十五話 扉を開けた公認聖女
調査官の訪問から数日後、予想外のところから話が動いた。
エミリア・ソーンが、店に来た。
エミリアは聖女院に正式登録された公認聖女で、年は私より一つ下の十六歳だった。金色の髪に真剣な目をした、実直な印象の少女だ。何度か街で顔を見たことはあったが、直接話したことはなかった。聖女院の聖女と市井の薬草屋が交わる機会は、通常ない。
「突然すみません。アリア・ヴェルメールさんですよね。エミリア・ソーンといいます。少し、お話ししたいことがあって」
緊張した様子だった。でも声はしっかりしていた。怖じ気づいているわけじゃない。覚悟を持って来ている、という感じだった。私は作業場に通した。
向かい合って座ると、エミリアはまっすぐに私を見た。迷いのない目だった。
「あなたが、先日の聖光の源だと思っています」
「……根拠は」
「私には聖力の気配を感じる能力があります。あの夜の光の残滓と、今あなたから感じるものが、一致しています」
さすが正規の聖女だ、と思った。調査官は気づかなかったが、同じ聖力を持つ者には通じない。魔力の質というのは、指紋のようなものだ。いくら抑制しても、完全には消えない。特に、あの夜ほど大きく使った後では、残滓が長引く。
私は少し考えてから、正直に言った。
「……そうです。私があの光を出しました」
エミリアが少し息を呑んだ。
「やはり。……あなたの力、すごかったです。私には、ああはできない」
「あなただって十分な力をお持ちですよ」
「違います」エミリアは静かに首を振った。「私は自分の力の限界を知っています。あなたのは、桁が違う。歴代でも、おそらく最上位に入る。院長でさえ、あれほどの光は出せません」
私は答えなかった。
しばらく沈黙があってから、エミリアが言った。
「……通報しに来たわけじゃないんです」
「え」
「聖女院に言うつもりはありません。ただ、話したかった。なぜ隠しているのか、聞いてもいいですか」
◆
私はエミリアに、話した。
全部ではなかった。前世の記憶のことは言わなかった。でも、制度への恐怖と、自分の意志で生きたいという気持ちは、正直に話した。聖女と認定されれば院に登録されて、国の管理下に置かれる。自分の行き先も、力の使い道も、自分では決められなくなる。それが怖かった。前世でも、そういう生き方で疲れ果てた記憶がある。今世こそ、自分らしく生きたかった。
エミリアは黙って聞いていた。途中で口を挟まなかった。相槌も打たなかった。ただ、真剣に聞いていた。
話し終えると、エミリアは少しの間目を伏せていた。何かを整理しているように見えた。それから顔を上げた。
「……私には、あなたの選択を責める権利はないと思います」
「でも、あなたは制度に従っているじゃないですか」
「従っているというより……私には他に選択肢がなかった」エミリアが静かに言った。「私の家は貧しくて。聖女院に入ることで家族を養えた。制度があったから、私は生きてこれた。でも、それが全員に当てはまるわけじゃない」
「……」
「あなたが隠すことを選んだ理由は、わかります。制度が正しいかどうかは、私にも正直わからない。ただ——」
エミリアが真剣な目をした。
「魔瘴の本格化が、近づいています。このままいくと、あと一月もしないうちに、王都も危うくなる。そのとき——あなたの力が必要になるかもしれない」
「……知っています」
「知っていて、どうするつもりですか」
私はしばらく黙っていた。窓の外で風が吹いていた。薬草の束が、かすかに揺れた。
……ずっと、考えていたことです。
制度に縛られたくない。でも見て見ぬふりもしたくない。
その両立は、できるんだろうか。
できる、と思いたい。そう信じて動いてみるしかない。
「……自分の意志で、動きます。聖女院の命令としてではなく」
エミリアが少し目を見開いた。
「それは——聖女院と対立する可能性がありますよ」
「わかっています。でも、命令に従うために力を使うのは嫌なんです。自分が守りたいものを、自分で決めて守りたい」
長い沈黙の後、エミリアがゆっくりと頷いた。
「……わかりました。私は聖女院に報告しません。そして、もし私にできることがあれば、協力します」
「なぜ」
「あなたが正しいかどうかはわからない。でも、あなたの言葉は本物だと思ったので」
……この子も、なかなかまっすぐな人です。
エミリアが帰った後、私はしばらく薬草の仕分けをしながら考えた。制度の外にいる私と、制度の内側にいるエミリア。方向は違うが、向いている先は同じかもしれない。そういう人と出会えたことが、少し不思議だった。
少しずつ、状況が動き始めていた。
私の「隠して生きる」は、もうとっくに終わっていた。次は——どう生きるか、だ。




