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歴代最強聖女、厄介ごとに巻き込まれたくないので 能力を隠して生きていきます  作者: 月代
続編①   ふたりの、ごく普通の日常

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雨の日の攻防

問題が起きたのは、梅雨の季節のことだった。


王都では春が終わると雨季が始まる。一週間のうち半分は雨が降った。道がぬかるみ、薬草が湿気を吸う。配達の荷物が重くなる。それでも仕事は続く。


雨の日はレオンが来ないかと思っていた。さすがに雨の中わざわざ来ないだろう、と。


来た。


「……雨ですよ」


「見えている」


「傘はありましたか」


「なかった」


「なぜ持ってこなかったんですか」


「忘れた」


……副団長が傘を忘れます?

忘れたというのは、おそらく嘘です。でも証明する方法がないので黙っておきます。

濡れた上着を乾かしながら、私は呆れた気持ちと、なぜか少し嬉しい気持ちが混ざって困った。


お茶を出して、向かいに座った。雨の音が窓を叩いていた。


「アリア」


「はい」


「俺は、薬草の調合が少し得意になった気がする」


突然の話だった。


「……そうですね。最近は細かい作業も手慣れてきましたね」


「このまま覚えていけば、助手くらいにはなれるか」


「……助手?」


「お前の」


……この人は何を言っているんでしょう。

副団長が薬草屋の助手になるつもりなんでしょうか。

「騎士団はどうするんですか」


「両立できる」


「できませんよ」


「なぜ」


「副団長が薬草屋の助手を兼任したら、色々問題があると思います。上官の方がなんと言うか」


「上官には俺の方が強い」


「強さで解決する問題じゃないと思いますよ」


「では、副団長を辞めれば問題ない」


「……それはもっと問題が大きいです」


レオンがお茶を一口飲んだ。


「……冗談だ」


「全部冗談でしたか」


「全部ではない」


……全部ではない、という部分がとても気になりますが、今日は聞かないことにします。


雨の音が続いていた。二人でしばらく黙っていた。


「……雨、好きか」


「嫌いではないです。薬草に水分が行き渡るので。でも採取には向かない」


「そうか」


「レオンはどうですか」


「嫌いだ」


即答だった。


「理由は」


「動きにくい」


「……それは、職業的な理由ですね」


「他に理由があるか」


「ありそうですけどね」


「……まあ」


「まあ?」


「昔、雨の中を一人で帰ることが多かった。嫌いになったのはそのころだ」


……そういう話を、さらっとします。

詳しくは聞けませんでした。でも少し、あの頃のレオンを想像してしまいました。

「今日みたいに、どこかに寄れるところがあれば、雨も悪くないかもしれないな」


レオンが窓の外を見ながら言った。


私は少し驚いて、それからお茶を一口飲んだ。


……今日みたいに、って。

ここに寄ることが、雨の日を悪くなくする。

……そういうことを、さらっと言うんです。この人は。

「……では、また雨の日は来てください」


「ああ。傘は忘れてくるかもしれないが」


「それは困りますが、貸します」


「そうか」


雨が少し強くなった。でも窓の中は温かかった。


二人でもう少しお茶を飲んで、雨が弱くなった頃に、レオンは帰った。今度は傘を持って。


……それは忘れていなかったんですね。

やっぱり最初から持っていたんじゃないですか。


翌週も雨だった。


レオンが来た。今度は傘を持っていた。


「先週と違いますね」


「ああ」


「持ってきたんですか」


「持ってきた」


「先週は忘れたんじゃなかったんですか」


「……それはそれだ」


……やっぱり嘘でした。

わかっていましたけど。

でも、今日は傘を持って来た。それはどういう意味なのか、少し考えてから、考えるのをやめた。


「お茶、飲みますか」


「もらう」


雨の音を聞きながら、また二人でお茶を飲んだ。


先週と同じ景色だった。でも、少し違う気がした。


……何が違うのか、うまく言葉にできませんが。

先週より少し、ここに来ることが当たり前になっている気がします。

それは、悪いことじゃないと思っています。

「来週も雨かもしれないな」


レオンがぽつりと言った。


「梅雨ですから。しばらく続くと思います」


「そうか」


「……来週も来るつもりですか」


「ああ」


「雨でも」


「雨でも来る」


……それは、もう傘の話ではないですね。

雨の日にわざわざ来る人が、ここにいます。

前世では、雨の日は一人でした。帰り道、傘を差しながら、誰かと一緒に歩きたいと思っていた。

今は、一緒に歩く人がいます。

「……では、またお待ちしています」


「ああ」


レオンが出ていった後、私はしばらく窓の外の雨を見ていた。


雨の音は変わらなかった。でも、少し前まで一人で聞いていた音と、今日誰かと一緒に聞いた音は、同じ音でも違って聞こえた。


……こういうことを、「あたたかい」と言うんでしょうね。

前世では、よく知らないままでした。

翌日も雨だった。でも今日はレオンは来なかった。仕事が入ったのだろう。


それでも、作業場の窓から雨を見るとき、昨日と同じ音なのに、少し違って聞こえた。


誰かと一緒に聞いた雨の音が、耳の奥に残っていた。


……来週また来ると言っていました。

来週の雨が、少し楽しみです。

前世では、雨が楽しみになるとは思っていませんでした。

人がいると、そういうことが変わります。

うれしいです。


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