初めてのお出かけ
ある日、レオンが珍しいことを言った。
「明後日、時間があるか」
「明後日……特に何もないですが」
「出かけないか」
私は少し固まった。
「……出かける、とは」
「王都の西側に、良い茶館があると聞いた。行ってみたい」
「……お一人で?」
「お前と、だ」
……これはつまり。
デートのお誘い、というやつでは?
前世の記憶があるからわかりますが、いざ自分のこととなると、判断が鈍ります。
「……わかりました。行きます」
「そうか」
レオンはそれだけ言って、薬草を買って帰った。
私はその日の夕方から、翌日いっぱい、何を着ていくか悩んだ。
……前世でもこういうことはありました。悩んで、結局いつも着ている服で行くやつです。
◆
当日。
いつもより少しだけ丁寧に身支度して、約束の時間に店の前に出たら、レオンが待っていた。
私服だった。普段の平服とは違う、少し落ち着いた濃い色の上着を着ていた。
……似合っている、とは言いません。心の中だけで思います。
言ったら何と返されるかわからないので。
「……待ちましたか」
「少し」
「少し早く来すぎではないですか」
「そうかもしれない」
反省している様子はまったくなかった。
二人で並んで歩いた。王都の西側は住宅街で、石畳の道が緩やかな坂になっている。朝市が立っていて、野菜や花が並んでいた。
私が花の屋台の前で少し足を止めたら、レオンがすかさず小さな花束を買ってきた。
「……また買ってきた」
「足が止まったから」
「これ、毎回その理由ですよね」
「毎回、足が止まるから」
花束を受け取った。白い小花が混じった、春らしい束だった。少し甘い香りがした。
……ずるい。本当にずるい。
でも、ありがとうございます、は言いました。
◆
茶館は小さな店だった。石造りの壁に、窓から光が入って、木の椅子と丸テーブルが並んでいた。昼前の時間で、他の客が二組ほどいた。
お茶の種類が多くて、私は迷った。レオンは「好きなものを頼め」と言って、自分は一番普通のお茶を頼んだ。
「迷わないんですか」
「どれでも同じだ」
「全然同じじゃないですよ。この茶葉は甘みが強くて、こっちはすっきりしていて、これは少し渋みがあって……」
私が茶葉の説明をしていると、レオンが少しだけ口元を緩めた。
「詳しいな」
「薬草屋ですから。茶葉も植物ですし、成分の話になると止まらなくなります」
「そうか。じゃあ、お前が選んでくれ」
「私が?」
「お前が美味いと思うものが飲みたい」
……この言い方、少し反則だと思います。
少し考えて、今日の気分に合いそうなものを選んだ。蜂蜜の香りがするお茶だった。
二人で飲んだら、レオンが「悪くない」と言った。それがこの人の最大限の称賛だと、最近わかってきた。
「また来るか」とレオンが聞いた。
「……行きたいです」
「そうか」
それだけだったが、少し嬉しそうに見えた。目の端が、わずかに緩んだ。
……少し、ですよ。目の端がほんの少し緩んだだけです。
でも私はこの人の表情が少しずつわかるようになってきたので、見えます。
……見えると、なんだか少し得をした気分になります。
帰り道、また花の屋台の前を通った。
私は意識的に足を止めないようにした。
レオンが横で少し止まった。
「足が止まらなかったな」
「……気づいていたんですか」
「当然だ」
……全部見られていました。
でも結局また花束を買ってくれたので、意味はなかったです。
◆
店の前まで戻ったとき、レオンが言った。
「今日は、良かった」
「……そうですか」
「ああ。また行こう」
「次はどこですか」
「お前が行きたい場所を決めていい」
「私が決めるんですか」
「お前が楽しい方がいい」
……この人は、こういうことをさらっと言います。
「お前が楽しい方がいい」って。
どんな顔で受け取ればいいか、わからないんですが。
「……では、考えておきます」
「ああ」
「良い場所が見つかったら、教えます」
「楽しみに待つ」
それだけ言って、レオンは帰っていった。
私は花束を持ったまま、しばらく石畳の上に立っていた。
……次はどこに行こうか、もう考えています。
処理が追いついていないと言いましたが、どうやら追いついてきたかもしれません。
その夜、父に「今日はどこかに行ってたの」と聞かれた。
「茶館に」
「レオンさんと?」
「……はい」
父がにっこりした。何も言わなかった。それがかえって恥ずかしかった。
母は夕食を作りながら「楽しかった?」とだけ聞いた。
「……楽しかったです」
「そう」
それだけだった。でも母は少し嬉しそうに見えた。
……この家族は、言わないことが多いですが、言わない分だけ伝わってきます。
ありがたいことです。
床に就きながら、今日行った茶館のことを思い出した。あの蜂蜜のお茶。窓から差し込んでいた光。向かいに座っていたレオンの顔。
また行こうと思う。次は私が場所を選ぶ番だ。
……どこにしようか、考えるのが楽しみです。
こんな気持ちになるのも、前世以来初めてかもしれません。
いや、前世でもなかったかもしれません。




