距離が縮まった夜
アリアが避け始めたとき、最初は理由がわからなかった。
来るたびに作業場に引っ込んでいる。返事が短い。目を合わせる時間が減った。何かまずいことをしたかと考えたが、思い当たらなかった。
……俺が何かしたか。
していないとは言い切れないが、心当たりがない。
二週間我慢して、作業場まで行った。
「ここ二週間、俺が来るたびに逃げてる」
「逃げてません。たまたま忙しいだけです」
「今も忙しいか」
アリアが手元の薬草を見た。それから、少し間を置いて「……少し、待ってもらえますか」と言った。
振り返った顔が、少し困っていた。こういう顔をするんだな、と思った。普段は落ち着いているのに、内側で何かを抱えているときだけ、こうなる。
「あなたが悪いわけじゃないんです。ただ、少し整理したいことがあって。私には、あなたに話せていないことがいくつかあります。それが、少し、重くて」
……隠しているのは、知っていた。
最初の夜から、ずっと知っていた。
でも、それを問い詰める気にはなれなかった。
「そうか」
「……それだけですか」
「言いたくないことを無理に聞くつもりはない」
「でも……知りたくないんですか」
意地の悪い問い方だった。でも、答えた。
「知りたいかどうかで言えば、知りたい。だが、お前が話せる状態になってからでいい」
アリアが少し黙った。
……待つのは苦じゃない。
それは本当のことだった。
この娘が話してくれる日を、俺は待てる。
◆
聖女制度の騒動があった夜、気がついたら店に向かっていた。
疲れていた。一日中群衆の対応をして、ろくに食事もできていなかった。部屋に帰れば良かったのに、足が勝手に動いていた。
なぜ店に来たのかは、自分でもよくわかっていなかった。
アリアがお茶を出してくれた。
「お茶、飲んでいきますか」
断ろうとして、「もらう」と言っていた。
湯気を見ながら、自分でも驚くことを話した。
親父と妹のことを。村の流行り病のことを。聖女が来なかったことを。
……誰かに話したのは、初めてだった。
同僚には言えなかった。上官にも言えなかった。言ったところで、何も変わらないとわかっていたから。
なぜこの娘には言えたのか、今もよくわからない。
ただ——この娘は、話したら受け取ってくれる気がした。それだけだ。
「なんで俺はお前にこんな話をしてるんだ」
アリアが「聞きたかったので」と言った。
それだけだった。
でも、その「聞きたかった」という言葉が、ずっと頭に残った。
……聞きたかった、か。
俺の話を、聞きたかった。
それだけで、なぜこんなに気持ちが楽になるんだ。




