六話 見て見ぬふりは、できない
王都の郊外で、また魔物の被害が出た。
今回は農村だった。作物を荒らす程度なら騎士団が対処できるが、問題は村人の一人が傷を負ったことだった。深手ではないが、感染を起こしかけていた。村には治癒師がいない。王都から往診を頼もうにも、往診費用が払えないという。
私がその話を知ったのは、父がレオンから相談を受けている声を偶然聞いたからだった。
「薬草で感染を抑える処置ができる人間を探してる。心当たりはないか」
父が「腕のいい治癒師は今みんな聖女院の管理下で……」と困った声で答えているのを聞きながら、私は作業場の壁に背を預けて天井を見た。
……関係ない。私には関係ない。
……関係、ない。
……あるじゃないですか。思いっきり。
作業場の扉を開けて、店先に出た。父とレオンが振り返った。
「……私が行きます」
「アリア?」
「感染初期なら、薬草の処置で十分抑えられます。私にやり方はわかってます。報酬は要りません」
レオンが私を見た。何かを言いかけて、止めた。
「……付き合う」
「一人で大丈夫です」
「村道は夜になると魔物が出る。護衛だ」
断れる理由がなかった。私たちは翌朝、馬で郊外の農村へ向かった。
◆
村での処置は二時間ほどで終わった。
傷ついた村人の手当てをしながら、私はなるべく力を絞った。治癒魔法は使わず、薬草の調合だけで対処する。時間はかかるが、これなら普通の薬草師で通る。
村人たちは泣きそうな顔でお礼を言ってくれた。「お嬢さんが来てくれて本当によかった」と老夫婦が手を握ってくれた。
帰り道、並んで馬を歩かせながら、レオンがぼそりと言った。
「……なんで来ることにしたんだ」
「困っている人がいたので」
「それだけか」
少し間があった。
「……あなたの話を聞いてから、少し考えたんです。逃げることと、見て見ぬふりをすることは違うんじゃないかって」
レオンが黙って聞いていた。
「制度に縛られたくないのは本当です。でも、できることをしないのは、たぶん私が嫌だった」
「……お前は正直だな」
「正直ではないですよ。いろいろ隠してますから」
「それでも、今は正直に話してる」
空の色が夕暮れに変わり始めていた。橙色の光の中で、レオンの横顔が少し柔らかく見えた。私はそちらを見ないようにして、前を向いた。
……こういうとき、心臓がうるさいのはどうにかならないんでしょうか。
前世でも今世でも、私はこういう人に弱い。




