5 ポトシー鉱山ーブランカとの出会い 1
「クシたち大丈夫かな?」目の前に佇む赤茶けた山々を心配気に見ながらワイラが言った。
「おい、そんなに暗い顔するなよな」
とアトゥックが元気よくワイラの肩を叩いたが、アトゥック自身もその山々を見ていると、明るい言葉が出なくなってきた。
太陽が雲に隠れ、山肌に落ちる陰が不気味な様相を醸し出していた。
ポトシーに着いたのはあれから数日経ってからのことだった。ワイラたちは「ミタ」ということがどういうものなのか実感できないが、あの町で会ったクシたちインディオの表情からそれを察し、ずっと気にかかっていた。しかし、彼らを探す術は何もなかった。
『とにかくクシたちの無事を祈るしかないよ』
とアトゥックが言った。雲の切れ間から薄日が差し込み、町の赤レンガの屋根屋根が少し輝いていた。
ワイラもサミも、祈ることにした。
『それにしてもよ、昼間はこんなに暖かいのに、夜ときたらすげえ寒さだぜ。もう野宿は耐えられないぜ』アトゥックがそう言うと、ワイラとサミが頷いた。『せめて屋根が欲しいね』ワイラが言った。
街に着いたというのにお金はほとんどなかった。
「これじゃあ宿屋には泊まれないな」茶色い小袋の財布を覗いたアトゥックがしかめっ面をした。
ワイラたちの旅は物々交換が主だったので、仕方がなかった。
「とにかく興行してみましょう。ここは町だから、お金で払ってくれる人もいるかもしれないわ」サミがラバの荷物からケーナを取り出していた。
「そうだな」アトゥックが笑顔に戻った。三人は中央広場に差し掛かっていた。しかし、あたりは閑散として人影はまばらであった。三人は顔を見合わせた。
「でも演奏していたら、人が集まってくるかもしれないよ」ワイラが気を取り直して言った。三人は沈んだ心を吹き飛ばそうと、明るく軽快な曲をまず初めに奏でた。気分がいくらかほぐれてきた。ワイラはクシたちにもこの曲が届けばいいのにと思った。
次第に3人の気分は軽くなっていったが、人はそれほど集まって来なかった。曲に聴き入りうっとりとした表情の老婆、新参者を好奇の目で見ながらも楽しそうな笑みを浮かべている子供たちを見ていると、ワイラたちの心からお金のことは消えてしまった。
演奏し始めて半時間ほど過ぎた。
「こんなところで稼ごうたって無駄なこった」
一人の老人が周囲の温かい雰囲気をぶち壊すように割り込んできた。
老人はコカの葉を噛んでいた。コカの葉はコカインの原料であるが、葉だけを噛んでも害にならず、いにしえよりインディオたちが愛好していた。葉から染み出る少量の成分は、感覚を麻痺させ、いろいろな心配事を忘れさせる働きがあるようだ。
「ほっといてくれよ、じいさん。せっかくいい気分になってきたのに、何で邪魔するんだよ」アトゥックが怒鳴った。
「ほう、お前たちはただのお道楽でそんなことをしているのかい?」老人は緑色に染まった口を動かした。
「そうじゃないけど……」
アトゥックが黙った。先ほどの老婆が口を挟んだ。
「ごめんなさいね。この人の言う通りなの。私たちにはお金が払えないのよ。でもとても綺麗な曲だったからつい……」
そう言うと老婆は背を向けて行ってしまった。ワイラは複雑な気分になった。道行く人々が自分たちの音楽に足を止めてくれることに心から喜んだが、お金がなく、夜の刺すような冷たさの中で泊まるところもない今では、純粋に喜べなかった。
「金を払えるのはよ、スペイン野郎か代官だけさ。インディオたちはあの埃っぽい山で働いておるわい。彼らが働いた分は奴らが全部吸い取ってしまうのさ」
老人がコカの葉を噛み直しながら言った。ワイラはクシのことを思った。
きっと報酬なんてないんだろうな。
鉱山の仕事はインカ時代から行われていた。しかし、皇帝を除いては誰もが平等であった。彼らは鉱山の仕事と並行して農業や牧畜にも励めたのであった。いまやインディオたちは、このミタに従事するためのわずかな旅費を作るため、家財道具を売り払い、生涯をこの地に捧げなければならなかった。それなのに、ひどい扱いを受けていた。
「あんたら、見たところ旅人じゃのう」
「ええ、そうなんです。僕たちはあんまりお金がなくて……今晩どこか泊まれるところは知りませんか?」
「いいや、わしゃ知らん。しかし、金はいるのう。レストランか酒場に行ってみな。それだけの腕なら、奴らからたくさんせしめることができるかもしれんからのう。ひょっ、ひょっ、ひょっ。奴らも少しはインディオたちに還元せねばのう」
そう言い残すと、老人はよたよたと行ってしまった。
クシのことや老人の言い草を聞いていると、スペイン人が極悪人のような感がするが、ワイラの脳裏に親方の姿が浮かび、彼らとは似ても似つかないと思った。
(そんな人たちばかりではないさ)
「おい、ワイラ。行ってみるか。背に腹は代えられないぜ」アトゥックが言った。アトゥックらしい言葉だった。
出会った頃にも言っていたが、アトゥックはスペイン人をあまり良く思っていないようだった。しかしどこか割り切っているようだ。
「おい、何やってんだよ」
ワイラがふと振り返ると、アトゥックとサミはずっと先を行っていた。ワイラは慌てて後を追いかけた。
「トレド」と仰々しく掲げられた看板が見えてきた。
誤字脱字、言い回しが変なところはAIで修正しました。
この章も自力で書きました。




