ヴォルドの領域
国境を越えた先に、荒れた大地があった。
草も木も枯れていた。空気が重く、魔力の歪みが肌でわかった。鳥の声もなく、風だけが吹いていた。
「……嫌な場所ですね」
「ヴォルドの影響が及んでいる。長居するほど消耗する。早めに動こう」
ガイウスが先頭を歩きながら「ここはヴォルドの影響圏だ。魔力を抑制しないと感知される」と言った。
「わかっています」
指輪を嵌めて、魔力を絞った。久しぶりの感覚だった。でも、もう「隠すため」じゃない。戦略として絞っている。それだけで、心持ちが違った。
「エミリア、聖力の気配は消せるか」
「最小限にします」
「頼む」
四人で静かに進んだ。
道中、死者の魔物が現れた。かつて生き物だったものが、黒い魔力に動かされていた。目に光がなく、動きが不自然で、倒しても「ありがとう」という気持ちになれなかった。
レオンが剣で切り開いた。エミリアが聖力で浄化した。ガイウスが結界を張った。私は通路を確保しながら進んだ。
四人の動きは、話し合わなくても噛み合っていた。
……こういうものなんですね。
信頼している人と並ぶと、背中が軽い。
◆
二度目の魔物の群れを抜けた後、エミリアが少し息を乱していた。
「大丈夫ですか」
「……少し消耗しました。でも動けます」
「無理しないでください。あなたの力は後半の方が重要になります」
「わかっています。計算して使っています」
……エミリアさんは、こういうところが頼もしいです。
感情で動かずに、状況を見ながら力を使える人です。
ガイウスが「水を飲め、全員」と言った。渋くて不思議な味がしたが、飲んだ後で体が少し軽くなった。
「何を飲ませたんですか」
「魔力回復の補助薬だ。アリアの作った薬草薬に似たようなものだよ」
「似たようなもので済ませないでください」
「細かいことは気にするな」
……信用してはいますが、成分は後で確認します。
ヴォルドの根城は、半壊した古い塔だった。
塔の前でガイウスが立ち止まった。
「ここから先は、私でも一緒に入れない。聖力と魔力が干渉するため、私が入ると無効化されるおそれがある」
「では、外で待ってくれますか」
「頼む。ただし——」ガイウスが私を見た。「アリア。ヴォルドは聖力を吸収しようとする。力を出しすぎると、逆に力を奪われる可能性がある」
「……どれくらいが適切ですか」
「常に七割。余力を残して戦え。最後の一撃だけ全力でいい」
「わかりました」
ガイウスが私の肩に手を置いた。
「……君ならできる。百年間、この日を待っていた」
……百年間待っていた、というのはどういう意味なんでしょう。
後で絶対聞きます。
レオンが私の隣に立った。
「行くか」
「行きます」
エミリアが「二人とも、気をつけて」と言った。
「エミリアさんも」
「外は任せてください」
塔の扉を押した。重い石の音がした。
入った瞬間、空気が変わった。外とはまったく違う、重く冷たい空気だった。
……これが、百年間の魔力の蓄積なんですね。
濃い。とても濃い。でも、不可能ではない。
扉が閉まった。外のガイウスとエミリアの気配が少し遠くなった。
「……行きましょう」
「ああ」
最初の層は静かだった。ただ暗く、重い空気が漂っているだけだった。
「……何かいますか」
「上の方に気配がある。今は静かだ」
レオンが低く言った。剣の柄に手がかかっていた。
私も指輪を嵌めたまま、周囲の魔力の流れを読んだ。ガイウスの言った通り、魔力を感知しながら進む必要があった。
……七割。常に七割。
出しすぎない。でも、足りなくなっても困る。
「……二層目から魔物が出ます。気をつけてください」
「わかった」
「私の指示に従ってもらえますか。戦い方の手順があって」
「言ってくれ。従う」
……この人は、こういうとき素直に従ってくれます。
自分のやり方を通したがる人は多いのに、この人は「言ってくれ」と言う。
だから信頼できます。
「まず魔物が来たら、あなたが前に出て切り開く。私はその間に進路の確保をします。二体以上同時に来たら私が一体引き受けます」
「わかった」
「エミリアさんがいないので、浄化は私がやります。ただし消耗するので、こまめにやります。一気にやろうとしないでください」
「……俺に指示があるとは思わなかった」
「何かありますか」
「ない。従う」
……この人は、強いのに素直に人の言葉を聞きます。
それが、なぜか一番かっこいいと思います。
「……行きましょう」
「ああ」
二層目への石段を上り始めた。重い空気の中を、一歩一歩確かめるように進んだ。
魔物が現れた。一体、また一体。レオンが剣で払い、私が浄化した。計画通りに動いた。
「……うまくいってますね」
「ああ」
「聖力、まだ余裕あります」
「そうか。無理はするな」
……この人は、戦いの最中でも「無理するな」と言います。
ありがとうございます。でも、あなたこそ無理しないでください。
……お互い様ですね。
三層目へ上がる石段の前で、少し止まった。
「……行けますか」
「行ける」
「では、行きましょう」




