十三話 隠すことが、少し楽になった
正体が明るみに出た翌日から、私の日常は少しずつ変わり始めた。
といっても劇的な変化があったわけではない。聖女院の職員が突然やってきて連行されたとか、王宮から呼び出しがかかったとか、そういうことは起きなかった。あの路地にいたのは私とレオンだけで、レオンは当然誰にも言わなかった。
変わったのはもっと内側のことだった。
隠すことに使っていた力が、少しだけ緩んだ。完全に解放したわけではない。聖女院への登録を避けるためには、引き続き魔力を抑制する必要がある。でも、レオンの前だけは、もう取り繕わなくていい。それがどれほど楽なことか、手放してみて初めてわかった。
……十二年間、ずっと息を詰めていたんですね。私。
比喩ではなく、体が軽くなった気がした。薬草の仕分けをしていても、配達の荷物を背負っていても、どこかに余白がある。前はそこに「バレないようにしなければ」という緊張が常駐していた。今はそれがない。その空白が、最初は少し奇妙に感じられた。何かを忘れているような、落ち着かないような。でもそれはすぐに、軽さに変わった。
レオンは変わらず週に一度か二度、店に来た。変わったのは、来るたびに少し長く話すようになったことだった。
薬草の話。街の話。騎士団の話。昔の話。
レオンは多くを語る人ではないが、私が聞けば答えてくれた。幼い頃の村の様子。騎士を目指した理由。最初に剣を握ったときのこと。指の皮が剥けて、それでも毎日素振りをしていた話。汗と土の匂いが目に浮かぶような話を、彼は短い言葉で、でも丁寧に話した。
私も話した。前世の話は慎重にしたが、「別の場所で生きていた記憶がある」という形で少しずつ打ち明けた。現代のコンビニの話や、終電を逃した話をしたとき、レオンは意味がわからなくて眉を寄せたが、「お前の話は、時々ちょっと理解できない」と言いながらも否定しなかった。
……コンビニの説明は難しかったです。「夜中でも開いている何でも売っている小屋」と言ったら「それは便利だな」と言われました。「魔法のような明かりで照らされていて、何百種類もの食べ物が並んでいます」と付け加えたら、しばらく黙った後に「……本当にそんな場所があったのか」と言われました。信じてくれているのか疑っているのかわからない顔でした。
ある日、薬草の調合を手伝ってもらいながら、ふと思った。
この人は私が聖女だと知った上で、それを特別扱いしていない。隣に座って、黙って茎を整えて、「この根は切るか」などと聞いてくる。普通だ。いつも通りだ。私が聖女だから特別に気を遣うわけでも、逆に身構えるわけでもない。まったく同じように、薬草屋の娘として接してくれている。
……聖女だから、特別扱いされたくないと思っていた。
でも実際に普通に扱われると、こんなに胸があたたかくなるものなんですね。
前世でも、肩書きや役職で見られるのが嫌だった。私という人間を見てくれる人が、ずっと欲しかった。
……いたんですね。こんなに近くに。
薬草を渡しながら、私はそんなことを考えていた。レオンは私の内心など知らないまま、黙々と調合の手伝いをしていた。
「……上手くなりましたね」
「お前が教えてくれた」
「そうですけど、飲み込みが早いです。騎士が薬草師の仕事を覚えても仕方がないのに」
「お前の役に立てるなら、仕方のないことはない」
また、こういうことを言う。さらっと、当たり前のように。
……本当に、この人はずるいです。
そういう時間が、少しずつ積み重なっていった。秘密を抱えたまま過ごしていた十二年間と、正体を知られた後の日々は、同じ薬草屋の日常のはずなのに、まるで別の世界のように感じられた。




