方に目を遣った。サミを見ると、他の人には、あまり自分のことを知られたくないと思っているようだったからだ。 頭領はすぐに察し、サンチョに座を外すように言った。
サンチョは舌を鳴らし、つまらなさそうに右手を後ろに振り上げ、仲間たちのところに戻った。ワイラは、サミのことをかいつまんで話した。そして、最後に言った。
「サミの兄さんを探す手伝いをしたいんだ。彼女一人では行かせられません。お願いです。頭領」
頭領はワイラを凝視し、彼の決心の固いのを読み取ると、サミの馬に触り、口をこじあけて歯をのぞき込んだ。
「クスコか、遠いぞ。だが、この馬なら、サルタまでならもつだろう。そこでらばに変えればいい」
頭領は、サミの身の上には深入りせず、いつもの愛想のない口調で言った。
「方向は全く逆だからな。今夜はよく休んでおけよ。徒歩では、道中厳しいからな」
ワイラは何を言われるかと思い、内心、ハラハラした。もっとも、反対されても旅立つつもりであったが。頭領は、八才の時に両親と死別したワイラをここまで育ててくれた父親のようなものだ。引き取られた時から、子供をあやすような口ぶりで、ワイラに接したことはなかった。こんな頭領を幼かったワイラは、初めは怖れもしたが、一緒にいるにつれ、彼の暖かさが分かってきたのだった。
「ありがとう、頭領」 ワイラは頭領の背を見送りながら、心の中でつぶやいた。
翌朝、ワイラがとうもろこしの紙袋に挟み込んでいた足をひっぱり、眠い目をこすりながら、上を見ると、サミの姿が見当たらなかった。昨夜、サミは隊商の男たちに簡単に紹介された後、すぐにワイラの牛車に入り、小麦の紙袋を五つほど積み上げたベッドの上に眠った。
サンチョの鼾が響いていた。ワイラは慌てて牛車から飛び降りた。牛車から地面まではワイラの胸くらいまであり、霜柱を踏みつける音が大きく鳴った。すぐ近くにサミの降りた跡があり、そこから足跡が続いていた。朝もやが立ち込めた中にサミの姿が浮かんでいた。
「サミ……」
「ワイラ、ありがとう。何が起こるか分からないのに」
サミは悲しそうだった。兄と離れた訳をワイラにはまだ言えないでいた。
危険を伴うかもしれない旅に同行してくれるワイラのことを、まだ信頼できないでいる自分が嫌でたまらなかった。ワイラはサミがなぜそんな顔をするのか分からなかったが、自分の意志を伝えた。
「いいんだ。こうしたかったんだから。君の……」 その先が言葉にならなかった。
朝日がちょうど東の空に昇ろうとしていた。朝もやがはれ、起きたばかりの男たちの影がワイラたちのところまで伸びてきていた。
「ワイラ! 牛を車につなぐのを手伝ってくれ」
サンチョがバカでかい声で叫んだ。
ワイラが牛をつないでいる間、サミは少し離れたところでそれを見ていた。 男たちはサミにあまり話しかけなかったが、時々視線を投げかけた。サミも自分からは話しかけたりしなかった。
出発の準備が整うと、男たちはワイラに食料や毛布を渡し、別れの言葉を交わした。旅路は彼らとは反対方向だったので、ここで別れなければならない。ワイラは元来た道を北へ向かう。
10年近くも一緒に大平原を行き来していた粗野で陽気な男たち。別れの言葉も彼ららしく、乱暴だが温かみがこもっていた。
「そっけない奴だな。ガキの頃から一緒だったのによ。変な気起こさずにちゃんと守ってやれよ」
サミはワイラと顔を合わせられないという様に下を向いた。露骨に言われたのでワイラも顔が赤くなった。年頃だが、そんなことは全く思いもしなかった。
「おい、何やっていやがるんだ! ワイラともうすぐ別れるというのに」
サンチョがワイラの代わりの相棒、フワンという男を突っついた。フワンはサンチョより二才年下で、性格も正反対であった。フワンは彼らに背を向けて、牛肉をくるんでいた紙を乾かしたものに何やら描いていた。
「ほう、おまえにそんな才能があったなんてな」
サンチョはフワンからそれを取り上げると感心した目で見、ワイラに渡した。サミの似顔絵だった。フワンもサミに視線を投げかけた者の一人だった。
「フワン」
「そいつをワイラにあげるよ。まだあるから」
と言って、フワンはワイラと牛番をしている時、よく地面に牛や馬の絵を描いて見せていた。ワイラは彼の絵が上手なことは知っていたが、他の者は知らなかった。
最後に先頭に立った頭領に挨拶した。屋根から長く垂れ下がっている鞭を先頭の手の背に思いっきり当てると、牛車が動き出した。ワイラは、最後の車が見えなくなるまで見送った。
自力で書きました。
アルゼンチンには行ったことがないですが、アニメ母をたずねて三千里のマルコの旅にこの牛車の隊商が出てきました。アニメを見て空気感を詰めた描写ですね。




