表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴代最強聖女、厄介ごとに巻き込まれたくないので 能力を隠して生きていきます  作者: 月代
第四章   制度と、選択と、自分の意志で立つ場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/46

十四話 調査官、現れる

問題が持ち上がったのは、そんな平和な日々が二週間ほど続いたある朝のことだった。


店に見慣れない人物が来た。


年の頃は三十代半ば。整った身なりに、胸元に聖女院の紋章をつけている。柔らかな笑顔だったが、目が笑っていなかった。こういう目をしている人間を、私は前世で何度か見たことがある。仕事ができて、感情を切り離すことに慣れている人の目だ。優秀な官僚や、熟練の交渉人がしている目だ。


「アリア・ヴェルメールさんですね。聖女院から参りました。少しお話を伺えますか」


……来ましたか。

来ると思っていました。遅いくらいです。

私は穏やかに笑って答えた。


「もちろんです。どうぞお掛けになってください」


男の名前はサイラス・ウェインといった。聖女院の調査官だという。


用件は単刀直入だった。先日の北側防衛戦で、正体不明の聖光が目撃されている。複数の騎士と市民が証言している。調査の結果、発生源がこの界隈であると絞り込まれた。心当たりはないか、というものだった。


私は落ち着いて首を振った。


「その夜は避難していましたので、詳しいことはわかりません」


「そうですか。では、お宅に魔力の素質を持つ方は」


「私は魔力がほとんどないんです。昔、教会で測ってもらったときに言われました」


これは嘘だった。正確には、測定器を破壊する前に素早く手を離したので、正確な数値が出なかっただけだ。でも記録上は「微弱」になっている。子どもの頃から用意しておいた保険だ。


サイラスはしばらく私を見ていた。値踏みするような目ではなかった。もっと静かな目だった。答え合わせをしているような、あるいはすでに答えを知っていて、私がどう答えるかを見ているような、そういう目だ。


「……そうですか」


「はい」


「では、お近くに最近出入りされている方で、魔力をお持ちの方は」


……レオンのことを聞いている。

「さあ。薬草屋ですので、いろいろなお客様がいらっしゃいますが、特に気になった方は」


「騎士団の方が最近よくいらっしゃると聞きましたが」


「薬草をお求めになるお客様は多いですよ。特に最近は魔物の被害も多いですし、騎士団の方がいらっしゃることも増えました。ヒール草の在庫がずいぶん減って困っているくらいです」


サイラスが少し表情を変えた。探っているのか、感心しているのか、判断がつかなかった。話の切り返し方が流れるように自然すぎる、と思っているのかもしれない。


「……わかりました。ご協力ありがとうございます。もし何か気づいたことがあれば、こちらまでご連絡を」


名刺のようなものを置いて、出ていった。


父が不安そうな顔でこちらを見ていた。私は「大丈夫ですよ」と笑って見せた。


……大丈夫、かどうかはわかりません。でも今は笑うしかないです。


その夜、レオンに知らせた。


話を聞いたレオンは少し表情を険しくしたが、すぐに落ち着いた顔に戻った。普段から感情を表に出さない人だが、今夜は特に静かだった。何かを頭の中で整理しているときの、あの沈黙だ。


「……聖女院が動いたか」


「調査官でした。まだ確証はないみたいでしたけど、絞り込んではいるようで。あの人、かなり優秀です。時間の問題だと思います」


「どうするつもりだ」


「逃げません」


即答したら、レオンが少し目を細めた。


「逃げないとは」


「どこかに逃亡するつもりはないという意味です。ここに居ます。ただ、登録はしません。聖女院の管理下に入るつもりもない」


「捕まえに来たら」


「……そのときはそのときで考えます。でも、正当な理由なく市民を拘束することは、騎士団が許しませんよね」


レオンが少し間を置いて、頷いた。静かだが、確かな頷きだった。


「……許さない」


「では当面は問題ないですね」


私は努めて明るく言った。レオンはまだ何か言いたそうだったが、結局黙った。その代わり、帰り際に「何かあれば、すぐ言え」と短く言った。


「わかりました」


「……怖くないのか」


珍しかった。レオンがこういう聞き方をするのは。


「怖いですよ。少し」と私は答えた。「でも、怖いからといって逃げることと、必要だから動くことは、やっぱり違う。それはもうわかっています」


レオンが何も言わずに私を見た。しばらく、そのまま見ていた。


「……そうだな」


それだけ言って、帰っていった。


……何かあれば、すぐ言えと言ってくれる人が、いる。

それだけで、ずいぶん違います。十二年間、一人で抱えてきたものの重さが、今更わかる気がします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ