5 ポトシー鉱山ーブランカと出会いー 2
「あそこかな、レストランは」
ワイラが言った。近づいてみると、一人の男がハンカチで口を拭きながら出てきた。窓から中を覗いてみると、カウンターでは三人の男たちが酒を飲んでいるようだったが、テーブルには何組かの親子連れが笑顔で食事をしていた。
「ここで演奏させてもらえるかどうか聞いてみようぜ」
「お酒を飲んでいる人たちもいるけど大丈夫かな?」
ワイラは首を傾げた。サミも心配そうだった。
「大丈夫だよ。そんなこと言ってたら日が暮れちまうぜ。ほら見ろよ」
太陽は山陰に隠れようとしていた。冷たい風が吹いてきた。
「うへえ~、寒っ。おい、早く中に入ろうぜ」
アトゥックが二人の背中を押した。
「いらっしゃい。何にする、坊主たち?」
中に入ってみると、陽気で人の良さそうな白人の男がカウンターの前で皿を拭いていた。カウンターの男たちは、この時はまだそれほど酔っているようには見えなかった。
「いや違うぜ。俺たちはここで演奏させてもらえないかと思って……」
アトゥックはワイラが持っていたギターを指した。
「ほう、そりゃあ別に構わないが。場所代は払ってくれるんだろうな?」
「いいぜ、ただし演奏が終わった後でな。俺たち、ほとんど金がないんだ」
店主は少し怪訝そうにしたが、
「まあいいか、やってみな。余程腕に自信があるのだな。俺を唸らせたら、場所代はタダにしてやってもいいぜ」
「本当か、おじさん!」
アトゥックは喜び勇んで荷物からケーナを取り出した。ワイラとサミも楽器の用意をした。周囲の目がワイラたちに注がれた。
「おくつろぎ中の皆様、私どもはアンデス山脈津々浦々、その名もとどろく『ワサア一座』と申します!」
アトゥックは調子に乗って言った。
「おい、聞いたことねえぞ」テーブルの客がおどけて言った。
「まあまあまあ」
「ワサア一座だって?」
ワイラもサミも初めて耳にする言葉にハッとした。ワイラはアトゥックをつっついた。
「ねえ、名前なんてついてないよ」
「いいんだって。こういうところでは一座の名前だって必要さ。ワイラの『ワ』、サミの『サ』、そして俺アトゥックの『ア』。いいだろう!!」
とアトゥックは目配せした。
「おい、こそこそしてねえで、早く聴かせてくれ」
と声がしたので、三人は演奏に取り掛かった。
澄んだ音色に、人々は食事の手を止め聴き入っていた。八歳くらいの白い肌で赤い短い髪の子どもが、ワイラたちのそばまで寄ってきて、しゃがみ込み、熱心に聴いていた。
演奏しながらサミが微笑みかけた。子どもは嬉しくなってアトゥックに話しかけた。
「お姉ちゃんの曲、とっても素敵ね。わたし、感激しちゃった」
「何だ、お前、女の子なのか?」アトゥックはびっくりして思わず言ってしまった。
「何よ、女の子だったら悪いの?」
その子はキッとアトゥックをにらみつけた。
「何だよ。それくらいのことでそんな目すんなよ」少女のすごい形相に、アトゥックはお客というのも忘れて言い返した。
「ごめんね、失礼だったよね。アトゥック、謝りなよ」
ワイラがアトゥックに頭を下げさせた。
「まあ、許してあげるわ。これからはよく見てよね。わたし、スカートだってはいているんだから。もっとも、いつもはズボンばっかりだけどね」
少女は機嫌を直した。
「お兄ちゃんも早く演奏してよ」
少女はワイラのギターを見ていた。
「わたし、ギターって大好きなのよね。でも、今日のお姉ちゃんの笛もすごいって思ったけど。だから、一緒に演奏しているところを聴いてみたいわ」
「うん。次にやるから待っててね」
ワイラがそう言うと、少女は自分の席に戻って待った。
サミのソロが終わると、アトゥックが言った。
「今宵は、この音楽に身を委ね、心を弾ませていただけたら幸いです」
ワイラはギターをリズミカルに鳴らした。次にアトゥックのサンポーニャ(葦笛)、サミのケーナが入っていった。ステップを踏んだ。
お客たちも自然とテーブルを離れ、身体を動かし始めた。
「やるじゃないか」
店主も仕事の手を止め、みんなの輪に入っていった。
店内の空気は一つになったかのように見えた。
その瞬間、メロディーを奏でていたサミのケーナの音が消えた。ワイラが振り返ると、カウンターにいた一人の男がサミの腕を掴んで放そうとしなかった。
「サミ!」
ワイラとアトゥックが男の手を放そうと駆け寄ったが、男の仲間に阻まれた。男のまぶたは重く垂れ下がり、鼻を真っ赤にさせていた。どうやら酷く酔っているようだった。
「インディオの音楽に共感するなんて、貴様らには誇りというものがないのか!!」
とその男は声高に罵り、椅子を投げ飛ばした。
「俺たちが必要としているのは、インディオでも姉ちゃんのような女だけだ」
そう言うと、男はサミを中央に引っ張っていき、無理やりダンスを踊り始めた。サミは抵抗するように身体を硬くしたが、男の力には勝てず、引きずられた。
「おい、お前たち、演奏しろ!!」
男はワイラとアトゥックに促した。しかし、二人は絶対に演奏しなかった。
男の仲間である血走った目の男が、ワイラを殴った。アトゥックがその男に飛びかかっていったが、その腕力には敵わなかった。
男たちはサミを外に停めていた馬車に無理やり連れて行こうとしていた。
「待ちたまえ、君たち」
ワイラたちの背後から、一人の男の声がした。
「さっきから聞いていたら、君たちのやっていることは滅茶苦茶じゃないか。いい加減、こんなことはやめないかね?」
「何だ、またお前かよ。お前こそ俺たちの邪魔ばかりしやがって!!」
「お父ちゃんに何てこと言うのよ!悪いのはあなたたちじゃないの」
先の赤毛の女の子が、堂々とカウンターの男たちを見据えて言った。
「ちびのくせに生意気な……」
少女はこの言葉にカチンときて言い返した。
「ちびって何よ!お父ちゃんは長官なんだから、悪いことをしているあんたたちに注意するのは当たり前でしょ!」
「長官だって?笑わせるな。そんな身なりでよく言うよ」
と男たちは笑い出した。
赤毛の女の子が「お父ちゃん」と呼ぶ白人の服装は、確かにカウンターの男たちのように華美ではなく質素なものだった。だが、その青い瞳はどこまでも澄んでいた。少女の怒りは頂点に達し、今にも男たちに殴りかかろうとしていた。
「ブランカ、よさないか」
「だって、お父ちゃん、あんなこと言われて……」
「あの人たちを見なさい。もうあの少女から手を放しただろう?」
ワイラとアトゥックは慌ててサミの方へ駆け寄った。
「おい、アンドレス。そんなにインディオばかりかばっていたら、その地位も危なくなるかも知れないぜ」
「これは忠告だぜ。へっへっへ」
と男たちはしらけさせられた代償に、せせら笑いながら店を出た。
「何よ、感じ悪いったらありゃしない。お姉ちゃん、大丈夫?」
ブランカがサミの腕を見ると、赤く腫れ上がっていた。
「あーあ、ひどいわね。あの人たち、いつもインディオの人たちに悪さしてんのよ。何とかしなきゃいけないんだけど、お父ちゃん一人じゃね」
「こら、ブランカ、何を言うんだ。お父ちゃんは一人じゃないぞ」
アンドレスは、ブランカに軽くゲンコツを食らわせた。
「アンドレスさん、危ないところをありがとうございました」
サミたち三人は丁寧にお礼を言った。
「いいや、この程度で済んで良かったよ。私の力不足で済まないね」
「いいえ、そんな」
ワイラとサミは言った。
「スペイン人ってああいう連中が多いから、おじさんのせいじゃないよ。あっ、いけねえ。おじさんもスペイン人か。ごめん、ごめん」
アトゥックは頭をかいた。
「わしもスペイン人だがね」
という声が聞こえてきたので後ろを振り返ると、店主が料理を持って立っていた。
「さあ、これを食べておくれ。インディオの音楽だって素晴らしいものは素晴らしいよ。奴らの無礼を許しておくれ」
「話が分かるじゃないか、おじさん!ってことは、ショバ代もタダにしてくれるのかい?」
アトゥックは調子に乗って言った。
「もちろんだよ。わしを唸らせたらと言っただろう」
店主は目配せをした。
「さあ、冷めないうちに食べましょう!」
ブランカは三人をテーブルに誘った。
「旅の人かね?」アンドレスがワイラたちの大きな荷物を見て言った。
「はい、クスコまで」
サミが答えた。しかし、それ以上は訊かれたくはなかった。それを察したアンドレスは、旅の理由についてはそれ以上は触れなかった。
「今夜は泊まるところがあるのかね?」
アンドレスが尋ねると、ブランカの目が輝いた。
「良かったら、うちへ来てもらえないかい?娘も喜ぶだろうし」
アンドレスは妻に先立たれ、娘も寂しい思いをしているだろうと思って言った。
「いいんですか!?」
アトゥックも目を輝かせて言った。
「そうしなよ、お兄ちゃんたち!」
「お兄ちゃんたち?そうか、まだ名前を言っていなかったっけ」
アトゥックは自分たちの名前と、これまでの旅の話を手短に話した。
「クシという十三歳の男の子を見かけませんでしたか?」
ワイラが尋ねた。
「さあ、聞かないね」
アンドレスは考え込んで言った。
「……」
「代官や長官といっても、お父ちゃんのように良い人ばかりじゃないからね」
とブランカが言った。
「死んだってことですか……?」
ワイラが言った。
「いや、そうはっきりと断定はできんが……」
アンドレスは困った顔をした。
「何とかならねえのか、このミタって制度!」
アトゥックがしかめっ面で言った。
「私たちもお上に何度も彼らを改めさせる法令を出してもらっているんだが、現状はこの通りでね」
「でも、お父ちゃん一人だけでも頑張っているんだよね」
ブランカは誇らしそうに言ったが、その瞳は心配の色を隠せないでいた。
「一人じゃないぞ。この人たちや、鉱山で働くインディオたちだっているじゃないか」
「そうだ、そうだよね」
ブランカはほっとした様子で三人を見た。
「でも、おじさんって変わってるな」
「えっ?」
アンドレスが驚いたように尋ねると、
「もっとも、いい方に変わっているけどよ」
と、**アトゥックがアンドレスの肩を叩いた。
誤字脱字、言い回しが変なところはAIで修正しました。
この章も自力で書きました。
後のアトゥックがアンドレスにいい方に変わっていると言うセリフがありますが、これはアニメ私のあしながおじさんでジュディアボットがペンデルトンさん(ジャービス)に言ったセリフを頂戴しました。




