7 ラパスにて 3
帰りに、サミはまたあの視線を感じた。サミは立ち止まってあたりを見渡したが、それらしい人影はなかった。
「サミ、どうかしたの」
ワイラが足を止めて言った。アトゥックとブランカはリャマのミイラをなすりつけあいながら、坂道を登っていた。
「うん、別に……」
サミはワイラに追いつくと、気のせいだというように笑顔を作った。
「そう」
ワイラは何だか変だと思ったが、パチャ・ママやリャマのミイラのことを考えていたので、あまり気に留めなかった。
「行こう、アトゥックたち、もうあんなところまで行っているよ」
2人は足を速めた。
宿に帰ると人垣が出来ていた。オギャーギャーという泣き声が聞こえてきた。
「産まれたんだわ」
ブランカが、人垣をかき分けて中に入って行った。3人もその後に続いた。
「4人の旅人ってあんたたちかね」
と、紫の衣装をまとったヤティリが出てきた。
「おかみが、あんたたちをお待ちかねだよ」
ブランカが女将さんの部屋を開けると、オギャーという声が一層大きくなった。
「ブランカ、見てやっておくれ、私の子だよ」
女将さんはやさしい目を赤ん坊に投げかけた。赤ん坊は、何も分からずに大声で泣いていた。
「生まれたての赤ちゃんってまっかっかね」
「ばか、だから赤ん坊って言うんだよ」
とアトゥックがブランカの眉間をつっついた。
「あっ、女将さん、これお祝い」
ブランカはアトゥックの方を指した。
「おや、リャマのミイラじゃないかい。今日、生まれるって分かってたのかい?」
「ううん、偶然よ」
「そうだよね。何しろ急だったからね。うちの人は今留守にしているだろう。ヤティリが様子を見に来てくれなかったら、逝っちゃうところだったよ。ヤティリは産婆もやっているんだよ」
「皆の衆、これから儀式を始めさせて頂く」
ヤティリはまじない師らしく、先の店の老婆に負けず劣らず魔女のような顔付きをしていた。ヤティリは水を張った鉢を持つと、お産の時に取っておいた胞衣の一部を割いて水面に浮かべ、じっくりと様子を見守った。胞衣の伸び縮み、片寄り方によって、この赤ん坊の行く末を占うのである。そのためにヤティリは鉢の中を見て、赤ん坊のために捧げ物をするワカ(聖霊が宿る場所)の場所を、この家の戸口に近い床に決めた。
外で見ていた数人の男たちがこの床に穴を掘ると、ヤティリは胎盤とリャマのミイラを埋めさせた。リャマのミイラはパチャ・ママに捧げる食物である。それから、塩と乾燥したトウガラシと、ごく小さな石の小刀を皮ひものついた小袋に入れると、赤ん坊の首にかけてやった。
「どうして赤ん坊にあんなものを持たせるんだ?」
アトゥックが近くにいた人に聞いた。ワイラも不思議に思った。
「あんなものとは何だ、びっくり! 塩とトウガラシは私たちアイマラ族にとっては最高の香辛料じゃ。最高の物であの赤子に宿った魂に留まってもらうのは当たり前じゃ。あれがなきゃ魂はどこへ行ってしまうか分からんからな」
つまり、アイマラ族の魂はすべて山や丘陵に住むと考えられていて、赤ん坊が生まれるとその山から魂が送り込まれる。ところが、その魂は、大地の神であるパチャ・ママによって留まらせないようにされてしまう。だから捧げ物をしていつまでも留まってもらおうということなのだ。
「ふ〜ん、じゃあ小刀は?」
アトゥックはそんなことしなくても魂は死ぬまで体の中に居続けると思ったが、この話がおもしろかったので、どんなことを言い出すのだろうと思って聞いてみた。
「小刀は、ほれ、アイマラ族を支配したインカ族の高い伝えにもあるじゃろう」
「インカ族だって」
アトゥックの頭に宝探しの言葉が浮かび、思わず声をあげた。ワイラやサミもハッとした。
「インカ族の始祖マンコ・カパックが、人類の都を創設するときに太陽の神に黄金の短剣を授かり、その剣が沈んだところが今のクスコなのさ。小刀の意味するところはそこからきている。つまり魂に対して、この赤ん坊の体が君の住むべき場所なんだと示しているんだ」
アトゥックには、この男の後の言葉はどうでも良くなっていた。
「ねえ、黄金の剣って今もクスコに眠っているのかい?」
アトゥックは目を光らせた。この物知りの男は怪訝そうに答えた。
「さあ、言い伝えだからその剣があるかどうかなんて分からないよ」
アトゥックはがっかりしたが、そういう話があるということは、クスコは黄金の国であったに違いない。あの紙切れだって夢物語ではないと思った。黄金のない所では黄金などとは言わないだろうから。
赤ん坊の儀式は、無事終了した。
ヤティリの占いの結果は、この地にとどまって順調に成長するだろうということだった。気を良くした女将さんはワイラたちに言った。
「明日、広場でフィエスタ(祭り)があるんだよ。私の代わりに踊ってきておくれよ」
ワイラたちは女将さんの代わりじゃなくても行く気になった。祭りだったら普通の日の何倍も稼げるから、それだけ早く旅立ちが出来る。
翌日、4人は祭りが始まる少し前に広場に立った。広場はすでに人で埋めつくされていた。ワイラたちと同じような楽隊も何組かいた。何の祭りなのかワイラたちは把握してなかったが、人が集まり音楽があればラ・パスではもうフィエスタなのだ。楽隊を取り囲んでいくつかのダンスの輪が出来た。
ワイラたちも音楽を奏でると何人かの人が寄ってきて、たちまち1つの輪になった。インディオたちのカラフルな衣装が音楽に舞い、広場全体の大きなつぼみが花開いたかのようであった。周りの雰囲気にあわせて、ワイラたちも明るい曲ばかり演奏した。
(あ〜あ、私も何か楽器が出来たらなー)
ブランカは、踊りの輪の雰囲気を壊さないように自分も分かる踊りを踊りながら、考えていた。
(私の仕事ってお代をもらいに行くことしかないもの。ギターは無理でも、サンポーニャかケーナくらいなら私だって……)
ブランカは踊りが一段落した時にアトゥックに聞いてみようと思ったが、アトゥックはワイラと一緒に今日投げられたコインを集めていた。
「おい、見ろよ。今日はすげーぜ、この分なら夕方までにたんまり稼げるな」
だから、ブランカは楽器の見張りをしていたサミに尋ねた。
「ねえ、私にも、ケーナ吹けるかしら」
「ええ?」
「前から思ってたけど、私だけ何の役にも立っていないし、今日みたいなお祭りを見ていたら、私も何かできたらな〜って思っちゃうの。何にもしないでいるのって退屈だもの」
「そうね、じゃあ、これ吹いてみる?」
「えっ、いいの」
ブランカはケーナを取ると唇に当て、思いっきり息を吹き込んだ。
「やだ、鳴らない」
「それじゃあ鳴らないわ、息を上唇に当てるようにして吹くの」
ブランカは何度もやってみたが、ちゃんとした音は出てこなかった。
「あーあ、私にはやはり無理なのかしら……」
「ちゃんと練習すれば出来るようになるわよ」
「何してたんだい?」
ワイラたちが戻ってきた。
「うん、ケーナの練習。でも全然ダメなの」
ブランカが手を上に挙げた。
「へえ、お前がやるなら、ケーナよりこっちの方が簡単だぜ」
アトゥックがサンポーニャを見せた。
「吹くだけでいいんだぜ」
ブランカがサンポーニャを唇に当てたが、先と同じく音が出なかった。
「何よ、出ないじゃないの」
「吹き方が悪いんだぜ」
「アトゥック、からかっちゃいけないよ。サンポーニャは音階を追うのに肺活量もいるんだから……」
ワイラがアトゥックに注意しようとすると、ブランカがサミのケーナを持ってアトゥックを追いかけた。
「いつものことだね」
ワイラとサミは顔を見合わせた。
「ねえ、このまま順調にいくともうすぐチチカカ湖なんだ」
ワイラは地図を広げた。
「もう少しだね、クスコまで」
「ええ」
サミは広げた地図をじっと見ていた。大きなチチカカ湖畔にいくつかの島があり、その1つの文字が目に留まった。
「太陽の島!」
「えっ、どうかしたの?」
「ここ、私が生まれた島なの」
「だって、君はクスコじゃ?」
「いいえ、生まれたのはこの太陽の島で、すぐにクスコへ移ったらしいの」
「どうして? また何かあったからなのかい?」
「分からないわ、父も母も何も教えてくれなかったの」
ワイラは、クスコを去ったのと同じような理由かもしれないと思った。もしそうだとすると、誰が何の理由でサミたち家族を狙ったのだろう。そしてそれは長い年月を経た今でも続けられているのだろうか。それとも、サイリを捕らえた時点で終わったのだろうか。ワイラにはさっぱり見当がつかなかった。
「ワイラ、この街に着いてから、私、誰かにつけられているような感じがするの」
サミは、この街に着いて何度か経験したことを話した。
「えっ、なんだって。僕は何にも感じなかったよ」
「気のせいかと思ったんだけど、今も視線を感じたの」
サミは後ろを振り向かずに横目で流した。ワイラが見ると、黒服を着た2人組の男が人ごみに紛れた。
「本当だ、気のせいなんかじゃないよ」
ワイラは驚いたが、気付いたことを彼らに悟られないように小声でささやいた。
「しばらく様子を見よう」
ワイラは地図をたたみ、小銭を数えたりしながら周囲を見渡したが、黒服の男たちは姿を現さなかった。
「何が目的なんだろう?」
「まさか、兄さんをさらって行ったあの人たち!?」
サミは急に青ざめた。ワイラはサミの不安を和らげてあげたかったが、サミの言うとおりかもしれないと思うと言葉が出なかった。
「どうしたんだ? 2人とも。深刻な顔してさ」
2人の異変に気付いたアトゥックとブランカが慌てて戻って来た。
「しーっ、声を小さくして」
ワイラはサミが何者かにつけられていることを話した。
「でも、まだサミ1人が狙われているとは限らないぜ。俺たち全員かも知れないし、とにかく、早くこの街を出た方が良さそうだな」
広場は人でごった返していた。フィエスタが波に乗っていて、人々は興奮気味でダンスの輪が乱れていた。ぼんやりしているとはぐれてしまいそうだった。
ワイラはサミの手を握った。ただ手を握るだけだったが、サミは指先が妙に熱くなるのを感じた。サミは驚いて振り返ったが、ワイラのあたたかい手だったので、不安な気持ちが和らいでいくようであった。
ワイラたちは注意して進んだが、ダンスに熱中していた男の腕がサミに当たり、手と手が離れた。一瞬のうちにワイラとサミの間に人波がなだれ込み、押し流された。
「ワイラ!」
サミはワイラたちからはぐれてしまった。
「サミ!」
ワイラはすぐさま叫んだが、人垣がワイラたちを覆い隠すように前方をふさいだ。
サミがワイラたちのところへ戻ろうとした時、
「お嬢さん」
と不気味な低い声がした。見上げると、あの黒服の男たちが立っていた。サミは心臓が止まりそうになり、大声をあげようとしたが、男に口を力強く押さえられた。
「ご一緒して頂きますよ」
とサミの耳元で男は小さな声で言った。丁寧な口調だが、無機質な感じがした。
男はサミを後手にロープで縛ると、人込みをかき分け、街道に近い広場のはずれに停めていた黒い馬車に連れ込んだ。
(ワイラ……)
「アトゥック、サミが……」
そう言うと、ワイラは慌てて探しに行った。はぐれないようにブランカの手を握り、アトゥックもサミを探し回った。
ワイラは勘をたよりに目の前の人垣をかき分けたが、色とりどりの華やかなフィエスタの衣装が創作を妨げた。しかし、ワイラは奇跡的にあの黒い馬車を見つけた。
「サミーーーッ!!」
ワイラは必死で走ったが、追いつくことができなかった。
誤字脱字、言い回しが変なところはAIが修正しました。
この章も自力で書きました。




