8 太陽の島へ 2
家の中では、この男の父親が天日干しされた魚の仕分けをしていた。
「ロカか? 明日はこの魚を売ってきてくれ」
父親の目は仕分けの方に集中していて、扉の方を見ていなかった。
「父さんに客人だ。聞きたいことがあるんだって。ほら、俺が幼い頃にこの島にいたとかいう、双子の兄妹の赤ん坊のことで……」
父親は顔をあげ、男の後ろにいたワイラたちの顔をまじまじと見つめた。
「双子の兄妹って、リョケのところの……」
「リョケさんって、サミのお父さんですか?」
ワイラはうれしくなって、唐突にも言った。
「ああ、そうだ。サミって、お前たち、どうしてあの娘の名前を知ってるんだ。どういう関係なんだ」
父親は疑わしそうな目をワイラに向けた。
「僕たち、怪しい者ではありません。サミとは、アルゼンチンのサンチャゴ・デル・エステロの近くの大平原で出会って……」
「えっ、どうしてそんなところで……それなら人違いかも知れんぞ」
ワイラは心配になり、先程のサミの似顔絵を見せた。
「サーヤだ。サーヤにそっくりじゃないか」
「サーヤはサミの母親だよ。これなら間違いない。さあ、先刻のつづきを話しておくれ」
ワイラは今までの旅の経緯を話した。
「それでこの娘のことを知りたいって訳か」
父親は納得した。
「君たちはインカ帝国って知っているかね?」
「はい、サミから少し聞いたことがあります」
「どんな事だね」
「インカ帝国に伝わるすばらしい曲の事くらいだけど」
「それじゃあ、この島の事については聞いていないね。この太陽の島はインカ誕生の地と呼ばれてね。いろいろないい伝えがあるんだが、まずはその事から話そう。
インカの創造神はビラコチャ様といって、このチチカカ湖からある時ぬーっと現われた。それは暗闇と静寂に覆われた世界だった。
そこでビラコチャ様は二つの太陽、インティとパフシを作り、地上を明るく照らすように命じなさった。二つの太陽は素直に天に上り役目を果たしておったが、あるとき、パフシの明るさに嫉妬したインティが、パフシの頭めがけて灰を投げつけ、パフシの明るさを減らし月に変えてしまった。
そんな事を知らないビラコチャ様は、花崗岩からいろいろな人間を精魂込めて作っていた。初めはこの人間たちもそれぞれの役割をまじめに果たしていたが、ある日、スーパイという邪神にとりつかれ、邪悪で怠惰な性格に変わってしまった。秩序が乱れ、争いが絶えなかった。
それを知ったビラコチャ様は激怒し、川を氾濫させ、山を崩し、湖を波立たせ、人間の傍若無人ぶりを懲らしめようとした。
かつての美しかった人間の世界を廃墟に変えてしまった。わずかに生き残った人間は北の地に逃げ延びたが、もはや知恵も徳も失っていた。それを見かねた息子のインティがある日、ビラコチャ様に言った。
『どうか、あの荒涼とした大地にさまよえる惨めな人間たちへのお怒りをお鎮め下さい。私の優れた子供たちを彼らの元に遣わし、彼らを正して御覧に入れます』
ビラコチャ様はこのインティの申し出に快く賛同した。こうしてインティは、双子の兄妹マンコ・カパックとママ・オクリョを、インティ・カルカ(太陽の岩)と呼ばれるこの太陽の島に降ろした」
ここまで話すと、父親は一息ついた。
「ちょっと待てよ、マンコ・カパック、ママ・オクリョっていったら、インカの太陽神に黄金の杖をもらい、クスコまで旅したというあの兄妹神のことか?」
アトゥックはラパスで物語りのヤワルに聞いていた事を話した。
「そうだとも、よく知っておるの。インカの太陽神というのはこのインティのことだ。ところで、リョケの双子の子供たち、兄のサイリと妹のサミの事だが……」
「この双子の兄妹神の伝説と何か関係があるのですか?」
ワイラはどうしてサミ兄妹に結びつくのか分からなかったが、「双子の兄妹というところが一致するので聞いてみた」
父親は腰に結わえつけていた布袋からコカの葉を一枚取り出し、口の中に入れた。
「今も変わらぬが、私らこのアンデスのインディオは、スペイン人の暴政に虐げられておる。私らは何かにすがりたかった。それがこの双子の兄妹神の伝説だ。この村の民は、いつかはスペイン人たちの暴政を正す、あの双子の兄妹神のような人々がこの地に現われると信じておった。
そこへ、リョケの家に男女の双子が生まれた。
リョケとサーヤは農民だったが、私ら村民とはどこか違った雰囲気が漂っておった。高貴というか、品があるというか、王族の者のようだと皆が口にしておった。リョケの一家は皆に優しく人望も厚かった。だからサイリとサミが生まれた時、あの伝説を信じた村の民たちは大騒ぎし、双子を私らの生き神様に仕立てようとした。
だが、リョケとサーヤはそれを好まなかった。皆のスペイン人たちへの気持ちは分かるが、自分たちはあくまで私らと同じ村民であって、そんな神などではないと言い張った。子供たちを平凡に育てたかったのだろう。それでも村の民の期待は膨らむばかりだった。
ある日、リョケの一家はこの島を出ることにした。その時、船に乗せたのがこの私だ。勿論村民はそんなこと知らないがね。リョケたち一家が急にいなくなったので、村の民は悪い事をしたと後悔したがの……私は彼らがどこへ移ったか、村の民には伝えん方がいいと思って、沈黙を守ることにした」
「その地がクスコだったんですね」
「そうだとも。だが、私が知っていることはそれだけだ。リョケの一家がどうしてクスコで悪漢に追われたのかは分からぬが……」
「それでは、サミを誘拐した黒服の男たちの事も心当たりはないですね……」
ワイラはサミも知らない過去が分かったのは嬉しかったが、すぐに気落ちしてしまった。
「おい、そんなにがっくりするなよ」
アトゥックがワイラの肩に手をやった。
「それじゃ、リョケさんやサーヤさんは、ずっとこの島の人間だったのですか?」
今度はアトゥックが問いかけた。
誤字脱字、言い回しが変なところはAIで修正しました。
この章も自力で書きました。




