ある春の日
春になった。
聖女院の中庭に白い花が咲いた。毎年咲く花だったが、今年は少し違って見えた。
エミリアはその花を見ながら、一年前のことを思い出した。
あの夜の聖光を見て、調べて、アリアの店を訪ねて。「通報しに来たわけじゃない」と言ったら、アリアが少し目を丸くした。あの顔がおかしくて、少し笑いそうになった。
友人ができたのは、初めてだった。
聖女院では、仲間はいた。でも、対等な友人は、いなかった。聖力の強弱が序列になる場所では、どうしても距離ができた。エミリアは力が強い方だったから、後輩には頼られた。でも同じ目線で話せる相手がいなかった。
アリアは聖女院の外の人間だった。制度の外にいた。だから対等に話せた。
……人間って、外側に出たとき、変わるものなのかもしれない。
私も少し変わった。アリアも変わった。
一緒にいて、変わり合った。
◆
昼過ぎ、院内の仕事を終えて、エミリアは外出の申請を出した。月に一度の食事の日だった。
薬草屋に向かう道を歩きながら、エミリアは少し足を速めた。
アリアが今日は新しい薬草茶を試すと言っていた。「前世でいうところのハーブティーに近いもの」らしい。よくわからないが、おいしいらしかった。
……楽しみだ。
こんな風に何かを楽しみにするのが、当たり前になった。
それも、きっとアリアのおかげだ。
薬草屋の扉を開けたら、薬草の匂いがした。
アリアが奥から顔を出した。
「いらっしゃい。今日はちょうどいい感じに仕上がりました」
「何の?」
「薬草茶です。座って待っていてください」
エミリアは椅子に座った。窓から春の光が差し込んでいた。
しばらくして、アリアが二つのカップを持ってきた。湯気が立っていて、少し甘い香りがした。
「どうぞ。蜂蜜を少し入れました」
一口飲んだ。温かくて、優しくて、おいしかった。
……聖女院の外には、こういうものがある。
知らなかった。知れてよかった。
◆
「今日はどうでしたか」とアリアが聞いた。
「院長に、登録制度の見直しについて改めて提案しました。少し前向きな返事をもらいました」
「進んでいますね」
「アリアさんの話が出ました。あなたの行動が、院内でも話題になっています」
アリアが少し困った顔をした。「それは、あまり嬉しくないですが」
「良い意味で話題になっています。自分の意志で動いた聖女として。あなたの存在が、制度の内側にいる私たちにとって、一つの問いになっているんです。制度に守られることと、制度に縛られることは、本当に同じことなのかという問いが」
アリアが少し間を置いて、「そうですね」と言った。
「エミリアさんは、賢いですね」
「そんなことないです」
「ありますよ。私は前世の記憶がある分、この世界に素直になれないことがある。でもあなたは今世の中でちゃんと考えて、今世の言葉で答えを出している」
……そんな風に見てくれていたのか。
エミリアは少し頬が温かくなるのを感じた。
「……ありがとうございます」
「本当のことです」
二人でしばらく薬草茶を飲んだ。春の光が、カップの表面で揺れていた。
「また来月」
「はい。また来月」
帰り道、エミリアは空を見上げた。春の青い空だった。
……前は、この空を見てもなんとも思わなかった。
今は、きれいだと思う。
来年もこの空の下で、また会えるといい。
再来年も、その先も。
――――◆――――
完
続編③「ふたりの日常」へ続く




