聖女院の日常と、外の世界
月に一度、アリアと会うようになった。
場所はだいたい薬草屋か、近くの食堂だった。食堂ではアリアがよく焼き菓子を注文した。「前世でいうクッキーに似ている」と言っていたが、前世とか別の世界とかいう話は、エミリアには半分しか理解できなかった。それでも、アリアが話すときの表情が好きだった。少し遠い目をして、でも楽しそうで、どこか懐かしそうな顔をする。
「前世って、本当にあるんですか」
「あります。少なくとも私には」
「どんな世界だったんですか」
「……夜中でも明るくて、箱の中で動く絵が見られて、何でも売っている小屋が街の至る所にある世界です」
「……それは、すごい世界ですね」
「魔法はない代わりに、機械という技術がありました」
「機械……?」
「魔力を使わずに、人の力や仕組みだけで動く装置です。水を遠くへ運んだり、重いものを持ち上げたり、声を遠くへ届けたり」
……想像もできないけれど、アリアがそこで生きていたのは本当なんだろう、と思う。
この人の目が、そのときだけ少し遠くなるから。
「……前世のアリアさんは、どんな仕事をしていたんですか」
「事務の仕事です。書類を整理したり、会議の準備をしたり」
「それで、疲れ果てたんですか」
アリアが少し笑った。「端的に言えばそうですね」と言った。
「今世では、楽しいですか。薬草屋は」
「楽しいです。自分で決めたことだから」
……自分で決めたこと。
私は聖女院に入ることを、自分で決めたのだろうか。
家族のために選んだ。それは本物の選択だ。でも——もっと自由に選べる場所があったとしたら、私は同じ選択をしただろうか。
「エミリアさんは、今の仕事が好きですか」
アリアに聞かれた。
少し考えた。正直に答えた。
「……好き、だと思います。人の役に立てるから。でも、どこで、誰のために使うかを、自分で決められたら、もっといいと思うことがあります」
「それは、正直な答えですね」
「アリアさんに嘘をついても仕方ないので」
アリアが少し笑った。「それは嬉しいです」と言った。
帰り道、エミリアは自分が正直に答えられたことを、少し不思議に思った。院内では「好きです」としか言えなかった。でもアリアの前では、「好きだけど、もっとこうしたい」と言えた。
……この人の前では、なぜか本当のことが言えます。
それが友人というものなのかもしれない。
訓練のとき、先輩に「最近顔色が良いですね」と言われた。
エミリアは少し考えてから、「友人ができました」と答えた。
先輩が少し驚いた顔をした。それが少し可笑しかった。




