四話 逃げられない理由
好きになってしまったと気づいてから、私はなるべくレオンを避けるようにした。
もちろん、完璧には避けられない。彼は相変わらず週に一度か二度、薬草屋に来る。父はすっかり顔馴染みとして扱っているし、母は「レオンさん、また来てくれたわ」と嬉しそうに奥から呼びに来る。私が「ちょっと手が離せなくて」と作業場に逃げ込んでも、しばらくするとのんきな声で「アリア、お客さんよ」と呼ばれる。
避けているのに会ってしまう。それ自体はたいした問題じゃない。問題は、会うたびに自分の気持ちが少しずつ確かになっていくことだった。
これは困ります。本当に困ります。
なぜ困るかといえば、理由は二つある。
一つ目。私には隠している秘密がある。聖女の力という、この国では国家管理の対象になる大きな秘密だ。好きな人に嘘をつき続けるのは、倫理的にどうかと思う。かといって打ち明けるわけにもいかない。
二つ目。もっと怖いのはこちらだった。正体を知っても好きでいてくれたとしたら——そうなったら、もう逃げられなくなる。ずっと隠れて生きるという選択が、崩れてしまう。
だから私は、距離を置こうとした。
返事を短くする。目を合わせる時間を減らす。店にいるときは父や母を前に出す。配達の手伝いを申し出られても「今日は一人で大丈夫です」と断る。
完璧な作戦だと思っていた。
◆
「……俺が何かしたか」
その日、薬草の在庫整理をしていた私の背後から、低い声がした。振り返ると、作業場の入口にレオンが立っていた。父が「どうぞ」と通してしまったらしい。
「何でしょう。ここは作業場ですが」
「ここ二週間、俺が来るたびに逃げてる」
「逃げてません。たまたま忙しいだけです」
「今も忙しいか」
手元の薬草を見た。仕分けの途中だ。「はい」と言えなくもないが、それを言うには今の目が真剣すぎた。
「……少し、待ってもらえますか」
薬草を机に置いて、振り返った。レオンはいつもと変わらない無表情に見えたが、目の奥が少し違った。
傷ついている、と思った。
……この顔を見てしまったら、もう知らないふりはできません。
「あなたが悪いわけじゃないんです」と私は言った。「ただ、少し整理したいことがあって」
「整理、とは」
「……うまく説明できないんですが。私には、あなたに話せていないことがいくつかあります。それが、少し、重くて」
言ってしまってから、しまったと思った。こんなことを言えば、余計に追及される。
しかしレオンは追及しなかった。
しばらく黙ってから、「そうか」とだけ言った。
「……それだけですか」
「言いたくないことを無理に聞くつもりはない」
「でも……知りたくないんですか」
我ながら意地の悪い問い方だった。でも聞かずにはいられなかった。
レオンは少し間を置いた。
「知りたいかどうかで言えば、知りたい。だが、お前が話せる状態になってからでいい」
「……なぜそんなに待てるんですか」
「待つのは苦じゃない」
あっさりと言って、彼は作業場から出ていった。店先でいつものように薬草を買い、「また来る」と言って帰った。
私は薬草の仕分けを再開しながら、何度もため息をついた。
待つのは苦じゃない、って。
……そういうことを言う人が、一番ずるいんですよ。




