冬の夜と、初めての言葉
冬が来た。
王都の冬は寒い。石畳が凍る朝もある。薬草屋は暖炉をたいて、温かいお茶を切らさないようにした。
ある夜、閉店後にレオンがいた。父と母は知人の集まりに出かけていて、店に二人だった。
閉店の片付けをしながら、ふと思った。こういう夜が、最近増えていた。父も母も、どこかに出かけることが増えた。偶然なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
……どちらでも、ありがたいですが。
片付けが終わって、暖炉の前に二人で座った。火が揺れていた。外では風が吹いていた。
暖炉の前で向かい合って座りながら、しばらく何も言わずにいた。
沈黙が苦しくなかった。もう、ずっとそうだ。この人との沈黙は、何も言わなくていい沈黙だ。
レオンが火を見ながら言った。
「アリア」
「はい」
「お前と話していると、何か言えてしまう気がする」
「……何かとは」
「普段言えないことが」
私は少し考えた。
「それは……嬉しいです。私もそうなので」
「そうか」
「はい。あなたには、なぜか正直になれます。たぶん、あなたが私の話を受け取ってくれるとわかっているから」
レオンが少し私を見た。
「それは——俺もだ」
静かな声だった。
……この人は、こういうとき、少しだけ声が柔らかくなります。
最初は気づかなかった。でも今はわかります。
暖炉の火がぱちりと音を立てた。
「レオン」
「何だ」
「……あなたのことが、好きです」
言ってしまった。
前世でも今世でも、人にこういうことを言ったのは初めてだった。言えるとは思っていなかった。でも、今夜は言えた。この人の隣で、暖炉の前で、なぜか自然に言葉が出た。
レオンがこちらを向いた。しばらく、何も言わなかった。
それから。
「……知っている」
「……え」
「気づいていた」
「い、いつからですか」
「夜市の頃から」
夜市。あの焼き栗の夜だ。あの頃からずっと気づかれていた。
……それは、恥ずかしいですね。かなり。
ずっとバレていた。何も言わずに待っていてくれた。
「……知っていて、何も言わなかったんですか」
「お前が言いたくなるまで待った」
「……それは、また」
「俺も、同じ気持ちだ」
静かに、でもはっきりと。
「お前が好きだ。最初の夜から、ずっと」
……最初の夜から。
裏路地で倒れていた夜から。
ずっと、この人は。
◆
暖炉の火が揺れていた。窓の外では、冬の風が吹いていた。
私は少し考えてから、言った。
「……最初の夜から、というのは、少し信じられないですが」
「本当だ」
「あのときは逃げましたよ、私」
「知っている。それでも気になった」
……気になった、ですか。
前世でも今世でも、こんなに嬉しいことを言われたのは初めてです。
「……私も、最初の夜から、少し気になっていました」
「少し、か」
「最初は少し、でした。今は、少しじゃないですが」
レオンが小さく笑った。声には出なかったが、確かに笑った。
「それでいい」
それだけだった。でも、それで十分だった。
どのくらいそうしていたかわからない。火が少し小さくなった頃、レオンが薪を一本くべた。当然のようにそうした。この店の暖炉の場所を知っていて、薪の置き場所も知っていて、何も言わずにやった。
……この人は、いつからこんなに馴染んでいるんでしょう。
でも、嫌じゃないです。全然。
「寒くないか」
レオンが聞いた。
「大丈夫です。暖炉が温かいので」
「そうか」
それきり、また黙った。今夜の沈黙はいつもより少し違った。重くもなく、軽くもなく、ただ満ちているような沈黙だった。
「……なあ、アリア」
「はい」
「前世の話をしてくれ」
少し意外だった。自分から聞いてくれることは珍しかった。
「どんなことを聞きたいですか」
「お前がどんな朝を過ごしていたか」
「朝、ですか」
「ああ。今お前は毎朝どんな朝を迎えているか知っている。前世の朝はどうだったか、聞いたことがなかったから」
……この人は、こういうことを聞きます。
大事なところを、さらっと。
「……慌ただしかったです。アラームが鳴って、急いで準備して、電車に乗って。朝ごはんを食べる時間もないことがよくありました」
「今は」
「今は、六時に起きて、掃除して、父と一緒に仕入れを確認して、朝ごはんを食べてから開店準備します。急ぐことがない」
「それは、いいか」
「……とても」
レオンが火を見た。
「俺も、ここに来る朝は、悪くないと思っている」
……ここに来る朝。
私のところに来ることを、朝の基準にしている。
……この人は、本当に。
冬の夜が、静かに更けていった。
どれくらい経ったか分からないが、外の風が弱くなった頃、レオンが立ち上がった。
「帰る」
「……はい」
扉のところで、レオンが少し振り返った。
「アリア」
「はい」
「……よかった」
それだけだった。何が、とは言わなかった。でも、わかった。
……私も、よかったです。
前世でも今世でも、こんな夜は初めてでした。
扉が閉まった。
暖炉の火だけが残った。
私はしばらくそのまま座って、火を見ていた。温かかった。
好きだと言えた。受け取ってもらえた。
それだけのことが、どれほど大きいことか、言葉にするのは難しかった。
……十二年間、一人で抱えていたものを下ろした夜とは、また別の意味で。
今夜も、何かを下ろした気がします。
言えなかった言葉が、やっと言えた夜でした。




