旅立ちの朝
出発は三日後に決まった。
エミリアにも伝えた。エミリアは「私も行きます」と即答した。
「危ないですよ」
「知っています。でも、これは聖女の仕事の範疇です。院長にも許可を取ります」
「院長が許可しますか」
「します。私が頼んだら、最近は大体通ります」
……エミリアさん、強くなりましたね。
「ガイウスさんという老魔術師も来ます。少し不思議な人ですが、信頼できます」
「わかりました。四人ですね」
「心強いです。よろしくお願いします」
エミリアが少し笑った。「こちらこそ」と言った。
◆
出発前夜、店を片付けながら、父と母に話した。
「少し遠くに行ってきます。一週間くらいで戻ります」
父が少し顔を曇らせた。でも何も聞かなかった。
母が「気をつけて」と言って、保存食をたくさん持たせてくれた。
「お母さん、こんなにいらないですよ」
「レオンさんの分もあるから」
「……ありがとうございます」
母がそっと私の手を握った。「戻っておいで」と言った。
それだけだった。でも、それだけで十分だった。
父は荷物を準備するのを手伝ってくれた。薬草の補助薬を「念のため」と言って入れてくれた。使い方は説明しなかったが、父なりの気遣いだとわかった。
「……行ってきます」
「ああ」
父が短く答えた。目が少し赤かった気がしたが、気づかないふりをした。
◆
夜、レオンが来た。
「明日の準備はできたか」
「はい。あなたは」
「問題ない」
二人でしばらく、暖炉の前に座っていた。
「怖いか」
レオンが聞いた。
「……少し」
「そうか」
「あなたは」
「俺も、少し」
珍しかった。レオンが「怖い」という言葉を使うのは。
……この人も、怖いと思うことがあるんですね。
当たり前なんですが、少し意外でした。
でも、それを隠さずに言ってくれたことが、嬉しかった。
「……一緒に怖がって、一緒に帰ってきましょう」
レオンが少し笑った。
「ああ、そうしよう」
暖炉の火が揺れていた。外では風が吹いていた。
「アリア」
「はい」
「帰ってきたら、また茶館に行こう」
「……約束ですか」
「ああ」
……それは、帰ってこなければ果たせない約束ですね。
だから言ってくれたんだ。
「わかりました。約束です」
しばらく、二人で暖炉の前にいた。火が小さくなった頃、レオンが薪を一本くべた。いつものように、当然のように。
……この人がここにいることが、当たり前になっています。
良いことだと思います。
「……家族には、何と伝えますか」
「少し遠出すると伝える。詳しいことは言わなくていい」
「ご両親は、心配しませんか」
「……いない」
短い言葉だった。私は何も言わなかった。
「騎士団の同僚に一言伝えてから行く。副団長が動くのは不審に思われるかもしれないが、それくらいは仕方ない」
「団長には」
「話した。個人的な動きとして許可してもらった」
「……頼りになります、団長さんは」
「世話になっている人だ」
レオンが短く言った。それ以上の説明はなかったが、言葉の重さでわかった。
翌朝、出発の前にレオンが店の前で待っていた。エミリアも来ていた。ガイウスが少し遅れて現れた。
「遅れてすまない」
「少し遅いですよ、ガイウスさん」
「老体ゆえ」
……昨日まで杖もついていなかったのに、今日は杖をついています。
どこまで本当のことを言っているのか、この人は。
エミリアが私に寄ってきた。「荷物、多くないですか」
「お母さんが持たせてくれたんです。補助薬と保存食」
「お母さんらしいですね」
「エミリアさんは会ったことないですよね」
「アリアさんから聞いています。温かい人だと」
「……はい、温かい人です」
四人で街を出た。冬の朝の光が、石畳を白く照らしていた。
街を出るとき、振り返った。薬草屋の看板が見えた。父が戸口に立って、手を上げた。
私も手を上げた。
母が父の隣に出てきて、二人で見送ってくれた。何も言わなかった。
……行ってきます。
戻ってきます。
絶対に。
レオンが隣にいた。
「……大丈夫か」
「はい。大丈夫です」
「そうか」
エミリアが「いい家族ですね」と言った。
「そうですね」
「……私も、帰ったら院長に会いに行こうと思います。もっと変えたいことがあって」
「いい考えですね」
ガイウスが「では、急ごう。日が高くなる前に国境まで進みたい」と言った。
「老体にしては速いですね」
「必要なときは動ける」
……なんだかんだ、頼りになる人です。この老魔術師は。
道中、ガイウスが色々と話してくれた。ヴォルドの弱点のこと、塔の構造のこと、魔力の流れのこと。
「……よく覚えていますね、百年前のことを」
「忘れられないからな」
「……後悔しているんですか」
「止められなかったことは、ずっと後悔している。だが、今日ここにいることは後悔していない」
ガイウスが前を向いたまま言った。
……百年間の後悔を、今日終わらせに来た。
それがこの人の旅の理由なんですね。
国境が近づくにつれ、空気が変わり始めた。レオンが少し眉を寄せた。
「……魔力の歪みがわかりますか」
「肌でわかる。重い」
「これから先が本番です。気をつけてください」
「ああ」




