8 太陽の島へ 1
「サミ……」広場に戻るワイラの足取りは重かった。
サミが誘拐されたほんの数分間の出来事だったのに、ワイラは何日も経ってしまったように思えた。
「なぜもっと強く握っていなかったんだ。何があってもあの手を離さなかったら……」ワイラは自分を責めた。うつむいてとぼとぼと歩を進めると、チャリンという音がした。うつろな目でその音がした方を見ると、ワイラは驚いた。あのサミの太陽の紋章が、ちょうどあの車がとまっていた辺りに落ちていたのだ。
(よく、誰にも拾われなかったものだ)
ワイラはそれを素早く拾うと両手でおおい隠し、少し開いてじっと眺めた。奴らの目的はサミ1人だったんだ。サミはどうして狙われたんだ?奴らは何者なんだ?そしてサミをどこへ連れて行くつもりなんだろう?
ブランカが叫んだ。道中、ワタハタを過ぎると、もうチチカカ湖が見えてきた。
「海か……海ってこんな感じなのか」
アトゥックは頭の中で、まだ見たことがない海に重ねあわせた。
「あら、海を知らないの?」
「あたり前だろ。サルタの街を離れたことがないんだから」
2人は一時サミのことを忘れてのん気にこういう話をしていたが、ワイラの頭の中は一時もサミの事を忘れることはできなかった。
今、いったいどこにいるだろう……。
あの黒服の男たちに酷い目に遭わされていないか、太陽の島へ着いて本当にサミの手がかりがつかめるのだろうかと不安と焦りでいっぱいだった。チチカカ湖を見ても表情を変えないワイラに気付いたアトゥックだったが、かける言葉も出なかった。サミがいなくなってから、アトゥックやブランカが話しかけても、1人でずっと塞ぎ込んでこんな様子のワイラだったが、コパカバーナに到着して北東にぼんやり浮かぶ太陽の島を見ると急に元気が出てきた。
「アトゥック、ねえ、アトゥック、太陽の島だよ」
ワイラは荷馬車を止めて、後ろで眠っていたアトゥックをゆり起こした。
「えっ?!」
「見て、サミが生まれた島だよ」
アトゥックが寝覚めの目をこすりながらワイラの指す方向を見ると、サミを狙う悪漢たちの謎を覆い隠そうとしているかのように、太陽の島はぼんやりとモヤがかかっていた。
「まずはあのモヤを取り除かなきゃな」
「えっ?」
「悪漢の正体を暴くということさ。元気になったところで、ワイラ君よろしく頼むぜ」アトゥックはワイラの肩を軽くたたいた。
「僕、そんなに元気がなかったかい?」
「なんだ、あんなに難しい顔していたのに自分で気付いていなかったのかよ、まあ無理もねえけどな。お前がうらやましいぜ」
アトゥックはサミのことをもちろん心配していたが、自分がワイラのようにはなれなかったことを冷静に分析した。
「ワイラはお姫様のことを心配して夜も眠れない王子様みたいね」ブランカがふと思いたった事を言った。ワイラは2人にそう言われて頬が赤くなるのを感じた。
チチカカ湖畔におりると、ワイラたちは辺りを見渡した。太陽の島へ渡る方法を考えていた。荷馬車を載せられるような大きな船はなかった。桟橋には、漁師が使う3、4人が乗れそうなボートのような船が2、3艘あるだけだった。でも所有者らしき人は見当たらなかった。ワイラたちはしばらく湖畔にたたずんでいた。半時間程経ち、1人の若い男が桟橋に現われた。20歳くらいの日に焼けた若者に、ワイラたちはすかさず声をかけた。
「あのすみません、その船でどちらへ行くのですか」
「そりゃあんた、太陽の島しかないだろ。今から帰るんだ。俺はあの島からこの街へ来たんだからな。今朝獲ったマスを売りさばいたのさ」
「太陽の島から!」
「そうだとも、俺は生まれも育ちもあの島さ」
「あの、サミっていう娘、そうだ、これを見てください」
ワイラは今の今までサミの似顔絵のことを忘れていた。あの隊商のフワンが別れ際にくれたものだ。ワイラは雑のうの底からサミの似顔絵を取り出すと、男に見せた。
「へえ、可愛い娘だな」
「この娘について何か知りませんか?」
「さあ、島じゃ見かけない娘だな」
サミは赤ん坊の頃から一緒にいなかったので知るはずがないとワイラは思い直した。
「赤ん坊の頃に両親と双子の兄と一緒にクスコへ移ったらしいんだけど」
「双子の兄妹!まてよ。そんな話、おやじから聞いたことがあるな。でも俺がずっと幼い頃だからよく覚えてないな。親父ならもっと詳しい事を知っているんじゃないかなあ」
「こりゃついてるぜ、ワイラ。この人の船に俺たちも乗せてもらおうぜ」
「おいおい、そりゃ構わないけど、その荷馬車はどうするんだい」
男はいたずらっぽい口調で言った。
「あ、どうする、ワイラ」
アトゥックは顔をしかめた。「まずはこいつを預かってもらえる場所を探さなきゃな」
「それなら心配ご無用だ。俺の知り合いの宿屋で預かってもらうといいよ」
「なんだ、知ってるんなら初めっからそう言って下さいよ」
アトゥックは頭をかいた。ワイラたちは男について、桟橋からそう離れていない宿屋まで荷馬車を運んだ。宿屋の主人に丁重に頼むと、ワイラたち3人は桟橋へと駆け出した。
「おいおい、そんなに急がなくても」
男は3人の後から小走りに言った。
「僕たち急ぐんです。一刻も早くサミの事を知りたいんです」
船はチチカカ湖を太陽の島をめざして進む。ブランカが湖水に手をつけた。
「冷たい!何て冷たいの。凍ってしまいそう」
「ハハハ、お嬢ちゃん、大丈夫かい?でも、このチチカカ湖の水は冷たくても1年中凍らないんだよ」
「へえ……」
小船が進むにつれモヤが晴れ、島の輪郭がはっきりしてくる。ワイラは、この男の出現によってサミの手がかりが少しでもつかめたのだと思うと心が弾んだ。
「僕にもこがせて下さい」
「いいけど、漕いだ事あるのかい?」
「いいえ、でも、先刻から見てましたから」
男は少し疲れも出てきたので、ワイラに漕がせてみた。初めはぎこちなかったが、だんだんスピードが出てくるようになった。
「へえ、うまいものだなぁ。初めてで、そんなに漕げるようになるとは」
男は感心して言った。ワイラはサミへのはやる気持ちがそうさせているのかも知れないと思った。
「見ろよ、すごく大きな階段で島がおおわれている!」
アトゥックが感嘆の声をあげた。
「ちがうな、あれは畑だよ。段々畑っていうんだ。ジャガイモやマメやムラサキ玉ねぎなんかを作ってる」
「へえ~」
しかし、アトゥックの驚きはこれだけでは終わらなかった。島に到着し、桟橋から内部へ向かって歩くと、石の階段に突き当たった。
「ええぇ~、すごい階段だな。何段くらいあるのかな?」
「204段だよ」
「まさか、これを全部上るんじゃあ……」
「いいから、ついてきな」
男はどんどん上って行く。階段を半分くらい上る頃には3人とも息が切れたが、男は階段から外れ、村へと続く道を進んだので3人はほっとした。村の家々は石垣の上に土壁が重なった塀で仕切られている。
男が入った家の庭にはたくさんの魚が天日干しされ、生臭かった。男が扉を開けると、家の中から生臭い匂いが漂ってきた。
誤字脱字、言い回しが変なところはAIが修正しました。
この章も自力で書きました。




