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アンデスへの旅路ーギターとケーナの出会いー  作者: 村松希美


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1 出会い 1




 時は、18世紀の終わり頃。月日の流れは早いもので、インカ帝国が滅亡して、 200年が過ぎようとしていた。インカの都クスコは、以前のように、黄金で彩られた華々しさは、時の流れとともに薄らいでしまったかのように、今では、見る影もなかった。ただ、侵略者たちの破壊を免れ、彼らの建築物の土台として残ってある石壁だけは、圧迫されながらも、大地とつながるその奥深いところで、脈打つかのように、どっしりと構えていた。

  土地の人々は、その情景を見て言う。


インカの神は待っている

再びこの地に魂が戻って来ることを

廃墟と化した神殿は

救世主の到来をじっと堪えて待っている



 そこから、遥か南へ下り、山岳を降りると、大平原が東と北、そして、南に広がっていた。

 


 大地を南に向かって、5台の牛車から成る隊商がのろのろと進んでいた。どこまで行っても、毎日々々、同じ丈の短い草ばかりの平原か、希に見えて、葦原に囲まれた沼があるという単調な風景が続いた。幅のある牛の声が、 大地に強調された。仕事とはいえ毎度のことながら、この先1ヶ月近くも小さな村が散在する以外、このような風景が続くと思うとうんざりした。


 日中、隊商の者のほとんどは、おもしろくない顔付きで眠っていた、この中に、 一人の若者がいた。


 年は、16才くらい。彼の名はワイラといった。ワイラという名前はケチュア語で、思慮深い風のような演奏者という意味だ。


 彼は、黒髪に均整のとれた体格で、インディオ独特の褐色の肌をしていた。目は普通のインディオより大きくやさしかった。首には青いネッカチーフを巻き、赤茶色のポンチョを被って、御者台に座っていた。


 牛車に 向かって影がだんだん長く伸びてきている。一日が終わろうとしていた。ワイラは、もっていたかギターで 曲を弾き始めた。景気のいい曲だ。中で眠っていた一人の男が起きてきて言った。


「頭領、今夜は、この辺で休むとしませんか? ワイラもこの曲を弾いていることですし」

 男の顔は昼間と違いいきいきしていた。

 「ようし、今夜は、これまでー!」

 馬にまたがっていた頭領は各車に言って回った。各車から元気な声が返ってきた。これから酒を飲むのだ。男たちは毎晩のようにそれをしていた。しかし、飽きることはなかった、これか、男たちの慰みなのだ。男たちはめいめいに、酒と食料を持ち出し、火を起こす準備をしていた。


 夕日は、遥か彼方の地平線に沈んでしまった。星が浮かび始めた。男たちは宴を始めた。頭領のケーナの音が流れてきた。


 今日のワイラは、この宴には加わらなかった。牛の見張り番をしなければならなかったからだ。彼は火を起こすと、ギターを弾き始めた。ワイラはこうしている方が好きだった。彼の慰みはこうしてギターを弾くことだった。


 大空いっぱいに散りばめられた雪のかけらのような星、それらを見ていると、指の方も軽やかに動いた。ワイラは我を忘れて、奏でる曲に酔いしれていた。こんな気分になれたのは久しぶりだった。


 ワイラは息ついて、牛を数え始めた。30頭いるはずなのに1頭足らない。(そんなバカな!)  ワイラはランプに火をつけ、辺りを見渡した、宴の灯以外は何も見えない。(頭領に知られたら、とんでもないことになる!!)

 ワイラは、牛の群れを放っておいて、窓の灯とは反対方向にまっすぐ走った。


 

 息切れがしてきたので立ち止まり、周囲をランプで照らしてみた。相変わらずの平原で牛の姿はどこにも見当たらなかったが、葦藪のような所が見えた。


 ワイラは、そこに向かって走った。牛が入って行けそうな入り口はなかったが、もう少しこの辺りを探してみることにした。ワイラは、枯れて横たわった葦につまずそうになった。あごに痛みを感じた。ギターの先の部分がワイラのあごに当たったのだった。牛探しに夢中だったので、ギターを掛けたままで来たことに今まで気が付かなかったのだ。


 ワイラはギターを置き、ほどけた革靴の紐を結び直し立ち上がろうとした時、葦藪の中に向かって続いている道を見つけた。


 ワイラはギターを掛け直すと、この道をたどった、ガサガサと葦を踏み付けるワイラの音だけがする。どんどん奥へ入って行く。牛はまだ見付からない。ランプの灯りだけが頼りだ。


 もうしばらく道に沿って行くと、大きな沼に出た。少し前に出たらしい満月が、沼面にくっきりと映っていた。牛はそこにいた。


「ハラハラさせやがって!」 ほっとしたワイラは、牛の頭に軽い拳固を食らわした。

 (それにしても大きな沼だな。一回りすると、一時間はかかりそうだ。) ワイラは沼全体を見渡すと、顔を洗おうと沼水に手をつけた。晩秋の沼水は、さすがに冷たかった。ワイラは、顔の滴を拭きとるため、ベルトに結わえ付けていた手拭をとった。


 その時、快い風とともに、笛の音が流れてきた。ワイラは耳を澄ました。こんなにきれいな音色は今まで聴いたことがなかった。頭領のメンドーサのだって、 これほどまでに澄んでいない。


 ワイラは、その笛の音かする方向へ吸い寄せられるように歩いて行った。牛もその後ろを快さそうについて来た。


 音色は、沼の向こう側から聴こえてくる。ワイラは薄暗い灯かあるのに気が付いた。音は大きくなってくる。近づくにつれ、ますます澄んだ音色が聴こえてくる。音はかなり大きく響いている。 でも、人影は見当たらない。


 一軒の小さな家が見えた。ワイラはそこから少し離れた柵の所まで来ていた。 ランプを消した。満月だから、消しても辺りがよく見えた。


 家のすぐ近くに井戸があり、その傍らにこの辺りではめずらしい見事な枝振りの大きな木があった。 音はそこから流れてくる。


 ワイラは柵を越えて、その庭に入った。このきれいな音色を奏でている主が知りたかった。 ワイラは、音色の主に分からないようにそっと家陰に隠れてその木を見上げた。


 おさげの少女だ!!  ワイラと同い年くらいの。襟元と袖口に幾何模様の刺繍が入ったベージュ色のワンピースを着ている。


 少女の視線は遠くの方を向いている。何だか寂しそうだ。細い指かしなやかに動く。ワイラは自分でも知らないうちに、その木の真下まできて、その曲に聴き惚れている。少女はまだ、ワイラに気づいていない。


 ワイラは思わず肩にかけていたギターを取ってその曲にあった和音を鳴らした。


 少女は、ぴっくりして笛を落とした。ケーナだ。少女はまじまじとワイラを見ていた。


「ごめん、邪魔しちゃって。」


 ワイラも我に返りびっくりして言った。少女は何も言わずにそそくさと木から飛び降りた。きれいに結われた長いおさげが揺れた。ワイラはケーナを拾い少女に渡した。


「ありがとう。」少女の目には涙の後があった。ワイラは何と言ったらよいのか分からなかった。


 少女はケーナを受け取ると、家の中に入ろうとした。ワイラはもっと少女とこの曲について知りたかった。


「待って!! 君のケーナがあまりにもすばらしいから︙」 ワイラは言葉を切った。そして、ギターに触った。

 「合奏してくれないかな?」 少女は少し驚いたようだった。

「さっきの曲、もう一度吹いてくれないかな?」 少女はためらった。


「どうかしたの? さっきの曲気持ちがとっても和むんだ」

 ワイラはまるで魔法にでもかけられていたようだと思った。しかし、少女を見ると、何だかワイラとは違う。依然、淋しそうだ。郷愁を感しているような。


 「だめなら、他の曲でもいいよ。君の澄んだ音色に一曲合わせたいんだ。」


 少女は唇にケーナを当てた。アンデスの守り神、コンドルが立派な翼を広げ、 雄大に大空を飛んでいるといった感じの曲だ。前の曲と比べると、この曲の方が明るい。間奏になって、小刻みのリズムが続く。体が自然に動き出しそうだ。少女はステップを踏み出した。さっきとはまるで違う。ワイラも一緒に踏み出した。


 曲が終わった。少女は笑顔を見せている、ワイラは、ふーっと一息ついた。踊った後の一息でもあるが、少女の笑顔にほっとしたのだ。


「僕はワイラ。君は?」

 ワイラは思わず言った。

「私、サミっていうの。あなた、ギターが上手ね」

 サミはギターに触りにきた。サミという名前はケチュア語で高潔、純粋、成功という意味が込められている。


「ギターを聴くのは久しぶりだわ」

 サミはきゃしゃな指先で弦を弾いた。音は不協和音だ。

 「どこから来たの? この辺りは人が滅多に通らないのよ」

 

「僕は、牛車で旅をしている隊商の一員さ。北はサンチャゴ・デル・エステロ、南 はバイアプランカまでね。今はブエノスアイレスへ向かっているんだ。今夜は牛の番で︙」


 ワイラはそこまで話すと、ハッとした。ケーナに気をとられていたから。でも. 後ろを振り返ると、牛はのんびりと草を食べていた。それを見ながら、ワイラはここまで来た経緯を話した。


「人か滅多に通らないなんて、君はこんなところで何をしているんだい? ここからたどどっちへ行っても2日はかかるよ」

「そうね、でも、畑があるから村には用がないわ。母と私で何とかやっていたしね」


 サミはしばらく黙っていた。ワイラは牛の後ろの方に、家を囲んだ柵と同じくらいの太さの2本の棒が、間隔をあけて埋められているのに気が付いた。棒の先の方は平たく削られ今まで見たこともない太陽の紋様が刻まれていた。

 棒の先の中央は、凛然とした男の顔のようであった。その片方の棒が埋められているあたりの土は、盛られて間かないのか、こんもりと盛り上がっていた。


「君、ひとりぼっちなの?」

「ええ、でも、双子の兄がいるの、どこにいるのか分からないのだけれど。母は死ぬまで兄のことで頭がいっぱいだったの。私たち兄を見捨ててしまったんですもの」

 そういうと、サミは泣き崩れた。


(見捨てたって、何かやむを得ない事情があったにちがいない。)


 ワイラはその訳を知りたかったが、あえて問いかけたりはしなかった。問いかけてはいけないような気がした。かわりに、(うずくま)っていたサミの肩にそっと触れた。サミは泣き止んだか肩が震えていた。


「ごめんなさい、取り乱したりして」

 サミは涙を拭い平静を装った。そして、そのことはそれ以上何も話さなかった。

 

 ワイラはギターで穏やかな曲を奏で、話題を変えた。

 「僕は、こうしていると心が和むんだ、君のケーナだって同じだろう?」

「ええ、ケーナは母から教わったの」

「音色がとってもきれいだよ、あんなに透き通ったのは耳にしたことがないよ」

 ワイラの言葉には力がこもっていた。サミは、少しはずかしそうにワイラから目をそらしたが、ワイラの気持ちを読み取ろうと瞳を向けた。


「サミ……」

 ワイラは何が言おうとして言葉を失った。その時見開かれたサミの澄んだ黒い瞳に、ケーナの音色と同じように何だかよく分からないが、すごく引き付けられるものを感じた。淡い恋のようではない。もっと高貴なものだ。言葉でうまく表現できないが、今まで通り過ぎたいろいろな町や村の女たちとは何かが違っていた。


 ワイラの脳裏にまた、あの曲が流れ出した。しかし、鮮明ではない。忘れてしまいそうだ。あの曲に耳を傾けた時の、あの快い感触を忘れられそうになかった。 そして、どうしても、あの曲に合わせてギターを弾きたかった。


「サミ、あの曲を聴かせてくれるわけにはいかないかな?」

 ワイラはしつこいと思ったがもう一度頼んでみた。サミは当惑していた。

 「今日はもうできないわ」

 「それじゃあ、明日の朝くれば……」

 ワイラは急にサミの今後が心配になった。


「サミ、君はずっとここで暮らすの? もし、君さえよければ、僕のところへ来ないかい?」

「ありがとう。でも、私は兄を探しに行くわ。あの曲の都に」


「あの曲の都?」

「クスコよ。ここよりずっと北のアンデス山中にある町。あの曲は古くからそこに伝わっていたものなの」

 ワイラはあの曲どころではなかった。


「 そんな遠くへ君ひとりでかい?」

 サミは黙ってうなずいた。

「無茶だよ。この大平原だけでも荒くれ者が山のようにいるんだぜ。それだけじゃない。ピューマだって」

 ワイラは声を大にして言った。


 「それでも、行かなければ。クスコへ行かなければ兄のことは分からないままなのよ」

 サミは毅然として言い放った。ワイラは口を閉ざした。サミを放ってはおけなかった。一人では行かせられない。そう思うと言葉が突いて出た。


「僕も一緒に連れて行ってくれるかい?」

 ワイラはそう言うと、目を丸くしサミを見ながら、なぜかそうしなければならない命運のようなものを感じていた。





いよいよ、ワイラとサミが動き出しました。


この章は自力で書きました。

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