7 ラパスにて 1
オルーロから北西へ200km程進むとラ・パスの街が見えてくる。周囲を5000m級の山々が取り囲み、その上に白い帽子をかぶったイリマニ山が顔を覗かせている。ラ・パスは標高3800m、現在ではボリビアの実質上の首都で、世界最高所の首都である。もっとも、この時代の法律上の首都はスクレであったが。
ポトシ同様、昼と夜の気温の差が激しいため、ワイラたちは宿を取ることにした。ラ・パスはフォルクローレのメッカで、高度差が700mもあるすり鉢状の町である。上部には先住民たちが住み、底へ行くほど裕福な街並みが広がっている。ワイラたちは賑やかな中心街で弾き語りをして、宿賃を安々と稼ぎ出した。こんなにたくさんの現金を稼げたのは初めてだった。しかし、できるだけ安い宿に泊まりたかったので、帰りはまたすり鉢の上部へと戻っていった。
急な石畳の上り坂が続く。ワイラはアトゥックとともに荷馬車を降り、馬たちをなだめながら一緒に歩いた。サミはこの街に着いてから、今までとは違って時々誰かの視線を感じていた。でも、誰が見ているのかは分からない。思い込みかも知れなかったので、みんなには黙っていた。
宿屋に着いた頃には、ワイラとアトゥックは息切れが止まらなかった。2人が宿屋のカウンターに手をついてハァハァと肩を上下させていると、大柄なインディオの女将さんが出てきた。サミから事情を聞くと、
「あんたたち、荷馬車なんか下に置いておくもんだよ」
外はもう暗い。この街でどれくらい稼げるのか分からなかったので、先に宿は取れなかったのだ。
「いいかい、今度からはうちの庭に置いておきな。今は家の人が商用で長旅に出ているから、ここは空いているよ」
ワイラたちはしばらくこの地に滞在しようと思っていたので、素直に喜んだ。女将さんは大股でスタスタと歩き、ワイラたちを2階の部屋に案内した。
女将さんがスカートのポケットから鍵を取り出して部屋を開けると、ベッドが4つ並んでいた。その奥には大きな窓があった。
「うわ〜っ!」
ブランカが歓声を上げて窓に近寄った。
夕日はすでに沈み、街の灯りがまるで星を散りばめたように輝いていた。部屋は暖炉とベッドだけという質素なものだったが、この大窓からの景色は絶景だった。
「いい眺めだろう。ここは、この宿で一番いい部屋さ」
女将さんは鍵をベッドの上に置くと、ドアをパタンと閉めた。そして、ドスドスと階段を下りていく音が響いた。
ボン! とブランカが窓際のベッドに飛び乗った。
「あー、なんてふかふかしているの。気持ちいい〜! やっぱり地面に寝るのとは違うわね」
「ほんと、ほんと」
アトゥックもその隣のベッドに、大きな大の字を書いて寝転がった。
「サミたちも早くやってみなよ」
ブランカが急かすので、サミはポンチョをベッドの横に掛け、横になろうとした。その時、チャリ、と微かな音がした。
アトゥックがその音に気づいて足元を見ると、茶色の小袋から金色に光るものが落ちていた。
(何だこれ?)
とその小袋を手に取って中をよく見ると、直径3cmほどのコインのようなものだった。
「すげー、金貨じゃないか!!」
アトゥックの弾んだ声に、サミがハッとした。
「私のなの」
「うん、さっき君のポケットから落ちたから……でも、どうしてこんな大金を持ってんだ?」
「お金じゃないわ」
サミは困った顔をした。ワイラがそれを覗き込むと、サミの両親の墓に彫られていた太陽の紋様と同じものだった。
「サミ……これ、あの時のと同じ顔をしているね」
「ええ」
サミは一瞬、考えた。ワイラはともかく、アトゥックやブランカに見られても良かったのだろうかと。でも、そう思った自分が嫌になった。アトゥックやブランカだって、一緒に過酷な旅をしてきた仲間なのに……。
「これは、私の家に伝わる紋章なの」
「紋章って……」
ブランカが目を白黒させた。
「すご〜い! ヨーロッパではお姫様が持つものなのよ。サミもどこかの国のお姫様なのかしら」
ブランカはうっとりとして言った。
サミにはよくわからなかった。代々、サミの家の女性に受け継がれてきたもので、ただ「大事に持っておきなさい」と母から聞かされていたのだ。ワイラは、ブランカの言うことがもし本当だったとしても不思議ではないと思った。
ブランカはアトゥックから紋章を受け取ると、それをじーっと見つめながら、
「お兄さんって、どんな人?」と訊いてみた。
ワイラもまだ名前を知らなかったし、どんな感じの人かも想像がつかなかったので、耳を傾けた。
「名前はサイリっていうの」
サミはサイリとは10歳の時に別れたので、その頃のことしか覚えていない。サミは、家族4人がクスコの家で平和に暮らしていた頃を思い出した。
サミの父はクスコ郊外の大草原で牧畜を営んでいた。
ある晴れた日の午後、一家4人でその草原にピクニックに行った時のことだ。気持ちのいい日差しに、両親とサイリはうつらうつらしていた。サミは牛の群れの向こうにある花畑に行きたいと思い、無謀にも牛の群れを一人で突っ切ろうとした。だが案の定、牛に取り囲まれてしまい、怖くなって泣き出してしまった。それに気づいたサイリが、棒切れを持って慌てて飛んできて、牛たちを追っ払ってくれたのだ。
「ダメじゃないか、サミ。一人でそんなことしちゃ……」
「だって行きたかったの。みんなにお花を摘みたかったのよ」
「そうか。でも、そんな時はぼくと一緒に行くんだよ。いいね」
と、優しく諭してくれた。
サイリは家にいる時、スペイン語を覚えようとして、幼いながらも本を熱心に読んでいた。そしてサミにその話をするのが好きだった。サミも真似をしてみたが、サイリには到底敵わなかった。
サミはブランカに言った。
「優しくて、頭のいい兄だったわ」
「そうなのね。いいお兄様。中身もだけど、外見はどうなの? お兄様も、もしかすると王子様かもしれないわ〜!」
ブランカは勝手に妄想を膨らませていた。
「ブランカ、お前、何を考えてんだ?」
アトゥックがブランカの頭を軽く小突いた。
「えへへ……」
ブランカは夢見る少女のようであった。
「そうね。双子だから顔は私に似ていて……あの頃は、肩まであった髪を一つに束ねていたわ」
「それだけじゃ分からないわ。もっと詳しく教えて!」
とブランカが身を乗り出してきた。
サミはさっき思い出したことを話した。サミの脳裏に、好奇心旺盛で、本を読み、難問を解けた時にキラキラと輝いていた幼い兄の瞳が浮かんだ。
(どうしているの、サイリ……)
一瞬、不吉な予感が頭をよぎったが、クスコに着けばきっと会えると自分に言い聞かせた。
サミの曇った瞳に気づいたワイラは、太陽の紋章をサミの手のひらにそっとのせ、言った。
「僕たちが、きっと君のお兄さんを見つけ出すから……」
アトゥックとブランカも、後からその手にそっと手を重ねた。
誤字脱字、言い回しが変なところはAIで修正しました。
この章も自力で書きました。




