七話 夜市の灯りと、引き返せない夜
夜市の日だった。
王都では月に一度、商業区に夜市が立つ。食べ物の屋台や手工芸品の露店が並び、家族連れや恋人同士が行き交う、賑やかな夜だ。私は毎年、薬草の材料になる乾燥香草を目当てに来ていた。
そこでレオンに会ったのは、完全に偶然だった。
「……また会ったな」
「非番ですか」
「ああ。お前は」
「買い物です」
自然な流れで一緒に歩くことになった。レオンはそういう場所が得意そうには見えなかったが、嫌がっている様子もなかった。
屋台の前を通り過ぎながら、私が焼き栗の匂いに足を止めると、レオンがさっさと買ってきた。「要らないです」と言う前に袋を渡された。
「……なぜ」
「足が止まったから」
理屈が通っているのかどうかよくわからないまま、焼き栗を食べながら歩いた。甘くて、少し香ばしくて、おいしかった。
その途中で、泣いている子どもを見つけた。五歳か六歳くらいの女の子で、人混みの中で一人取り残されていた。
二人でしゃがんで声をかけ、親の特徴を聞いて、手分けして探した。十分ほどで母親らしき女性を見つけ、引き合わせた。女の子は泣きながら母親に抱きついて、母親もほっとした顔で深々と頭を下げた。
二人でまた歩き始めながら、レオンがぽつりと言った。
「お前、ああいうの放っておけないよな」
「あなただって一緒に探したじゃないですか」
「俺はお前が動いたから動いた」
「それは後付けの理由では」
「かもしれん」
珍しく、少し笑ったような気がした。声ではなく、目の端が少しだけ和らいだ。
私はまた前を向いた。
夜市の灯りが橙色に揺れていた。人の声がさざ波のように聞こえていた。隣に誰かがいる、というだけで、こんなにも世界が違って見えるものなのかと思った。
……ああ、これはもう、取り返しがつかないですね。
好きだ、と思った。改めて、はっきりと。
そしてそれと同じくらいはっきりと——怖いと思った。
この人に、本当のことを話したら。全部バレたら。嘘をついていたアリア・ヴェルメールを、それでも受け止めてくれたら。
そうなったとき、私は今の自分ではいられなくなる。
逃げることができなくなる。
それが幸せなのか、怖いことなのか、このときの私にはまだわからなかった。
◆
夜市の帰り道、店の近くで別れる前に、レオンが言った。
「アリア」
名前を呼ばれたのは、初めてだった。いつも「お前」か「娘」か、せいぜい「薬草屋の」だった。
思わず立ち止まって振り返ると、レオンがまっすぐこちらを見ていた。
「……話せる状態になったら、聞かせてくれ。急かさない。ただ、俺はいる」
それだけ言って、踵を返した。
私はしばらく、その背中が夜の向こうに消えていくのを見送っていた。
胸が痛かった。
怖かった。
それでも——この人に全部話してしまいたいと、生まれて初めて、本気で思った。
――――◆――――
第三章へ続く




