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Side:リナリア・ネモフィラの結末



 私の原風景は、振りしきる雨と榴弾が空を裂いて飛翔し炸裂する音、まだ生きている肉へ刺突した銃剣の感触と、断末魔。

 地獄のような──つまりはよくある戦場で、私は人を殺していた。

 生みの親のことは何も覚えていないが、戦争に巻き込まれて死んだか、あるいは私を口減らしに捨てたのだろう。


 そういう子供の末路はおおよそ3つ。


 飢えて死ぬか、流れ弾で死ぬか、野盗の慰み者になって死ぬか。


 なんて言うことはない、よくある話だ。


 私がそうならずに生き永らえたのは、あの雨の戦場で旦那様と奥様に拾って頂いたからに他ならない。

 野生動物と大して変わらない無知なガキに人並みの教育と生活を与え、戦う力を与え、生きる意味を与えてくださった。

 ………もっとも、私は何時まで経っても殺し以外に能の無い糞餓鬼のままだったが。


 黒い夜闇が塞ぎ込む窓の外を見つめ、時計の針はとっくのとうに日付を跨いでいた。


「………リナねぇ?」

「リナお姉ちゃん、大丈夫?」

「………2人とも、起きてたんですか」


 ギィ、とドアの軋む音に振り向き、不安げな顔の二人が入ってきた。

 ………まったく、


「そう心配しなくても、お嬢様ならそのうち帰ってきますよ。おおかた、街で美味しいものでも食べてるんじゃないですかね?」

「んにゃっ」

「むみゅっ」


 抱きしめて頭をワシャワシャ無で、奇妙な悲鳴?をあげる双子。

 ………そうだ、この双子がいる限り、少なくともお嬢様が何処かへ行くことはないだろう。

 恐らく何らかの魔物の襲撃でも受けたのだろうが、お嬢様を殺しきれる魔物がそうそういるとは思えない。


 ………私も、探しに行くべきか?

 いやしかし、私が居なければ、万が一の時に双子を守る人間が。

 

「ふぅ………考えても仕方ありませんね。明日の朝になってもお嬢様がお戻りになられなければ私が迎えに行きますので、もうそろそろ寝ますよ」

「や~」

「な~」

「やーじゃありません」


 ぐずる2人をなんとか寝室へ連れていき、ベッドへ放り込んで、


「………仕方ないですね、私も一緒に寝てあげますから、それで我慢し」



 悪夢の夜の闇を、断末魔の絶叫が劈いた。

 獣じみた咆哮が窓ガラスをビリビリと揺らし、鴉の群れが逃げるように飛び去って行く。

 ………これは、マズいか?



「………少し、事情が変わりました。二人は部屋で寝ててください。いいですね?」

「………や」

「いやだ」

「ワガママ言わないでください。いい子ですから、ね?」


 ぐずる2人を撫でて宥めて部屋を出る。

 大型のブッチャーナイフを鞘に納め、右の義手の仕込み銃に散弾を込める。

 深呼吸1つ、意を決して屋敷の玄関を開け、



「………あれ?」


 外に出た瞬間襲撃されるかと思ったが、そうでもなかった。

 というか、何の音も聞こえない。

 いや、まぁ、何もないに越したことはないのだが、それにしても静かすぎる。

 ………一応、屋敷の門のあたりを見て回ろう。

 お嬢様が作った結界の魔道具は強力だが、万が一ということもある。

 月明かりとランプの灯火を頼りに暗く染まった庭を歩き、



「………お嬢、さま?」



 門の外の木陰、塗りたくったような暗闇の中に、黒く滲む人影。


 夥しい量の血に塗れ、全身に傷を負い、左腕が肩口から欠損したソレが間違いなく最愛の人だと、妙な確信があった。



「っ、お嬢様!?大丈夫ですか!?」


 躓きそうになりながら駆け寄って抱き上げ、反応がまるでない。

 濃く香る、腐敗しかけの臓物と血液の匂い。


 戦場で嗅ぎ慣れた、死人の臭い。



「待っててください、お嬢様!今、手当を」

「きゃはっ♡」




 攻撃を躱せたのは、ほとんど偶然だった。


 咄嗟に身を屈めた私の頬をなにか鋭利なものが掠め、灼熱感を伴って血が噴き出す。


 だくだくと血を零す傷口を抑え、私の目の前で右腕を鞭のように奇怪にしならせたお嬢様が、爪の先に引っ掛けた赤黒い肉片を口に放り込む。


 躱せていなければ、頸動脈を抉られて即死していた。


 いつもの向日葵みたいな笑顔とはまるで違う、餌にありついた獣のような、ドス黒いニヤケた笑み。


 ………何が起こったか知らないが、ヤバいのはわかった。


 引き抜いたナイフを腰だめに構え、散弾銃を照準し、


「あ~………よくわかんないんですけど、その、なんです?殺りますか?」



 返答は、白刃の一閃だった。











「ッ、ぶなっ!?」



 まともに喰らえば胴体から泣き別れになる横薙ぎの一撃をダッキングで躱し、前に出る。

 そのままの勢いでみぞおちに肘を叩き込み、


「………まじですか」


 割と全力で放った一撃を鳩尾に受けて、まったくのノーリアクション。

 鍛えた軍人でも内臓はみ出るまで吐くくらいの威力はあるはずだが、まるで効いてない様子。

 というか今までこれ喰らって無事だった奴いないんですけど?

 例の装甲もないのに、いったいどういう



「う、おおおっ!?」


 硬直した隙を掴まれ、そのまま地べたに叩きつけられかけて慌てて脱出する。

 ………感触的に、一発喰らったら即死、どれだけよくても致命傷、といったところか。

 全力の魔術で防げば一撃耐えられるかもしれないが、耐えたところでもう一発殴られればそれでおしまい。

 どちらにせよ戦闘継続は不可能だろう。


「というか、ホントーにその腕どうなってるんですか?人間の体ってそこまで自由じゃなかったと思うんですけど」


 黒い影状の右腕から分裂させた触手(?)を蠢かせるお嬢様に問いかけ、コテンと不思議そうに首を傾げられた。

 ………本当に、殺りにくい。

 素の馬力が人間離れしている程度なら殺り方は出来ているが、腕が触手の人間と戦う方法は流石に知らないし。

 勝算があるとすれば懐に潜り込んでどうにか気を失わせるくらいだが、文字通りの圧倒的手数を潜り抜けて接近出来るとも思えない。

 ………いや、



「出来るかどうかじゃなくて、出来なきゃ死ぬだけですね」



 腹括れ、覚悟決めろ、女だろうが。

 瞑目1つ、《水殺身(アサシネイト)》を発動。

 腰を深く落とし、ナイフを逆手に構え、



「────フゥッ」



 放たれた殺意をナイフで弾き、防ぎ、凌ぎ切る。

 無数に枝分かれした刃を辛うじて捌き、一瞬の間隙が生まれた。

 一足飛びに距離を詰め、拳を撃ちこみ、



「あはっ♡」

「~~~っ!?!?」


 ボッ、と音を立てて顔のすぐそばで空気が爆ぜ、上から降る鈍色の閃光を大きく後ろへ跳んで躱す。

 胴に伝う灼熱感に視線を落とせば、左脇腹から右肩にかけてメイド服がザックリと切り裂かれて赤く血が滲んでいた。

 ………技術もクソもない単純な前蹴りと踵落としでコレか。

 私にもう少しおっぱいがあれば、今ので死んでたな。


 ………だが、今の攻防で少しだけ見えてきた。


 両足が義足だからか知らないが、どうやら触手に出来るのは右腕だけのようだ。

 その触手も、リーチと速度は凄まじいが躱せないほどじゃないし、内側に入り込めば動きは鈍くなる。

 腕から触手が生えてくる以上、他にも色々生えても不思議じゃないが………まぁ、そうなったらどのみち死ぬだろうし、あまり考えなくてもいいか。

 私のやることは変わらない。


「不躾ながら、手向かいさせていただきます、お嬢様」

「ん~ぅ?」


 パキパキと薄氷が罅割れるような音を立てて右腕が変形し、獣の鉤爪を無数に生やしたような奇妙な構造が剥き出しになる。

 脈動した右腕が、私を照準し、


「っ、おっっもっ!?」


 空を裂いて槍のように繰り出された刺突を辛うじて受け流し、衝撃に手が痺れる。

 火花の向こう、すかさず突きこまれた2撃目を躱し、視界を埋め尽くす黒い影と鈍い衝撃。

 快楽に蕩けた瞳と、えづきそうなほどの死臭。

 仰向けに組み伏せられ、抑え込まれた私の目の前で、血に塗れたギザ歯がギラリと剣呑な輝きを放ち、



「ぎっ、ぐぅっ、こ、のおっ!」



 渾身の膂力を振り絞り、喉笛を食い破られる寸前でナイフを噛ませた。

 ガギン!と硬質な音が響き、超硬度の刃鋼が悲鳴を上げる。

 刃を砕かれる刹那、お嬢様の脇腹に右手を叩き込み、



「いい加減、止まってください!!!」



 突き付けた銃口が散弾を吐き出し、獣のような悲鳴を上げて小柄な体が吹っ飛んだ。

 月明かりに照らされた地面に赤い雫が垂れ、不快気な唸り声が響く。

 ………本気の打撃が通じなかったから銃火器に頼ってみたが、これもダメか。

 どういう理屈かは知らないが、至近弾で出血どまりとは、耐久力も人類の限界を超えていらっしゃるようで。

 あの至近距離からの銃撃で効果がないなら、私の手札の中で大抵の攻撃は無意味だろう。

 となると、がんばって躱しながらチマチマ削って気絶させるか、いっそ削りきるのは諦めてお嬢様が正気に返るのを期待して逃げ回るか。

 どちらにせよお嬢様が元に戻るとは限らないが、やらないよりはマシなはず。


 再び右腕を変形させて身の丈を超えるサイズの蟹の腕のようなものを掲げるお嬢様に、刃毀れした切っ先を突き付け、






 耳鳴りと圧迫感。


 足に力が入らなくなって顔から倒れ込み、喉の奥から血が溢れる。


 眩暈がする。


 ドクドクと心臓が激しく脈打ち、金属製の足が泥混じりの新雪を踏み締めながら近づいてくる。


 私の命の刻限が、迫る音。


 震える手で、ナイフを握りしめ、



「《水殺(アサシ)ッ、(ネイト)》ッ!!!」



 頭蓋を踏み潰される寸前で辛うじて身を躱し、鉄靴の爪先が地面を抉った。


 ………頭が、酷く痛む。

 さっきから耳が聞こえないあたり、鼓膜が破れたか。

 

「    」


 なにか呟いたお嬢様が銃のように構えた爪を激発させ、閃光と火花、衝撃波。

 反動故か僅かに狙いを逸らした致命の一撃が、私の背後、屋敷の一角を大きく抉り取って吹き飛ばした。


 ………これは、アレだな。

 ちょっと死んだかも知れない。


 シオンとアヤメの安全確保を優先したいところだが、お嬢様はさせてくれないだろう。

 あのハサミの攻撃を使わせないようにしつつ屋敷が射線に来ないように立ち回るのはいささか無理がある。

 格闘戦も、《水殺身》で辛うじて食い下がれてはいるが、それだけだ。

 魔術強化が切れれば、その瞬間に喰い殺される。

 ………あぁ、でも、



「………貴女に殺してもらえるなら、悪くはないですね」


 「初恋は実らぬもの」と言うが、魔物でも賊でもなく初恋の人に殺してもらえるなら、まぁ、悪くはない。

 ………あぁそうだ、低能なりに今まで頑張って生きてきたんだ、最期にちょっといい思いするくらい許されるはず。

 つーか許さない奴は全員殺す。



「くふっ、あはっ、アハッハハハハゲホッ!おえっ………。ハァ………いいですよ、お嬢様!!殺し愛い(デート)しましょう!?私っ、なんだか楽しくなってきちゃいました!!」

「~~~♡」


 ナイフを逆手に、極端な前傾姿勢に構え、お嬢様が三日月のように嗤う。

 痙攣する肺に、無理矢理呼気を取り込み。



「殺してくださいっ、お嬢様!!!!」



 跳躍し、白磁の喉に切っ先を突き立てた。












 不思議な感じだった。


 体が燃えそうなくらい熱いのに、脳味噌の一部だけが冷たく研ぎ澄まされていく。

 全方位から強襲する刃の群れに身を投じ、強引に抉じ開け、白刃を振るい、切り刻む。


 1分か、10分か、それとももっとか。


 奇妙に粘ついた時間の中、真下から喉を抉る刃を急制動かけて躱し、右腕を突き付ける。

 互いの心音すら共有しているような至近距離、構えた銃口が火を噴き、お嬢様が大きくのけぞる。

 硝煙の向こう、狼のソレを思わせるギザ歯が、虎の子のスラグ弾を噛み砕いて無造作に吐き捨てた。

 ………対装甲車用に炸薬を過剰充填した特殊弾を、歯で止めるか。

 だが、


「ようやく、隙を見せてくださいましたね?」


 転がしたフラッシュバンが炸裂し、閃光が辺りを白く塗り潰す。

 人外じみた絶叫を上げてのけぞるお嬢様の無防備な心臓に、刃を突き立て。



「………っ、マジですか?」


 激痛と違和感。

 辛うじて右肩を庇いつつ跳び退った私の視線の先、肩口から切断された右腕がクルクル回って地面に落ちた。

 まったく、肘から上はまだ生身だったのに、そこを狙って持っていくとは酷いことをする。

 私の腕をひょいと摘み上げてそのまま口に放り込み、ボリボリ咀嚼するお嬢様。

 なんだか解釈違いだが、それはそうと出血が止まらない。


 ………《水殺身》の維持に、魔力を使いすぎたか。

 やっぱり私はダメだな、肝心な時にいっつも判断を間違える。

 この出血じゃ長くないだろうし、そもそもお嬢様が待ってくださるとも、私が出血多量で死ぬまで生き永らえるとも思えない。

 人生18年、それなりに殺してそれなりに生き延びてきたが、そろそろ年貢の納め時というわけだ。


 だんだん霞み始めた視界、私の腕を食べ終えたお嬢様が、牙を剥くように獰猛な笑みを浮かべた。



「………なら、こうしましょうか」



 大きく刃が欠けてもはや使い物にならないナイフを鞘に納め、深呼吸1つ。

 どうせ死ぬなら、せめて



「好きです、お嬢様。愛しています」




 ずぶりと、爪が皮膚を切り裂いて肉を抉り、内臓に達する音。


 脇腹に突き刺さりハラワタをぶちまける致死の一撃ごと華奢な体を抱きしめ、私は、お嬢様に口づけた。


 柔らかな唇の感触と、酔ってしまいそうなほど濃く香る血の臭い。


 硬直するお嬢様の背中に片っぽだけ残った手を回そうとして、立っていられなくなって仰向けに倒れ込む。

 いつの間に雲が流れたのか、満天の星空の奥、綺麗な満月が私を照らしていた。


 ………死ぬのには、いい夜だ。

 好きな人とキスして、おまけに殺してもらって、こんな月明かりの夜に死ねるなんて、私くらい幸せな女の子は、きっと世界中探しても見つかりっこない。



 目を閉じて、擦れた呼吸音と、だんだんと緩やかになる心臓の鼓動。


 誰かに名前を呼ばれたような気もするが、それすらもすでに遠く。


 温かく包み込まれる様な暗闇に身を委ね、全てが黒く塗り潰された。








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