不意打ち
秋になった。
レオンが珍しく贈り物を持ってきた。小さな木箱だった。
「……何ですか、これ」
「開けてみろ」
開けたら、薬草を入れるための小さなガラス瓶が十本、きれいに並んでいた。それぞれに細かい細工が施してあった。蓋の部分に植物の模様が刻まれていた。
「……これ、どこで」
「職人に頼んだ。薬草の保存に使えると聞いた」
……職人に頼んだ?
オーダーメイドですか?
「……なぜ」
「お前の瓶は、古くなってきていた」
「見ていたんですか」
「毎週来てれば見える」
確かに、作業場の瓶はいくつか欠けていたり、蓋がゆるくなっていたりした。でも気にしていなかった。使えるなら使い続けるのが性分だった。
「……ありがとうございます」
「使えるか確認してくれ」
一本ずつ確認した。蓋の密閉度がいい。大きさも使いやすい。透明度が高くて、中身が見えやすい。植物の模様がそれぞれ違った。
「……完璧です。これ、すごく使いやすいです。模様も全部違うんですね」
「薬草の種類が多いと聞いていた。色や形で見分けにくいものは、瓶で判断できるようにした方がいいと思った」
「……それは、考えてくれたんですか」
「当たり前だ」
レオンがほんの少し、口の端を上げた。
……この人は、こういうことを何も言わずにやります。
老婆への配達も、採取場所を覚えていたことも、傘を忘れてでも雨の日に来ることも。全部、何も言わずに。
……だから、一番ずるいんです。
「一つ、聞いていいですか」
「何だ」
「いつから、私の瓶が古くなっていることに気づいていたんですか」
レオンが少し間を置いた。
「……三ヶ月前くらいから」
「三ヶ月」
「職人への依頼と仕様の確認で、少し時間がかかった」
……三ヶ月前から準備していた。
何も言わずに。
……本当に、ずるい。
私はガラス瓶を丁寧に木箱に戻した。
「大切に使います」
「ああ」
それだけの会話だった。でも、その夜は少し眠れなかった。
◆
翌日、瓶を作業場の棚に並べた。薬草の種類ごとに入れて、並べてみた。模様で見分けがつく。蓋の密閉度が高いから、香りが逃げにくい。本当によく考えられていた。
父が覗き込んで「きれいな瓶だね、どうしたの」と言った。
「レオンさんが」
「ああ、なるほどね」
父がなぜか満足そうな顔で引っ込んだ。
……なるほど、って何がなるほどなんですか。
その日の昼過ぎ、レオンが来た。非番ではなかったが、少しだけ時間ができたと言っていた。
「瓶、使えてるか」
「はい。すごく使いやすいです」私は棚を指した。「見てください、こんな風に並べました」
レオンが棚を見た。少し間を置いた後、「よかった」と言った。
「……嬉しそうですね」
「そうか」
「そう、見えます」
レオンが視線を棚から私に移した。
「お前が喜んでいれば、俺も嬉しい。それだけだ」
……それだけだ、と言いますが。
それだけのことが、こんなに心に刺さるんです。
この人は、言葉の重さがわかっていないんでしょうか。わかっていて言っているんでしょうか。
どちらにしても、ずるいです。
次にレオンが来たとき、また瓶のことを聞いた。
「植物の模様は、どうやって決めたんですか」
「お前が使う薬草の種類を、来るたびに見ていた。職人にこういう種類を、と伝えたら、形にしてくれた」
「……それでも、材料は全部あなたが考えたんですね」
「当たり前だ」
当たり前だ、と言う。この人にとってはそうなんだろう。
……当たり前にしてくれて、ありがとうございます。
大切に、一生使います。
◆
その夜、瓶を一本ずつ拭いてから棚に並べた。
十本、全部違う模様だった。蝶草、月見草、星花、水仙——よく使う薬草の名前がそれとなく刻まれているような模様だった。職人と、どんな打ち合わせをしたのだろう。
父が「どうしたんだい、その瓶」と聞いてきた。
「レオンさんが」
「職人に頼んだ?」
「そうみたいです。三ヶ月前から準備していたって」
父が少しの間黙った。それから「いい人だね」とだけ言って、引っ込んだ。
……はい。
いい人です。
困るくらい、いい人です。
瓶を全部棚に並べ終えてから、私は作業場の椅子に座って、しばらくその棚を見ていた。
十本の瓶が、夕方の光を受けて、少し光っていた。
三ヶ月前から。
私が気づいていない間に、ずっと。
……こういう人が、隣にいます。
前世では想像もしなかったことです。
今世にきて、よかったと思うことが、また一つ増えました。
次の日、レオンが来た。非番だった。
「瓶、使いやすいか」
「使いやすいです。昨日、全種類の薬草を入れ替えました」
「そうか」
「模様で見分けがつくのが、本当に便利です。どれがどれかすぐわかる」
「それでよかった」
本当に嬉しそうではなかった。でも、満足した顔をしていた。この人の「よかった」は、そういう顔と一緒に出てくる。
「一生使います」
「一生は長い」
「それくらい気に入っているということです」
「……そうか」
今度は少し、目が緩んだ。
……この人の表情が、少しずつ読めるようになってきました。
それもまた、来るたびに積み重なったものの一つです。




